365話 陸奥統一を目指した男

 丸森城 伊達輝宗


 1575年春


「基信」

「はっ」

「その話、出来れば事が起きる前に知りたかった」

「申し訳ございませぬ。この手にその報せが届いたのは、蘆名にて事が起きた後でしたので」

「ならば仕方が無いが、1つ機をみすみす逃してしまったな」


 蘆名家中の混乱は、伊達にとってまさに好機であった。陸奥の均衡を崩すよい機会となったであろう。

 なったはずであった、のだ。


「最上であのような事が起きなければ、南下の好機として兵を動かしたものを」

「ですがおかげで最上は落ち着きを取り戻しました」

「だが今後は義光が好きにやるであろう。あれは独立志向があまりに強い」

「殿の元を完全に離れきるのも時間の問題にございますか」

「おそらくな。せめて岳父である義守様が有利となる和睦を結ばせたかったが、義光の方が1枚上手であったわ」


 今後義兄である義光は義守様や私に味方した者達に向けて兵を送るであろうが、私がそちらに関与することは出来ぬ。

 それが最上親子に関しての和睦の条件である。

 我らは見守ることしか出来ぬ訳だ。


「しかし針生は謹慎の身。流石に養子の話は持ち込まれそうには無いな」

「おそらく。厳罰が下されれば、伊達から養子をと声を上げている者達は一気に大人しくなりましょう。そうなればもう一派である、家中より次期当主をと声を上げている者達が明らかに有利となる」

「・・・仕組まれていたということは」

「それはあり得ぬかと。家中から当主を出そうとしている者達は、決して蘆名を弱らせようとしているわけではございませぬ。あくまで蘆名が独立した大名家であることが出来るように立ち振る舞っている様子にございますので」

「蘆名は当然そうであろう。だが私が言う者は外の者よ」

「外・・・」


 一度その意味を考えた基信であったが、すぐさま答えにたどり着いたようである。


「殿は佐竹を疑っておいでなのでしょうか?たしかにそれは十分にあり得る話であるようにも思えますが・・・」

「佐竹は今回の話、まさに蚊帳の外だったはず。伊達の影響が蘆名に及ぶことを面白くないと思った。どうか?あり得ぬ話では無いであろう」

「その線、少し探りを入れてみましょう」

「頼む。佐竹とは共闘関係を築いたが、結局1度もまともに機能すること無く立ち消えとなりそうであるからな」

「関東の情勢にございますね」

「うむ」


 北条が1年をもたずして今川に降伏した。

 広大な北条領は房総半島を除いて今川家の領地となったわけであるが、私と密約を交わしていた佐竹は蘆名の動きが気になってほとんど何も得られず終いであった。

 義重が次なる敵を今川としたのか、それとも陸奥としたのか。それによっては、早々にこの密約は意味を持たなくなるであろう。


「我らが蘆名に影響力を及ぼせば、佐竹の状況は一気に悪くなる。南北を敵に挟まれ、どちらかと手を結ばなければ滅ぼされる。それが現実となりつつあるのだ。どこかと手を結ぼうとするであろうな」

「我らとの密約では足りませぬか?」

「あれも岩城を通してのもの。盟を信じて背中を預けることなど互いに出来ぬ」


 義姉の手からどうにか岩城の実権を兄上に戻したいところであるが、さすがに難しいであろう。だがそれが出来れば、佐竹の陸奥介入を大幅に遅らせることが出来よう。

 どうにか。


「亘理城にある元宗に相馬への圧力を強めて貰うとしようか」

「元宗様にございますか?ですが相馬へ圧力をかければ、佐竹と蘆名が出張ってきます。それは両家の密接な繋がりをうむやもしれませぬが」

「佐竹は出てこられぬ。関東のことがある故に、兵の大部分を動かせぬのだ」

「では蘆名が兵を出してくれば如何いたします?」

「最上に援軍を要請して蘆名に圧力をかける」

「出しましょうか?」

「義を再び頼ることとなるであろうな。伊達と最上の関係修復は急務である故、仕方なかろう」


 陸奥統一の邪魔をするのであれば、私は使える者を全て使ってでも邪魔者を排除する。

 これまでは最上の動向が気になり大胆な一手を打てずにいたが、義光に従って最上の混乱に介入した大崎おおさき義隆よしたかとの和睦も成った今であれば、それほど難しい話でも無い。

 ただし大崎にも援軍を入れねばならぬが。

 相も変わらず葛西家当主の、葛西かさい晴信はるのぶは大崎領への侵攻を企てている。そろそろそちらもどうにかせねば、これから本格的に進めていくであろう南陸奥の平定に万全を期して動けぬ。


「・・・殿、私を今川へとお送りくだされ」

「・・・今川に?」

「はい。佐竹を挟撃するよう、盟を結びましょう」

「いずれは敵となるであろう。そのような話に今川が乗るとは」

「ですがこれまでは乗っております。前の関東平定では成っておりませんが、その前には里見と盟を交わしていたとも聞いております。信濃で戦うことが予想された上杉とも、かつては共闘関係にあったと聞いております。我らが単独でこの事に当たるのは難しいでしょうが、強大な味方があれば陸奥の統一も果たすことができるやもしれませぬ」

「だがその後はどうする。我らが南陸奥を掌握したとして、今川は常陸らまでもを呑み込んで我らと敵対するのであろう?そのような者ら相手にまともにやり合えるとは到底思えぬ」

「私が身命を賭して、必ずや今川家との良好な関係を築いてみせましょう。伊達家が決して悪いことにならぬよう、懸命に勤めさせて頂きます。故にどうか、今川への使者として私をたてて頂きたく」

「基信」

「はっ」


 基信の必死な思いは伝わった。確かに陸奥の統一だけで満足するのであればそうなのであろう。今川という強大な味方を付ければ、これまでいっこうに破られる気配のなかった陸奥の均衡を破ることも出来るはず。

 であるが、それはつまり陸奥の統一だけで伊達の拡張は終わりを迎えるということである。

 家督を継いでから何年も現状維持に近い状態でいる私が何を言っているのだとも思ったが、伊達家の未来を潰すようにも思えた。当然基信がどれだけ今の伊達家にとって正解に近い答えを出しているかもわかってはいるのだがな。


「京の公方様が将軍宣下された際、我らは上洛をしなかったな」

「そのような場合ではございませんでしたので」

「良い機会である。元宗への使いは日を改めて、我らは今の平穏な時にこそ出来ることをしようではないか」

「出来ることにございますか?」

「京と称される地を見に行くとしよう。先日成すことが出来なかった上洛よ」

「京と称される?まさか!?」

「今川氏真、どんな男かこの目で見てやろう。もし私が死ねば、家督は梵天丸に託す。みなにはそう伝えよ、義にもな」

「本気なのでございますね」

「本気よ。大大名として君臨する男の顔をみておかねば、我らが頼るべき相手かも見極められぬでな」


 しかしこれで公方様からは敵視されるであろうな。蘆名は上洛をしたようであるし、蘆名に人がやられるやもしれん。そうなればいよいよ覚悟をせねばならぬ。

 そうなれば結局今川氏真に頼らねばならぬであろうな。最上の話を持ち出すわけでは無いが、独立を果たすことが全てでは無い。

 滅亡まで時が無いと思っていた山内上杉家は今川の手によって生き延びた。武田も周囲の大名らにすり潰されると思っていたが、こちらもまた今川の手によって生き延びた。

 浅井や上杉も大名としての形を保ってはいるが、その実は織田や今川といった大名らに保護されているに近しい状況である。

 それでもなお御家を保つことができているのは、滅ぶ御家があることを考えればどれだけ良いかという話。

 陸奥の統一は未だ諦めてはおらぬが、この状況を覆すためには頭を下げる必要もあるのであろう。父や祖父の築いた伊達を中心とした時代はもう終わりを迎えるのだ。


「殿の覚悟はその目を見て大方伝わりました。私はその支度を進めさせて頂きます。どうか重臣の方々を説き伏せてくだされ。私には少々荷が重うございますので」

「任せよ。時期は使者を送り、あちらの都合に合わせる。そう先の話にならぬことを願わねばならぬな」


 悔しい気持ちが無いとはいわぬ。だが婚姻関係という不確かな同盟では限界があった。それは家中でもそうであったし、他家との関係もそうであった。故に私は家督を継いだ後より方針を変えたのだ。

 自力での陸奥統一を狙って。だが当時とは大きく状況が変わってしまった。僅か数年の出来事であった

 陸奥だけでは無い。関東でも越後でも。

 故にどうにもならぬことはある。私1人が死んで伊達が続くのであればそれでも良いが・・・。

 いや、結局命が惜しいだけであったのかもしれんな。

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