732話 一色港拡張計画の問題点

 一色村代官詰所 一色政孝


 1584年秋


「ご隠居様はずっとあの様子で?」

「ずっとでございます。険しい表情で、持ち込まれる報告に目を通しておられます」

「隠居された後もこうして領内のことを真剣に考えて頂けているようで我らはホッとしているが、その一方でこうしてご隠居様の手を煩わせてしまったこと、力不足を実感するものだな」

「たしかに・・・」


 一色村の代官である小山家利と、その補佐の林彦左は遠くから俺の方をジッと見ながらそんな言葉を漏らしていた。

 しかし俺からしてみれば、よくぞこれまで大井川領からの助け無しでやって来られたと高く評価するほどのものである。

 港や村は人・物・船で溢れ、正直今の人員でコレを捌いていたと聞いて大変驚いたものだ。これで力不足だと言うのであれば、他の港を管理している者達はどうなってしまうというのか。それほどの働きだ。

 たしかに家利の伯父にあたる房介は相当なやり手で、彦五郎の後を引き継いで大井川港の管理に従事してくれている。彦五郎が認めたほどであるから、その手腕は本物なのだろう。

 そしてその仕事ぶりを間近で見ていたこの2人。

 今の仕事の出来具合にも納得できるというものだ。


「家利」

「は、はっ!」

「拡張計画に関してはこれで良いだろう。しかし人手は足りるのか?作業を進める間、港の役割を止める・余所に移すということはあり得ぬことだが」

「ご心配には及びませぬ。すでに拡張計画があることを商人らに伝えております。停泊位置、港への滞在時間に制限を設け、船の出入りを円滑にするよう予め手を打ちましたので」

「それで回るのか?」

「回らなければ、追加追加で手を打つまでにございます。ですが問題は南蛮の船でございましょうか?頻繁に港に入る商人らには先んじて伝えておりますが、あの者達はそう都合良くいきませぬ。初めて顔を合わせるもの達が大半でございます」

「行き当たりばったりになることだけは避けねばならぬが」

「そこで南蛮人に関しては1つ手を打ちました。先日、一色港にアルメイダ殿が入港されましたので、我らの間に入ることが出来る者はいないかと尋ねたのです」

「アルメイダ殿が?たしか豊後に戻っていると聞いていたが」

「大友家の降伏、またそれを主導した現当主様に諸々の権限が完全に移ったこと、そして前当主の大友宗麟様の力が弱まったことで、伴天連の教えの普及に陰りが出ているようでございます。新天地を求めて、ということにございましょう」

「たしか医院を営んでいると言っていたが」

「大友家の方々とともに京に入り、畿内にアルメイダ殿主導の医院を追加で建てることが認められたようでございます」


 まぁ、そうか。それに何やら新たな司教長とは合わないと言っていたしな。豊後の民を見捨てるわけでは無いのであろうが、布教活動を念頭に置いた活動であるならば、別の地に渡ることも悪い選択ではないのであろう。


「して?紹介して貰えたのか?」

「はい。とは言っても、まだこちらの言語は完璧では無いようでございますが」

「身分は何と言っていた?」

「護衛だと聞いております。とは言ってもアルメイダ殿の護衛では無く、豊後に入ることになった後任の方とともにやって来たと申しておりました」


 護衛、な。司祭とともにやってきたと言うことは、おそらく護衛という名の奴隷だろう。

 そして司祭の派遣、アジア関連だとインドとかその辺りな気がする。この時代、たしかあの辺りに一大拠点があったはずだ。


「その者は今どこに?」

「港にいるかと思います。こちらの言葉は商人らより学んでいるようですので」

「・・・それは大丈夫なのか?あの者達の言葉遣いは少々独特なものがあるぞ?それに普段使いしない言葉も多い」

「商い関連の通訳なので、問題はそれほど無いように思います」


 そりゃ、この役目においてはそうだろうが。仮にその者が国に戻ることになったとき、元の役目に戻ることになった時、誤解のある言葉が母国だったり宣教師内で広まりそうで、それはそれで不安だと思った。

 しかしまぁ・・・。それも日ノ本の文化だと思って貰うか。今さら矯正したところで、本人を混乱させるだけであろうしな。


「ちなみに名は何という?」

「オム、と申しておりました。変わった名ではございますが、他の者達に比べると覚えやすいようで、その者と港に出向けば多くの者達に"オム、オム"と名を呼ばれております」

「畏れられているようなことは?」

「一色港が伴天連の布教地と定められて早数年。さすがにみなも慣れたのでございましょう。異国の者が港に出入りすることが、最早日常となりましたので」

「まぁ、みなが怯えていないのであれば問題は無い。異国の者達を受け入れた結果、商人達が寄りつかなくなれば、それほど面白く無いことは無いからな」

「その辺りは我らも気を遣っております。問題が起これば積極的に介入し、誤解があるようであれば両者が納得するまで解決に向けて尽力する。終わりなき役目でございますが、おかげで問題は随分と減ったかと」


 だが、オムか。

 史実で信長に仕えた異国人、弥助とは別者なのであろうか?

 まだ信長の側にそれらしき人影は無い。歴史が大きく変わったことで、召し抱える機会なども生まれなかったということなのであろうかな。

 しかしそれはそれだ。

 頼もしい者を雇い入れたことで、一色港の拡張工事に着手することが出来る。周囲の環境が拡張を後押ししてくれているのだから、早々に取りかからなければならないな。


「わかった。だがもう1つ言わねばならぬ事がある。計画を見るに、大井川領から大工やら人手を確保するとあったが、それは難しいと思われる」

「なっ!?ですがそれは」

「昨夏は雨が多かった。それによって1つの問題点が浮上したのだ」

「まさか大井川でございますか?」

「あぁ。今は政豊が島田衆らと協力し、急ぎ堤防を築いている。大井川の側にはいくつも村が点在しているゆえ、最優先の作業となるであろう。その分、人手を多くそちらに割いている」

「こちらに回す人手は無いと」

「無いとは言わぬが、この計画にあるような人数は集まらぬであろうな」

「・・・」


 家清は困り果ててしまっていた。

 これは政豊との連絡不足が招いた結果では無い。元々はこの計画通りに話が進んでいたのであろう。だが大井川の氾濫など正直洒落にならない。

 東海一向一揆で流れてきた者達も合わせて、大井川領の河川付近には多くの民が暮らしているのだ。湯日川の開通で河川の水量は随分と減ったが、降雨量によってはそれでも耐えられぬ事が判明してしまったのだ。港は拡張せずとも人は死なぬが、堤防は築かねば死人が出かねぬ。優先順位が大きく変わってしまった。ゆえのこれである。


「どうする?計画があっても、人がいなければ作業を開始することは出来ぬが?」

「・・・」


 家清は頭をフル回転させているようであった。

 足りない人材を補う方法を。

 そんな中、遠くからずっと俺達のやり取りを見ていた彦左がソッと手を上げる。家清は気がついていないようであったが。


「良い考えが浮かんだか、彦左」

「上手くいくかどうかは分かりませぬが・・・」

「構わぬ。申してみよ」

「はっ。領内に人手が無いのであれば、外から集えば良いと思いました」

「外からか。ならば如何する?道という道に立て札でも立てておくか?」


 俺からの問いに彦左は首を振った。

 右手の人差し指が眉間をこする。そして閃いたと、目を開いた。


「例えばでございますが、港に停泊している商人たちにこの話を広めて貰うというのは如何でございましょうか?商いに向かう先々でこの話を広めて貰うのです。さすれば手の空いている者達が集まるかと思います」

「それは妙案でございます!予定からは少し遅れましょうが、それでも人手は確保できるかと」


 家清もそれに乗っかった。

 俺としても比較的満足する答えを聞くことは出来た。だがいくつか問題はある。

 例えば、下手をすれば他大名家の領民を奪う形になりかねないということ。建築技術、治水知識などの流出は大名や領主としても避けなければならない問題だ。あの一揆で領民を増やした時とは状況が大きく異なる。

 そしてもう1つ。

 家清は少し計画に遅れが出ると言っていたが、果たしてこの集め方をして少し程度の遅れで済むのかということ。

 すでに商人達には拡張工事をすることを告知しており、制限までかけてしまっているのだ。

 工事開始の遅れは商人達に不満を与えかねない。いずれは一色港の利すら損なってしまうであろう。


「俺も良い考えだと思う。よくぞその考え方を捻り出したな」

「ありがたきお言葉でございます」

「だが問題が生じる危険がある。その辺りをこれから詰めていく。全ての問題に対処できると踏んでから拡張計画を実行することになる。現状のままではいつ手を付けられるか分からぬゆえ、俺の懸念を全て頭にたたき込め。そしてみなと対応策を練り、今回同行している親元や彦五郎に通し、承諾を得たら俺の元に来るのだ。わかったな?」

「懸念・・・。はっ、かしこまりました」

「してその懸念というのは?」


 2人の表情は随分と引き締まったようである。

 俺としてもこれくらいやる気に満ち溢れてくれていた方がやりがいを感じるというものだ。

 早速話を詰めていくとしよう。若き才能の塊たちと共に。

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