497話 おびき出す者、だされる者

 加賀国大聖寺 浅井長政


 1578年夏


「殿、奴ら城から打って出ております!」

「構わぬ。奴らをなぎ倒し、大聖寺城を急ぎ奪還せよ!」


 目前に迫る大聖寺城。

 しかしその距離はいっこうに縮まる気配がない。なんせ彼の地を不当に占拠している一向宗が、まるで壁を作るかのように我ら浅井の兵を押し留めているからである。


「城を取り囲むように兵を動かすのだ。直経にも指示を出し、兵を城の東に展開させよ」

「はっ!」

井規いのりは直経と入れ替わるように城の包囲から離脱し、そのまま北からの援軍に備えさせるのだ」

「かしこまりました!」


 使番が次々に陣から出ていく。

 しかし時間はあまり無い。急がねば、奴らがこの地にやってくる。

 死を恐れぬ彼奴らが。


「しかしあまり時間がありませんな」

「高吉もそう思うか」

「奴らが決死の覚悟をもって城から飛び出してきたのは、誰がどう見ても時間稼ぎ。しかし加賀の東部では織田様や畠山様が圧を加えてくださっているはず。どれだけ粘ろうと、そう簡単に援軍など来ないはずにございますがな」


 老体に鞭を打ちこの厄介な戦に参陣したのは、私の姉である由乃ゆのを娶った京極高吉である。本当であれば長子の高次が初陣を果たすはずであったのだが、姉が猛反対したのだ。

 京極の血を継ぐ男の子の初陣の相手が一向宗はあまりに相応しくない、と。そのため穏便に事を済ませるため高吉が出陣したという経緯がある。

 たしかに姉の申すことも分からないことも無いが、そのために自らの夫に大きな負担をかけるなど。それも30ほども歳の離れたこの爺様に。


「ならば城の奪還を諦めて、奴らの拠点となっているであろう村々を個々に撃破していくべきであろうか。村単位であればそう数もおるまい」

「それは愚策にございますな。奴らはこれまでと同様、今もどこかでひっそり姿を隠しておりましょう。奥へ奥へと進めば、どんどん我らは奴らの罠の中に捕らわれていく。数はあちらの方が断然上回っておりますから、いずれは押しつぶされましょうな」

「ならばどうする」

「この城を奪った後、東西からの攻勢を強めるべく越前から兵を集うことこそが良策かと。あちらが数で押し切ろうというのであれば、こちらも同等の数で迎え撃ちましょう。練度はいくらもこちらが上にございますので、万が一にも負けることはございません」

「なるほどな。夜が来れば、戦も一時止むであろう。その際にみなに提案するか」

「それがよろしいかと思います」



 その後も一進一退の攻防が続いた。

 またいとこにあたる井規は、城の北部にてどうにか城内に侵入しようとしている一向宗や僧兵らを蹴散らし、城の包囲を進めた者達は中の者らを逃すこと無く着々と兵糧攻めの支度を進めた。

 しかし自ら門を開き、捨て身の突撃を繰り返す一向宗の苛烈な攻勢にこちらの士気は低下するばかり。

 早々に活路を見出したいと思っていたところで日が沈む。今日はとりあえず時間切れであった。

 夜は視界が悪いために、どちらも一時の休息を得るのだ。これが唯一の休息である。


「なるほど。では高吉殿の策を採用して、越前からの援軍を待つということにございますね」

「そうだ、井規。奴ら、しっかりと防衛の備えがある城での籠城はなかなかに手強いが、城を落とすとなるとやはり経験が足らぬ。大聖寺城が落ちたのは、奴らが有する圧倒的な数を用い、強引に門を突破されたことで落城したらしいからな」

「しかしそうなると、この戦は随分と長引きそうにございます」

「井規様、我らは十分に覚悟をしております。それに井規様が加賀の異変に気付いてくださらなければ、我らは一向宗の対応に関して後手に回っていたかと思われます」

「その通りだ。井規の功は十分すぎるほどである。あとのことは心配せず、みなでこの窮地を乗り切るぞ」


 兵の士気を上げるには、まずは指揮官からである。

 暗い顔をしていては、それは勝手に兵達の中に伝播してしまうものであるからな。


「しかし明日からは少々攻め方を変える。指導者不在の一向宗など容易に蹴散らせるかとも思ったが、十分に手強いことも分かった」

「如何されますか?」

「奴らをおびき出して、そこを徹底的に叩く。こちらに手が届く前に息絶えれば、それだけ奴らが感じる恐怖も大きくなるはず」


 私の言葉に顔を綻ばせたのは直経と、国友の発展に尽力している新庄しんじょう直頼なおよりの2人。

 意図するところがわかったのであろうな。


「先日の将軍宣下の折に、今川一門衆一色の当主と話をした。随分と興味深い話を聞いて、その戦のやり方に興味を持ったのだ」

「たしか井伊谷城での事であったとか」

「それよ。やる方は良いが、やられた方はたまったものでは無い。そんな戦の話を聞いた」


 この話を聞いておらぬ者らは、ただ困惑したような様子で私と直経の話を聞いていた。

 直頼は単純に私が何を考えているのかを分かったのであろう。


「井規」

「はっ」

「此度、我らがなかなか城を取り囲めなかった原因はなんである」

「城を取り囲もうとすれば、奴ら自ら門を開き決死の突撃をもってこちらの陣をかき乱していたからにございます」

「奴らの手にしていた武器はなんであった」

「鍬やら鎌やら。刀や槍などというものを持っている者は1人も確認しておりません」

「火縄銃なども当然無かろうな」

「はい」


 ならば成る。

 こちらが一方的に奴らを叩くことが出来るであろう。餌を撒けば、いったいどれほどの得物が釣れるのか。


「明日の攻め方を説明する。まずは――――――」


 軍議は夜遅くまで続いた。

 明日こそは、加賀と越前の国境を守る要所、大聖寺城を奪い返すのだ。




 越前国西光寺丸城 富田とだ長繁ながしげ


 1578年夏


「長俊、もはや貴様は必要ない」

「な、何をしている?私に向かって刃を向けるなど、冗談では済まぬぞ」

「冗談ではない。もはや貴様は不必要よ。権力者は1つの勢力に2人もいらぬのだ」


 手にしていた刀を横一閃した。

 かつてともに織田家に寝返り、後に浅井家に仕えた桂田長俊を討ち取った。何の抵抗も出来ぬまま、前のめりに崩れ落ちる。

 しかしこれでようやく二分されていた一向宗を操る権限は俺に集まった。


「失礼いたします。木ノ芽城の城門はすでに破っているとのこと!彼の地が落ちるのも時間の問題であるかと」

「浅井の重臣が守っていたはずであるが・・・。木ノ芽の城主は雨森清貞であったか。所詮は田舎大名に仕えていた者。随分とあっけないことだ」


 刀身に滴る血を振り払い、丁寧な所作で鞘へと戻す。

 すでに一切動かなくなった長俊の亡骸は、決して表に出ないようにと山に隠すように命じておいた。

 表向き、長俊は木ノ芽城を攻める際に死んだことにしよう。この事実を知っているのは、側近にと選んだこの場にいる男達だけだ。

 漏れることも無ければ、俺の勝手を知る者もいない。万事上手くいっている。


「大聖寺城に籠もっている同胞らは無事にございましょうか」

「さてな。だが長政がこちらの動向を察知すれば、向こうでの攻勢も控えよう。もしかすると兵を引き返すやもしれんな」

「勝てましょうか」

「勝つ。当然だ」


 少数でも大軍に勝てるようにと、奪う城を慎重に選んだ。木ノ芽城と西光寺丸城は木ノ芽峠を挟むように築かれている城であり、北陸街道の要所でもある。

 つまり近江と越前を結ぶ重要地点なのだ。

 その上で兵があまり多く立ち入れぬ立地。戦慣れしていない者達が大勢いても、城に籠もっていれば大方優位に振る舞うことが出来る。


「そんないらぬ心配をするよりも、今はすべきことがあろうぞ。しっかりと命じたとおりに動いているのであろうな」

「それはもう!すでに何人もの使者が動いております。じきに返事を携えて戻ってくるかと」

「そうか。長政が戻ってくるまでが勝負である。もし従わぬと申す者がおれば、遠慮無く叩き潰そう。越前の南部がこちらの手に落ちれば、孤立した長政を討つことなど赤子の手をひねるが如く簡単なことであるぞ」


 餌は十分に垂らしている。

 あとは得物が食いつくときを待つだけだ。最早詰んでいるのだ、長政よ。

 貴様は表舞台から消える。浅井という家諸共な。

 そして越前は我が影響下に落ち着き、いずれは一向宗を操って加賀、そして能登までの一大勢力を築き上げるのだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る