387話 女の存在
※表記ミスが信長視点でありました。
読み直して、本日の深夜頃に修正作業をする予定です。
訂正箇所
三木城城主:三木通秋→別所長治
秀吉が現在攻撃中:三木城→三木家(英賀城)
別所家は播磨東部を拠点としていますが、三木家は播磨西部寄り(姫路城から南西に位置する)を拠点としています。紛らわしい間違いをしているため、今後のためにも把握のほどよろしくお願いします。
山城国山崎 織田信長
1575年秋
「再び朝廷が間に入ったか」
「これで2度目にございます。先日、殿が幕府と朝廷の間に入って三淵の一件を取り持たれたこともあり、そうそう我らの行いに口出ししてこぬとは思っておりましたが・・・」
「三木家の元には本願寺の者らが募っておったからであろうな。二条もよくやることよ」
関白二条晴良は我らに対する2度目の介入を決めた。
元々本願寺との和睦は奴が進めた話であり、そこに帝の意思がどれほど含まれていたのかなどわからぬことである。
そして此度のサルに任せた戦。
これは播磨の者らを動かすには十分すぎる一手であり、早急に降伏させる必要があったのだが、またもや、である。
「秀吉殿は殿の動きに従って英賀城より兵を退かれたようにございます」
「それを叱責することは出来ぬ。もとは俺が決めた事よ」
「現在姫路城に播磨の主だった者らを集めていると聞いております。その場で敵味方を区別するのでしょう」
「そう思えば別所を味方にしたのはあまりにも大きいことだ」
「たしかに」
恒興が頷き、隣にいる貞勝もそれに従う。
「播磨でこちらに従わぬのは現状三木だけ」
「ですが小さな家であると舐めてかかることは出来ません。あの家の背後には毛利、本願寺やそして関白様がついておられますので」
「・・・厄介だ」
だが朝廷としても、いつまでも本願寺を支持し続けることは出来ぬ。奴らは義昭と手を組んでいるのだ。実質その恩恵を受けているのは二条だけであって、他の公家らは二条に親しいわけでなければ何ら得がない。
こうしている今も二条は大きな不満を抱かれつつ、毎日を過ごしているのであろう。
「貞勝、まだかかりそうか」
「いえ、公家の中で関白様に不満を持たれている方々には接触済みにございます。次の関白を九条様にすべく、手を回しておりますのでもう少しだけ我慢していただければ」
「そうか。だがもうあまり待てぬぞ」
「かしこまりました。急ぎ支度を進めましょう」
貞勝が頭を下げた後、下がっていった。
光秀を若狭へと送り、一色や赤井に備えさせている。それによって朝廷との交渉役が全て貞勝に任されているのが現状である。
だがやってもらわねば、俺達は本願寺を相手にいつまでも決着がつけられぬ。
もう石山から出てくることも無いであろうからな。
奴らの役目は石山に俺達の意識を向けさせること。さすれば兵を多少残さねばならず、来たる毛利との戦に集中出来ぬようにする。
これが本当に煩わしいのだ。
目の前の恒興の存在を忘れるほどに、腹立たしい坊主の顔が浮かび上がる。顕如をどうにかせねば、いつまでも俺の前に立ち続けるのであろう。
「殿、・・・殿」
「・・・」
「殿!」
恒興に呼び戻され、俺は顔を上げた。陣幕の入り口に小姓が待っておる。
「如何した」
「幕府からのお使者様にございます」
「幕府?」
「はい。細川昭元様にございます」
その名を聞いて、俺は身体に力を入れるのを止めた。昭元であれば何ら問題は無い。
彼奴はこちら側の人間である。
「構わぬ、通せ」
「かしこまりました」
小姓と入れ替わるように入ってきたのは、元々義助に味方していた幕臣、細川昭元である。
摂津より三好長治を追撃した際、その道中で降伏を申し出てきたのだ。その後は足らぬ幕臣を補うために義昭に仕官した。だが当然であるが、かつて義助に味方した昭元を好意的に受け入れる義昭ではない。
嫌な役目を日々やらされているようである。だがこの男は義助が今如何しているのかも、俺が次に何をしようとしているのかも知っている。
故に義昭の不当な扱いにも耐えているのだ。
「此度は如何した」
「先日の礼がしたいので二条御所に参られよ、と」
「断る。今俺は忙しい」
「かしこまりました。ではそのようにお伝えいたしましょう」
あっさりと引き下がる昭元。すでに何度もこのやり取りを繰り返しておる故であろう。
そして昭元は俺に視線を一度向けた後、周囲を見渡す。その意図を察した俺は右手を挙げて周囲にいる者たちに合図を送った。
恒興が頷くと、周囲の兵らを全て陣より外へと出す。この場にいるのは俺と昭元の2人だけとなった。
「先日の三淵殿の一件、調べさせていただきました」
「如何であった?」
「やはり幕臣から進言があったようにございます。そしてそれに公方様は従われた」
「なるほどな。故に用意があまりによかったというわけか」
「はい。全て信長様のお言葉通りにございました」
今昭元が言ったとおり、俺は1つどうしても疑問に思うことがあったのだ。義昭はあまりに手際よく三淵の屋敷を取り囲んだ。
これまで行き当たりばったりな言動が多く見受けられたアレにしては珍しいと感じたのだ。現に誰もその兆候を感じ取れていなかったのだから。
「内情に詳しい幕臣の話によれば、現在幕臣でも2つの派閥に割れているようにございます。最側近である柳沢元政殿や一色藤長殿らはあくまで毛利と手を組み、信長様とは縁を切るようにと。対して幕臣ではあるものの、そこまで公方様に近しい関係にあたらぬ者らはすでにその無謀な策に愛想を尽かしているのです。三淵殿もその1人にございました。ですがあの方の場合は、一族として、個人として長年幕臣として仕えてきた功績がある。故に発言力も影響力も、先にあげたお二人と並ぶほどにはあったのです」
「つまりあの襲撃に関与しているのはその者らであったと?」
「穏健派である方々、主にその筆頭足る立場を取られている
「覆したか」
「先日公方様に柳沢殿の異父妹が嫁がれたのです。その御方に随分と惚れられた公方様は、代々将軍家が正室にと迎えていた慣習にならって姫を差しだそうとされた近衛稙家様の縁談要請を断られました。扱いは幕臣家系の出自ということで側室となっておりますが、惚れ込まれているが故にその発言力の高さは我らを凌ぐと思われます」
「近衛の要請を断ったのは他に理由がありそうなものであるが、それよりも厄介なものを抱え込んだものだ」
「はい。愛想を尽かした幕臣らは、最早公方様に進言することを諦めております。全ては柳沢殿のご意志のままであると」
まことに厄介なこととなった。室として迎えた者の言いなりになっているとは、ここまでくれば呆れすらも通り越してくる。
そして女の言葉しか受け入れなくなれば、いよいよ外から奴をどうにかすることは難しくなるであろう。出来ることがあるとすれば柳沢をどうにかするしかない。
「・・・あの男はいつも俺の予想を超えた真似をする」
「・・・」
「側近の妹に骨抜きにされたなど、幕府の祖である尊氏も泣いていよう」
「まことに」
「わかった。昭元よ、しばらくは大人しくしておれ。少しでも不審な動きをすれば、三淵と同じ末路を辿りかねぬ」
「かしこまりました。しばらくは公方様に大人しくしたがっておきます」
「それで良い。また時が来れば、俺から人をやる」
「はっ!」
「それと・・・、いやこれはおぬしのためよ。外にいる商人に命を授けている。二条御所に戻る前に話しかけよ。土産を用意させている故」
「ご配慮感謝いたします。ではこれで」
昭元は出ていき、その様子を見ながら恒興が戻ってくる。
「随分と話し込まれておりました」
「あぁ、少し興味深い話を聞いていたのだ。してその手の文はなんだ」
「先ほど届けられたものにございます。姫路城の秀吉殿が殿にと」
その文を受け取り、中を確認した。
書かれているのはいくつもの名と血判。
「播磨の大部分はこちらに味方した」
そのまま恒興に渡した。
だが未だ三木が残っている。奴らが毛利へと鞍替えの先陣を切ったのだ。今後どうなるかなど分からぬ。
「人質をとる。それなりの立場の者をな」
「反発されませぬか?」
「毛利を蹴散らせば、反発がいかに無意味なものであるか理解しよう。それまでは力でも何でも用いて押さえつけるほか無い」
「なるほど。ではそのように人をやりましょう」
恒興は再び陣から出ていき、また1人となった。
畿内を制して以降、思うように事が進まぬ。その原因として関白の存在と幕府、そして本願寺がある。
能登を制すれば次は本願寺。おそらく奴らは近く和睦の条件を破って再び戦力を集め始めるであろうからな。
そしてその頃には関白も代わっていよう。九条兼孝であれば俺の邪魔はせぬであろうでな。
「このようなところで足踏みしているわけにはいかぬというに」
俺を信じ、俺に従い、そして散っていった者達のためにも。
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