381話 三淵屋敷襲撃

 茨木城 織田信長


 1575年夏


「三木城は未だ落ちず」

「現在秀吉殿が摂津の者らと共に城を攻めているようですが、思うように進んでおらぬようにございます」

「奴らは思いつきで毛利に味方したわけでは無いという事よ」

「荒木殿を向かわせる前より、すでに毛利の手が入り込んでいたということに御座いましょうか?」

「間違いなくな。しかし厄介なこととなったわ」


 近江の最南端、そして伊賀にて甲賀衆が活発な動きを見せ始めた。

 伊賀の上忍である百地が報せに来なければ、危うく見逃すところであったわ。長政が能登に目を向けている隙を突かれてしまった形である。


「一益には北畠を主力として、甲賀衆の暴挙を沈めるように命じてある。だがそれでも不安は尽きぬ」

「こちらからも援軍を出しましょうか」

「出せぬであろうな。毛利の人間が義昭に謁見したのだ。俺達も隙を見せれば奴らは好きに動き始めるぞ」

「確かに・・・」


 恒興は1つため息を吐くと、見て分かるほどに項垂れた。


「どちらにしても三木は早々に滅ぼせ。そして周囲の大名に、俺に従わぬ者がどういう末路を辿るのか見せつけねばならぬ。播磨はいくつもの者らが細かく統治しておった。それ故に強大な力に流れやすい傾向にある。これまでは浦上や赤松であったが、赤松は浦上との戦で滅び、浦上はアレによって半分滅んだも同然の状況。次に従うべきは俺か、はたまた毛利か。ここで明確にせねばならぬ」

「此度の三木家攻めには、小寺家も参陣しているようにございます。ですが御着の小寺様はそこに含まれておらぬようで」

「サルも焦っておような。播磨一国を織田のものとするつもりが、全てが敵に回りそうな勢いであるゆえ」

「ここまで毛利の手が及んでいるとは。おそらく此度の謁見で、さらに毛利の有利となるように事が進みましょう」

「毛利が上洛する上で邪魔な勢力は、浦上から独立を果たした宇喜多くらいのもの。だが毛利の上洛を心待ちにしている義昭はどうにかしてでも、早急に上洛することを求めるであろう」

「こちらが抱き込むべきは宇喜多にございますね」

「そういうことだ。宇喜多が滅ぼされる前にこちらから人を入れるとしよう」


 宇喜多直家という男はなかなかに頭が回ると評判である。

 実父の仇を謀略を巡らせて葬ると、自身の勢力拡大のために暗殺や策を用いて排除した。結果として主家を凌ぐほどの勢いを持ち、挙げ句の果てには色々と理由をつけて独立。さらにその手中には小寺より戻った浦上総領家の遺児がおるというのだから、浦上も無視出来ぬときた。近い将来、両家は決着をつけるべく動くであろう。

 おそらくそこに義昭が絡む。先に手を打たねばならぬわ。


「せめて毛利が播磨に到達するまでに、浦上を除く播磨領を治めておきたいところだな」

「もう少しあちらをかき乱す必要がございます。あの者らを使いますか?」

「あの者?誰であったか」

「先日殿に仕官を願い出てきた者達にございます。毛利による尼子攻めから難を逃れていた」

「あぁ、鹿と申すものがあったな」

「はい。山中やまなか鹿介しかのすけ殿の願いは尼子家の復興。そのために尼子の旧領奪還を目論んでおられます」

「播磨を制すればあの男らの願いは叶いそうであるか」

「もしくは山名に圧をかけるか。山名家は毛利の尼子侵攻に便乗して、尼子領東部を切り取っております」

「こちらに譲らせるか。だが山名は義昭に味方しておる。そう簡単に渡さぬであろうな。・・・仕方あるまい、サルに命じよ」

「はっ」

「英賀城に籠城するものは何人であっても赦すな。降伏を一切認めず、一族の首は女子供関係なく城下に晒せ」

「かしこまりました。そのようにお伝えいたします」


 これでよい。問題はサルが恐れること無く、それを実行するかである。

 だがサルは俺の期待に応えねばならぬ。ここは従うであろう。ここではな。

 だがこれ以上、サルには口出しせぬ。播磨を任せると言ったのは俺だ。後始末は全て任せるとしようか。これは三木家攻めに手こずったサルへの罰である。

 そんなとき、俺と恒興が話す部屋に何者かが近寄ってきたのがわかった。


「殿!大変にございます!」

「如何したのだ、そのように慌てて」

「公方様が自身に従う兵を動員し、三淵様の屋敷に攻撃を仕掛けたとのこと!」

「・・・何?」

「屋敷から逃がされたという方が殿を頼って来ております!如何いたしましょうか」


 俺は恒興と顔を見合わせた。まさか義昭にそのようなことをする度胸があるとは思わなかった。

 三淵の屋敷だと?三淵は長年幕府を支えた重臣であろう。

 にも関わらずその屋敷に兵を動かしたか?


「構わぬ、ここに通せ」

「かしこまりました」


 小姓の者はそのまま走って行った。


「恒興」

「はっ」

「義昭は何故こうも我慢が出来ぬのだ。どう考えても今荒事を起こすのは得策では無かろうに」

「何故にございましょうか?」

「それはな、俺が目の前で悠々と休息を取っているのが嫌で嫌で仕方ないからであろう。これほど近くにいるにも関わらず、呼び出しには応じていない。摂津を奪い返した後、当然のように幕府の管轄下に戻ると思っていたのに俺が支配し続けている」


 悔しくて仕方ないのであろう。そして此度の三淵の一件。

 朝廷は義昭の愚行に声を上げるであろう。そして俺に命ずるのだ。義昭を大人しくさせよ、と。

 関白も気が気では無いであろう。一方で兼孝はほくそ笑んでいような。


「お連れいたしました」


 入ってきたのは未だ若いように見える男。その側にはまだ幼い子を連れておる。


「その方、名を名乗れ」

「某の名は三淵みぶち秋豪あきひでにございます。父の名は三淵藤英。そしてこちらは弟の弥五郎にございます」

「公方様に屋敷を攻撃されたと聞き及んでおります。いったい何があったのか詳しく話して頂けますか?」

「当然にございます。おそらく公方様は気づいておられたのです。父が弟である細川様に人をやり、幕臣としての立場を捨て今川様の元に向かおうとしていたことが。先日細川様より人がありました。今川一門の一色様が間を取り持ってくださるとのことで、早々に京より脱し織田領へと入るように、と。ですがそれを実行しようとしていた前日、つまり今日。公方様の兵に屋敷が取り囲まれていたのです。父は他の計画を共にしようとしていた者達と留まり、我らを逃してくださりました。抜け道から地上に出たとき、この目に映ったのは三淵の屋敷が燃え上がっている様にございます。おそらく父は・・・」

「逃れたのはおぬしらだけか」

「いえ。血筋を途絶えさせぬ為、二手に分かれて逃げました。弥五郎よりさらに幼い弟は、共に逃げ延びた家臣らとともにかつて幕府に忠を尽くしてくださった朽木様を頼り近江へと逃れているはずにございます」


 良い判断であった。まとまって捕らえられれば、三淵の家は滅んでいたであろう。屋敷にて義昭の兵を迎え撃った藤英も死にきれぬ思いであったであろうが、これならば最悪を回避することは出来た。


「俺を頼ったのは正解であったな。わかった、俺が今川領まで送ってやろう。それより先は誰か人を寄越して貰うのだな」

「まことにございますか!?有り難き幸せにございます!」

「だが問題は義昭よ、今回の一件をいったいどう収拾つけるつもりなのか」

「まことに。特に朝廷への弁解を上手くしなければ、冷え切った両者の関係は最悪の一途を辿ることになりましょう」

「すでに辿っておるわ。だが朝廷内の俺の心証を上げておくことも悪くはない。恒興、義昭めに釘を刺しておくとするか」


 幾度も死線をくぐり抜けてきた兵らを動員し、此度の暴挙に終わりを迎えさせよう。間を取り持つのは俺だ。

 幕府には何もさせてやらぬ。

 そして今一度、織田の兵がいかに精強であるのかを理解させる。さすればまたとうぶんは大人しくなるであろう。

 多少の時間稼ぎとなれば、サルも毛利の影に怯える必要はなくなる。

 いよいよ危険なのは毛利が上洛に兵を動かし始めたとき。そうなれば流石に本隊を動かさねばならぬ。

 サルという呼称も変わらぬであろうな。


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