373話 統一貨幣の流通策

 岐阜城 一色政孝


 1575年夏


 軽い休憩を入れた後、再び俺達は部屋に集まると先ほどの話の続きを始めた。

 と言ってもほとんど俺のプレゼンのようになっていたが、それでも今は十分。議論は各々が持ち帰ってやって貰うとしよう。


「先ほど申しましたとおり、続けて組織構造に関しての話をさせて頂きます」

「組織ですか。そこまで一色殿は考えらていると?」

「おおまかに、でございますが」

「ならば話を聞きましょうか」


 秀貞殿が頷いたことを確認した俺は再び直政に合図を出した。

 今度は大きな紙を広げて俺達の前にセットする。

 書かれている内容を確認するため、代表である3人と信忠、それに補佐として集まった3人も身を乗り出して見ている。


「これはあくまで提案にございますが、私が思う最善の組織図にございます」

「大名家で商人を管理するのかと思ったが、これを見る限りそうでは無いようにございますね」

「確かに。こちらは武家が受け持つ役割であろうが、対するこちらは商人らの役割か」


 直経殿は僅かに呻きながらそれらをジッと見ていた。


「その通りにございます。先に申しておきますが、商人らを管理するというのはそう簡単なことではございません。彼らには財力がありますから、我々と敵対しようと思えばいくらでもやりようがあります。かつて長島を中心に巻き起こった一向一揆では、三河での統治に不満を持った商人らが多く一揆に加担いたしました。物資の確保は彼らが大きく貢献し、突発的に戦となった地域ですらある程度の継戦能力を保持していたのです」

「たしかにそうでしたな。元々我らに敵対していた大湊も、一色殿の脅しが無ければ長島への支援を続けていたでしょう。商人の恐ろしさをすっかり忘れておりました」

「あれは脅しではありませんよ、林殿。ただ今後友好的な関係を維持するために最も良い選択肢を選んで頂いただけに過ぎません」

「そうであったのか。てっきり脅しをかけたのだとずっと思っておりました」


 あの日は未だに思い出す。一色港付近の海域を巡回していたはずの親元が戻って来たかと思えば、何故か織田の船を伴っていたのだからな。

 そして一色村に単身乗り込んできたのが秀貞殿だった。

 その後庄兵衛らの協力もあって大湊は一揆の支援から手を引いたわけだが、それは結果として北畠の強行した大湊占領に繋がってしまったのだ。


「・・・話を戻させて頂きます。先ほども申しましたとおり我らが商人を管理するのではございません。お互いに利があるのですから、対等であるべきでございます。その方が反発は少なく済む。それを踏まえて考えたものがこちらです。まず当然のことながら商人らをまとめあげる役職を家中につくって頂きます。名称はなんでも良いのですが、ただ他の役とは切り離して頂きたい。でなければその役職の目的が変わりかねませんので」

「切り離す。なるほど、本来の目的以上の利を求める危険があるからか。先ほどの話からすればそういうことなのでしょう」

「そうです、直江殿。その役職はただひたすらに商人との立場を対等に保ち続けなければなりません。例えばここに大名家の金を管理する者が関与したとなれば、少しでも金を得るために動こうとするでしょう。そうすれば必ず対等な関係は崩れます」


 前世でもあった。とある疫病発生で、それを担当していた大臣は緊急措置としてその疫病の対応にも追われていた。だが元々任じられていた職務とそれとは謂わば対局の関係であり、どちらかを優先すればどちらかが疎かになる。

 非常に難しい立場にあったことであろう。

 それを思えば、当人の負担も大きくなるであろうと予想される。任されることが重要なことであればあるほど、神経は余計にすり減らすであろう。

 そういう理由もあって新たな役職は切り離す必要があるのだ。


「そして商人にも同様の組織を作らせます。分かりやすく言えば、会合衆のようなものです。商人らのまとめ役としての立場を持ち、そして大名家に対して正式に意見することが出来る。それがこの組織の特徴にございます」

「我らに対して正式に意見するとは。それを我らは聞き入れなければならぬということでしょうか」

「そうではありません。商人も商人にとってだけ利があり、逆に我らに不利益が生じる場合もございましょう。その辺りは十分に吟味していただき、問題ないとあれば受け入れ、大いに問題があると思われれば拒絶して頂ければよろしいかと。ただしこれに関しても、話し合いの場は極力開かれた場での話し合いの方が納得されるでしょうが」


 なんなら一緒に話し合いをしても良い。むしろそっちの方が両者納得の答えを導き出せるであろう。

 内々で話し合いをして拒絶したところで、相手側からすれば納得出来ないこともあるであろうからな。


「武士と商人が膝をつき合わせて物事の話をすることなどそうそう無いものであるが」

「たしかに。対等ということはありませんでした。陳情という形で受け入れることはありましたがな。・・・若様、若様は如何お考えにございますか?」


 秀貞殿はずっと黙って考え込んでいる信忠に尋ねた。やはり今回は見届け人というよりも、勉強させるために送り込まれたのだろうか?

 ここまで数度、挑発とも受け取れる発言をしてきたことを秀貞は何も言わなかった。つまりはその行為自体、信長に許容されているのかもしれない。もしくは単純に恐れ多くて声が出せないか。だが秀貞殿は信長からの信頼も厚く、重要な局面ではだいたい命が下されている印象がある。

 同盟相手に対して不穏な態度をとれば、例えそれが嫡子であってもそれとなく抑えることは出来そうなものだが。


「こちらが意見を述べるのは最後まで聞いてからとする。話を続けよ」

「かしこまりました。では続けて貨幣に関しての話をさせて頂きます」


 俺は懐から現在今川領内で流通している貨幣を一式出した。


「これは永楽通宝ですか。上杉領でも出回っておりますが」

「ただし近年は明からの銭が入ってきておらず、領内でも独自の貨幣が出回っていると思います。我らは甲斐武田家の協力のもと、甲州金という貨幣も流通しております。ですがあまり出回りきっておらず、むしろ数少ない永楽通宝や鐚銭の方が出回っております。少し中央より離れれば、貨幣よりも米がその代わりを務めているのが現状。それも貨幣が無いので仕方が無いのでしょうが」

「しかし鐚銭は人によっては銭として認められておりませんな。そのような状況が続けば銭は行き渡らぬ」

「それゆえに協定圏内で統一した貨幣を作りたいのです。明からの銭に頼らず、鐚銭と違って価値がしっかりと保証された貨幣を」

「しかしただでさえ出回っておらぬものをいったいどうやって民のもとに広げるおつもりで?なかなかに難しいように思いますが」


 信綱殿の不安は尤もである。そもそも甲州金で作った金貨も使用しているのは一部の商人だけ。質の悪い部分で作った大量の貨幣ですら、結局は領民に行き渡らなかったのだ。

 だから俺は考えた。というよりも、史実の信長が行った方法を先取りしようと思う。


「広げ方は考えております。まず1つ、強制的に市場に出回らせる。方法は簡単で、鋳造した貨幣で大量に物を買うのです。例えば高名な者が作った茶器や高価な薬であれば、買い取った後も使い道がありましょう。そしてその支払いに用いた銭は商人の元に行き、以降はそれが貨幣として動き始める。また関所に統一貨幣を用意し、外から入ってくる者で鐚銭や永楽通宝を持つ者に交換させる仕組みを作りましょう。回収した鐚銭は溶かして再利用をする。あとは明確にそれぞれの貨幣の価値を定めることも必要ですね。現状では金貨と銀貨は非常に高価にございます。対して銅貨の価値はそれほど高くは無く、小規模な商人でも銅貨は扱っております。そして明確な価値が決まっていない鐚銭も、この際幾らの価値があるのか定めてしまうのも悪くない。一気に広げるのは難しいので、徐々にこれまでの貨幣を回収しつつ、新たな貨幣を馴染ませていけば、いずれはこちらが正式に発行した貨幣で、適正な取引が行われるかと」

「ちょっと待ってくだされ!あまりに覚えることが多すぎますぞ」


 信綱殿が頭を抑えながら声を上げられた。

 それに合わせるように直経殿も項垂れる。


「・・・宗勝殿、覚えられましたか?」

「おおまかには」

「お任せしても大丈夫でしょうか」

「それは困りますな」


 そして信忠は唖然とした表情で俺を見ていた。


「そこまで1人で考えていたというのか」

「1人ではございません。近しい者達の知恵もございます。あとは側にある商人達の助言もあります。この者らも我らと同じく日ノ本の安寧を願っておりますので、こうして貴重な意見をしてくれるのです。その者らと仲良くしておくことは案外悪いことではございません」


 商人は忠誠心よりも利を選ぶ。そう思われているためか、あまり商人に深入りしようとしない。

 というよりも、武士が金儲けに走ろうとするとそれを笑う者もいるのがこの世界の現実だ。だからこそこうした一色が持つ独自の繋がりは割と奇妙に映るらしい。


「よくわかった。此度の話、しっかりと父に伝えておく。それと何故父がそなたに深く関わろうとするのか分かった気がするわ。まるでよく似ている」


 秀貞殿と通政殿が固まった。


「それは嬉しいことにございます」


 一応謝意は伝えた。だが今の間は何であったのか、それがわからぬが此度の会談はここまでであろう。

 あとは義助様の奥を連れて港に向かい、おそらく迎えが今川館より来ているであろうからあとを託したのち、岡崎城に向かう。そして例の一件に関して信康と解決策を見出せば、此度の任は全て果たしたと言えるであろう。

 まだまだ先は長いな。

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