371話 四家会談

 岐阜城 一色政孝


 1575年夏


 岡崎城で信康と実際に会って話をした。

 思った以上に込み入った話になったため、また日を改めてということにして俺は岐阜城に来ている。

 本来の予定では帰りには船を使って大井川港に戻るつもりであったが、再び岡崎城に入ることとなったため陸路で帰ることとなる。


「此度の会談を見届けるため、父より遣わされた織田信忠である。この会談が有意義なものとなることを願っている」


 上座に座る若い男が織田信忠。

 信長のことであるから、てっきり自分が見届け人として畿内から戻ってくるかとも思ったが、流石に三好や本願寺との戦を考えればそれは難しかったらしい。

 しかしそれでも見届け人として嫡子である信忠を送り込んできた。余計な発言は全て報告されるだろう。

 気をつけておかなければならない。


「此度はよろしくお願いいたします。林秀貞と申します」


 秀貞殿は一度頭を下げた。そして一瞬こちらに視線を移す。

 こうして会うのは随分と久しぶりだ。かつて織田とやりとりをするときは、いつもこの方が間にいた。

 俺が織田に内通していると疑われたときも、言ってしまえばこの方が原因であった。いきなり一色村に来て協力して欲しいなんていわれるのだから、当然家中から疑われるだろう。


「こうして無事に会談が行われて安堵しております。今川家、一色政孝と申します」

「上杉家、直江信綱にございます」

「浅井家家臣、遠藤直経にございます。初対面の方々、以後よしなにお願いいたします」


 代表者の挨拶を終えたが、それぞれの背後には1人だけ補佐として人がつけられていた。

 俺の背後に座るのは直政である。変に発言力のある方を連れてきた場合、発案者である俺の意見がぶれる危険性を考慮して、今回は社会勉強の一環として直政を連れて来た。

 そして信綱殿の背後には兼続が、秀貞殿の背後には通政殿がいる。

 今回初対面である浅井の面々に限っては、誰であるかもわからないため今は不明としておいた。いずれ分かるときが来るであろう。


「皆様方、今回は私の求めに応じて頂いて感謝申し上げます」

「まだ集まっただけにございます。我らが此度の話に乗るかどうかは、詳細次第ですので」

「わかっております。まだ詳しい話は何もしておりませんので、そう皆様がお疑いになる気持ちも理解いたします」


 秀貞殿が最初に釘を刺してきた。俺の発言次第では織田は乗ってこないということだ。

 そしてそれはこの協定の白紙を意味する。

 畿内の大半を抑えている織田が参加しなければ、この協定に意味など無いに等しい。そして安土に城を築こうとしている浅井もまた、織田が拒否すればどう動くかなど分からない。

 今川に依存するか、それとも織田と道を共にするか。

 この協定が白紙になったとしても、織田との関係が切れるとは思っていないが少なからず溝が出来るかもしれない。だからこそ慎重に話を進めなくてはならないわけである。


「まず最初におおまかな話をさせて頂きます。すでにご存じでありましょうが、私から提案するのは協定加盟国による大商園の設立にございます。この協定に参加した大名家の領内は、独自の規則によって商いが行われる。それは長い目を見れば間違いなく良い効果を出すことでしょう」

「たしかに大まかな話。殿よりもそのように聞いております」


 信綱殿が頷かれた。そしてそれは誰もが同じだったのか、3人が、いゃ、この場にいる全員が揃って頷く。


「具体的に申せば領内を拠点とする商人の優遇。とはいっても儲けを助けるわけではございません。あくまで我らがすることは、商いがより行いやすい環境を提供することにございます。例えば織田様は一部の領地にて関所を撤廃され、領内の往来を活発にされました。自由な商売を掲げているため、商人は自領内に集まり、それを目当てに人も集まる。結果として領内は活気に溢れたわけにございます」

「同盟を結んでいるとはいえ、よく調べておりますな。もしかすると同じことを考えられておりましたか?一色殿の領地も随分と商人による恩恵があるようにございますし」

「確かに考えておりました。ですがあまり今川家では効果が無かった、もしくは意味を成さなかったやもしれません。元より多くの商人を抱えていた私が圧倒的に有利にございますので、一色を妬む者からすれば面白くないでしょう」


 例え氏真様が織田を真似たとしても、家中ではなんやかんや理由をつけて俺を目の敵にしてくるものが一定数はいたことは容易に予想出来た。


「ここで提案するのは、謂わば織田様の行った政策の拡大にございます。協定を結ぶ大名家の領内による自由商売圏の設立。これによって商人を日ノ本から集め、人も流入させる。結果として協定国は潤い、敵国としている地は弱まっていくでしょう」

「それで具体的に何を優遇される。関所の撤廃など我らは呑めぬが」

「それは我らも同じにございます、直江殿。そもそもあの役割は通行料の徴収とは別に、通行人の監視も役割の1つ。迂闊に撤廃などすれば領内に危険をもたらすことは当然でしょう」

「ならば如何する」

「優遇策の1つとして考えているのは、関所で払う通行料の免除。これだけでも随分と商人の負担を減らすことが出来ましょう」


 俺の提案に不満顔なのは見届け人としてずっと黙って俺達の話を聞いていた信忠だ。

 誰が話していても、ずっとこっちに視線が向いているような気がする。気になってはいるが、他の方が話しているのを遮ってまで聞くこともないと判断し、黙っていた。

 だがここにきて、急激に不満な表情へと変貌していった。さては俺の言葉の何かに引っかかりを覚えたか?


「我らに限らず、関所の通行料の支払いは貴重な財源の1つとなっている。それを例え領内の商人だけとはいえ、免除されれば大きな痛手であろう」

「領内だけではございません。協定にある大名家の領地に拠点を持つ商人らは全てにございます。ですがもちろんそれはそうでしょう。関所の通行料は馬鹿に出来ませぬ」

「ならば何故そのような提案を出した」

「それはその痛手を補う術があるからにございます」


 直政に合図を出すと、直政の側にある紙を1枚俺に手渡した。

 広げて全員の目に届くように畳に広げた。


「これは今川領内における関所から得られる通行料による年間の収入と、通過する人の数にございます。多少数字が間違っているやもしれませんが、これを作成するために計上させておりますので、そこまで大きな誤差は無いものとして見て頂きたい」

「ふむ・・・。随分と領内の商人の往来が多いのだな。いや、一色家が抱える商人の数を思えば当然でしょうか」


 直経殿は頷きながら言葉を発された。


「さて皆様にお尋ねいたしますが、自国の商人を優遇するとしてどうやって自国の商人か、他国の商人かを見極めましょうか?」

「それは・・・」


 信忠が一番最初に言葉を発しかけたが、すぐに口が止まってしまう。自国内だけでも尋常で無い数の商人がいるのだ。全てを記憶するなんていうのはあまりに無謀すぎる。

 そう思って言葉にするのを止めたのだろう。

 だいたい一色領にある商人だけを記憶するのだけでも無理だ。もはや保護下の商人がいったいいくつあるのかすらも、俺は把握していない。

 代表らは把握出来ているのだろうか?


「答えは簡単にございます。勘合符を用いれば万事解決でしょう」


 かつて足利幕府3代将軍、足利義満の時代に行われていた日明貿易。その際に明が発行した勘符。これこそが今回の協定の鍵となる。


「勘合符・・・。なるほどそういうことでしたか」


 直経殿の背後の男が僅かに口角を上げた。俺の言いたいことの意味が分かったようだ。


「流石にこのような大規模な商園の設立に、大名家が一切関与しないのはあまりに危険なことであり、そしてあまりに勿体ない。先ほど自由商売と申しましたが、それでも一定の管理をせねば協定を結ぶ意味も、それぞれに旨味も無い」

「故の勘合符にございますか。いやはや面白い。面白いですがそれと同時に各大名家はその対応に随分と追われましょうな」

「本当に良くおわかりで。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 未だなの分からぬ男は、俺をジッと見た後で全員に向けて頭を下げた。


「もとは三好家に仕えておりましたが、今は浅井家に拾って頂いております。名を内藤宗勝と申します」

「内藤殿とはあなたのことにございましたか。たしか内藤殿の兄は河内守護である松永様にございましたな」

「まことによくご存じで」

「松永様の話は遠江にも、そして信濃にも届いておりました。どのような窮地にあっても、主君を裏切らぬ忠臣である、と。長らく三好本家と対立し、どのような状況にあっても織田様の上洛まで時を稼がれた。簡単にできることではございませぬ」


 とは言っても、その後配下となった信長の元で何度も裏切りを働き、最後は城と茶釜もろとも爆死したという話が有名であるが。


「それを聞けば兄も喜びましょう」

「であれば良いのですが。それで先ほどの話にございますが、まず前提として各大名家にはこの協定に合わせた新たなる役職をつくって頂きます。そこでとある作業をすることで、勘合符の発行を行う」

「たったそれだけで商人らの優遇をするというのか?それはあまりにも容易すぎるのでは」

「ここで採用するのが、長らく我ら一色家が用いていたやり方にございます。勘合符を得た商人は、商園の中では様々な特権を得ることが出来ます。すべて勘合符1つで解決出来るようにするわけですが、その勘合符を発行された商人らは毎年売り上げの一部を上納する責を負わせる。さすれば大名家の懐も温まり、商人らも年間を通して煩わしい作業をすることなく、ただ年に1回の上納で済ませることが出来る」


 そこまで聞いていた秀貞殿は1つため息を吐かれた。


「たしかに面白いとは思う。殿が興味を示されたのも理解は出来ます。だがそれにはあまりに問題が多すぎるように思えますな。ここにある4家に加えて、他影響下にある大名家の領地を含んで行う政策であるというのであれば、失敗は一切許されないでしょう。いきなりそれだけの領地で行うにしてはあまりに危険ではございませんかな?」

「だからこそこうして集まったのです。全ての案を私が考えてきてしまえば、ただそれに賛成するか、反対するかだけの意味の無い場になりましょう。故にここにある皆様で考えて頂きたいのです。実際に施行出来るようにするためにはいったいどうすれば良いのか、その上で無理だと判断すればこの話は白紙に戻り再び練り直しになるでしょう。ですがここにある全員が納得出来るものとなれば、それはそれだけ試す価値があると思います。まだ誰も成したことの無い話なので、困惑の声も慎重の声があがることも承知の上、それを分かった上で考えて頂きたく。此度はこうして会談の場をお願いしたわけにございます」


 それぞれが納得する答えを出す。それが今回の目的だ。

 見たところ、どの大名家もこの会談を舐めてかかっていない。長らく外交を任されていた方や、当主の信頼厚いものまでとしっかりと揃っているからな。

 これから巻き起こるであろう話し合いに期待せずにはいられなかった。

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