372話 商人の位

 岐阜城 一色政孝


 1575年夏


「関所の役割はただ通行料を取るだけではない。予め勘合符を与えられた商人は関所を通過する際の手続きを免れるとなれば、我らが物の流入を把握することも出来ぬのでは無いか?」

「たしかに直江殿の仰る通りにございますな。我ら浅井も未だ越前の統治に苦労しております。外から持ち込まれては困る物も当然ありますので、荷が何であるのか把握することは必要であるようにも思いますが」

「それは我ら織田も必要にございますな。ここに集まる四家はそれぞれ味方に不安を抱えている部分も多少はありましょうし、完全なる信頼などありますまい」


 織田も今川も急激に勢力を拡大した。

 当然それぞれに不満を抱いている者は例え少数であったとしてもいるはず。浅井もここまでの話を聞く限り、越前の旧朝倉領の統治に苦労しているようであるし、上杉は言わずもがなである。

 だからこちらの知らぬところで外部から危険な物を持ち込まれることを不安視されているのだ。


「それを言えば港は如何する?あちらでは関所とは比にならぬほどの金が動いておる。港を放置するのは勿体ないように思うがな」

「確かに。現状はここに揃った全ての家に巨大な港があります。その地も大きな財源の1つとなっていることは事実であり、見逃すのは惜しい話」


 秀貞殿の言葉に信綱殿が頷く。

 こういった具合に解決策はまともに出てこないが、次々と政策の核は出てくるのだ。流石によく見えておられる。

 話を持って行きやすくて助かるわ。


「私が考えていることを1つ提案してもよろしいでしょうか?」

「やっと話をする気になられましたか?ずっと静かに話を見守っていると思っておりましたが」

「申し訳ございません。あまりに白熱されていたので、話に入る機を逃しておりました」

「そもそも此度の話を持ち込んだのは一色殿。ただ上辺だけしか考えていないということは考えられぬ。我らを見定めていたのではないでしょうか」


 秀貞殿と信綱殿に図星を突かれて、俺は苦笑いを溢した。確かに俺はずっと見ていた。

 この方達がどのような思考をしていて、今回の一件にどの程度の理解をしているのか。それぞれの人選を見て、蔑ろにされていないことは最初から分かっていたが、足を引っ張るような方がいれば邪魔になると思っていたのだ。

 だがそれも杞憂であった。

 ここに揃う方々はこちらの方面でも間違いなく優秀である。だからこそ俺は安心して提案をすることが出来る。

 今までの商い事情を一新するとある提案を。


「確かにその通りにございます。これから話すことは、最終的にここにある方だけでは判断出来ぬと思います。故に一度各々持ち帰って主様と相談して頂きたい。そのことを踏まえて、理解の出来ぬ者がいては困りますので見定めていたのです」

「して話にならぬ者はおりましたか?」

「いえ、秀貞殿。ここにおられる方々は、皆様非常に優秀にございます。何の問題も無く話をさせて頂くことが出来そうだ」


 僅かに空気が緩んだような気がした。


「では最初の点から提案させて頂きます。一番最初に勘合符を発行すると言いましたが、これに関してはいくつかの位を用意いたします。一番上の位は最大の特権を得ることが出来る代わりに、年に一度の上納比率は一番高く設定します。それより下になれば特権は減るものの上納の比率も下がる。それを商家に選ばせた上で勘合符を発行するのです。そして勘合符は協定内で統一し、それぞれの領地に渡ったとしても一目で分かるようにすれば問題ありません」

「なるほど、商人にも位を用いるか。確かに一目で分かる。他国の商人であってもな」

「そして一番高い位の特権を得ようとする者を釣らねばなりません。私の側にある商人曰く、何が一番面倒であるのかと言えば大量の荷を運んだ際の港での積荷の確認であると申しておりました。時間がかかる上に下手なものを持ち込もうとすれば没収されることもあると」

「下手な物を持ち込もうとするからでは無いのか?それが危険な物であれば没収も当然であろう」

「それは少し違います、織田様。たしかに善き心を持ってその役目に就いている者もおりましょう。ですがその逆もまた然りなのです。高価な品や、珍しい品を大量に運ぶ商船は悪き心を持った者達にとって格好の獲物。危険であると持ち込みを拒まれれば領内にそれを入れられず、下手をすれば没収される。没収された品は果たしてどこに行くのでしょうか」


 普通は正しく処理されるだろう。だが私物化する馬鹿もいる。

 何故か。理由としては武家は港を管理しようとするが、そこまで徹底的になれていないところが少なからずあるからだ。

 代官であったりが、上の人間の目の届かぬところで不正をしていても誰も気がついていないか、もしくは見て見ぬ振りをされている。


「改めて申しますがこの協定が成れば、新たなる役職を整備して頂かなければなりませんが、それらは相当に重要な責を負うこととなります。下手をすれば他3家から信頼を失いかねませんので」

「今の話から察するに、関所や港での不正を完全に除く必要があるということに御座いますな」

「秀貞殿、その通りにございます。商人と武家が関わるところに不正があっては、それは両者の信用問題に発展いたします。故に厳正なる立ち振る舞いが求められるのです。それで話を戻しますが、港で行われる荷の確認は、大きな船を持つ商家ほど煩わしいもの。例え不正が無くとも時間が取られます。一番上位の特権にはこれの免除をつけることを求めます。今や商人にとって海運は当たり前となりつつある。これだけ広い領地で荷を運ぼうとすれば、明らかに船の方が早いですから」


 全員が唸られた。だが商人との友好関係を築くのであれば当然通らなければならない道である。

 しかしそのために設立される役職の負担は相当大きなものとなるだろう。

 だがこれにも一応考えていることはある。


「先ほどから出ておりますが、商人を位分けするとしていったいいくつに分けるおつもりで?」

「現状考えているのであれば3つほど。一番下の位は関所の通行料免除と領内で店を開くとして、その場所代の免除くらいで如何でしょうか。ただし関所通過の際に荷の確認をしてもらわなければならない。ですがこの位を選ぶ商家は、規模もそれなり。そこまで時間を取られるようなことは基本無いかと思います。また年に一度の上納も比率はそれなりでよいかと。これは我らが築く商圏への入り口にございますので、親切なくらいがちょうどよいわけです」

「確かに上納は少なく済み、ある程度の恩恵が得られるとなれば小規模な商人であっても参加しやすかろう。それで真ん中は」

「関所の通行料・積荷確認の免除、店を開く際の場所代の免除。あとはもう1つ特権をつけておきたいところですが・・・」


 それはもう少し先に話そう。先ほどあった武家の負担を軽減するための策に関係しているから、別問題として話をした方が分かりやすいと思う。


「一番上の位に関しては大方に関して自由な立ち振る舞いが出来るようにいたします。関所関連の免除は当然として、港に入港した際に発生する入港料や側を通過した際に発生する通行料、また積荷の確認などの免除。当然上納比率はそれまでのものとは比にならないようにする必要がございますが」

「随分と大盤振る舞いでは無いか。まるで自国の商人のためにしているようである」

「確かにそう映るでしょう。事実、私が独自に行ってきた政策によって、現在優秀な商人を多く領内に抱えております。ですが当然危険もございます。言ってしまえば一色が領有している港には他国の船も多く入ってきておりますので、危険な物を持ち込まれれば下手をすれば領地まるごと火の海とされることも十分にあり得る。信用していたはずの商人達であっても、何があるかは分かりません。それ故に武家が危険を負うように、商人にも危険を負って貰うのです。この協定内容に違反する行為、またはそれに準ずる行為をした場合、関与した商家には厳しい罰を与えます。特に最高位の勘合符を発行された商家は財産全没収の上、領外追放。以後一切の入国を禁止する。といった。もちろん逆もまた然り。不正をした役人がいればその者には厳しい罰が与えられましょう、その上部の者達含めて」


 沈黙が流れた。

 一番最初に口を開いたのは、先ほど俺を挑発してきた信忠だ。


「そこまでせねばならぬのか」

「せねばなりませぬ。ですが不正とはよこしまな心を持つ者がいてこそ起こるもの。普通にしていれば起きることではございませんので、そう心配されずとも良いかと」

「だが商人からも反発は生まれよう」

「ならばこの協定の価値が分かる者とだけ行えば良いのです。いずれどれだけこの協定に意味があったのか、反対を述べていた者達も思い知りましょう」


 上納金を払い、リスクも負わなければならないのだから参加は自由だ。不正をやる気満々であるならば参加するだけ無駄であろう。

 下手をすれば財産を没収される事態に発展するのだから。

 だが結局のところその恩恵は実に大きい。


「これは思った以上に大きな話になるやもしれん」

「確かに。我ら殿より全てを任されて来たが、やはり一度相談したほうが良さそうか」


 直経殿と信綱殿はうなずき合う。秀貞殿はジッと俺を見ていた。

 そして信忠もまた俺をジッと見ていた。また最初と同じ系統の視線である。


「まだもう少し話しておきたいことがござますので、今しばらくお付き合いをお願いいたします」

「まだあるのか・・・」

「もちろんにございます。具体的な組織構造と、もう1つ。この国の貨幣に関することにございます」


 全員の顔が引き攣った。

 だが一度持ち帰る限りは、全てを頭に詰め込んで頂かなければならない。一応記録用にやり取りを紙に書き留めさせているが、書き溢しもあるであろうからな。


「もう少しお付き合いをお願いいたします」


 全員ついてこられれば良いがな。

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