366話 薄れた繋がり

 大井川港 一色政孝


 1575年春


「伊達から使者ですか」

「あぁ、伊達家の当主が自ら挨拶に向かいたいと申しておった」

「それはまた」

「殿はそれを受け入れられた。その際には政孝殿にも同席して貰いたいとのことだ」

「かしこまりました、親矩殿。その日は必ず駿河にいられるようにいたします」

「しかしこれでは相談役としての立場が無いな」


 今川館より大井川領にやってこられていた親矩殿は「参った」と頭を掻きながら笑われる。

 しかし同席するのは何も俺だけではなかろうに。

 なんなら相談役としての立場を持たれる方々は表に出るかはともかく勢揃いでどこかしらから話を聞かれているであろう。


「それとその機に義助様にも会って頂こうと考えられている。政孝殿は如何思う」

「伊達の意図が読めぬ限りは何とも・・・。里見のような関係を望むのであれば会わせるべきでは無いでしょうが、もしそれ以上の密接な関係、例えば上杉様のような関係を望まれているのであれば謁見の場を用意しても面白いかもしれません」


 特大の秘密の共有とは、より結束を固めることも逆に崩壊を招くこともどちらもあり得る。

 だが現状、領地としている地域やその影響力の大きさを考えたとき、伊達家にはそれを人質として今川を好き勝手するほど戦力が均衡しているわけでは無い。

 やはりどうしても陸奥と関東・東海では差が生まれてしまう。


「伊達はどちらであろうな」

「さて、そこまでは何とも・・・。ですが間違いないのは、当主自らやってこなければならない状況ではあるということ。陸奥における均衡はそろそろ破られるのかもしれません。それと私もじきに今川館へと向かうつもりでありました。昌友が領内で親矩殿が待たれているといわなければ、越後から戻ったこの足で駿河へと向かう用意があったのです」

「例の報告であろう?何か有益な話でも聞けたか」

「はい。越後北部に関することにございます。どうやら蘆名が大きな隙を作ったようで。佐竹、もしくは伊達の介入を受けるやもしれません」

「隙、な。それはあまりこのような場所で話すことでもないのやもしれん」


 親矩殿は俺達がいる部屋から外を眺める。

 ここは大井川港の監督をする一色家保有の屋敷だ。他にも水軍において一定以上の役職を与えられている者の部屋も備えてある。


「確かに。間者がいれば、筒抜けになりかねませんので」

「これだけ人が入ってくれば間者の1人や2人はいそうなものであるが」

「もちろん取り締まりはしております。しているのですが、人は無限に入ってきますので、完全に排除することは難しいですね」

「羨ましい悩みよな。人が領内に無限に入ってくるなぞ。普通の領主が聞けば泣いて喜びそうなものであるが。それが悩みの種であるとは」

「持つ者のみが知る苦労もあるということです。それに彼らは商人で、この地に滞在しようとしているわけでは無い。まぁ一色領に潤いをもたらしているのは事実なので、余計なことは口に出来ませんがね」


 用意された茶を飲みつつ、俺も外を見た。

 今日も各地から多くの船が入ってきている。

 数年前行った港改革で大井川港を軍港化したことにより、一時この地にはあまり商船が入らなくなった。だが軍港としての役割が各地に分散した今、何も大井川港だけが物騒な港というわけでも無い。

 結果としてその光景に見慣れた商人らは再び大井川港にも船を入れ始めたのだ。

 だが一色村の方も順調に開発が進んでいるという。何よりもあちらは人口が大幅に増えた。元々東海一帯を巻き込むほどの一向一揆によって流民が増加したわけだが、それ以降も移民はゆっくりと増えている。

 一揆の鎮圧以降、あの村の人口比は間違いなく流民が多数派となったためか、その後もやってくる流民達には過ごしやすい地となったようだ。

 あとは単純に物資が揃っている。俺の腹心を代官に任じているため、商人による悪徳な商売を許していない。

 物資は適切な価格で人へと渡り、一色村の民達も港・商い関連の仕事が溢れているため餓えることが無い。

 その領地経営の形を確立した彦五郎の功績は尋常では無いほどに大きいな。


「言ってみたかったわ。その言葉をな」

「新野家の領地の方はどうなのです?親氏ちかうじ殿と名を改められたのですよね?」

「その名は殿に頂いたのだ。しかし領地経営は無難であるな、決して良くも無いが悪くも無い。父に似たのであろう」


 何とも反応に困るジョークである。笑えば流石に失礼であろう。


「なんとか反応を示してくれ。俺が哀れになるであろう」

「この場には他に誰もおりませんので、無反応でも許されるかと思ったのですが」

「俺が許さぬ。だが政孝殿に情けを言われるとそれはそれで哀れな気分になる故、今の反応がちょうど良かったやもしれんな」


 結局は無反応が正解だったらしい。

 しかし親矩殿、酒をあおるペースが速いな。

 俺はまだ仕事を残しているため茶にしたが、そのようにハイペースで楽しそうに飲まれると俺も欲しくなる。我慢はするが。

 俺の中で飲む飲まないの葛藤が行われていたとき、部屋の外に人の気配を感じた。外にいるのは高瀬だけのはずだが。


「殿、飛鳥屋様にございます」

「宗佑か?」

「はい」

「入れても良いぞ」

「かしこまりました」


 高瀬が障子を開けると、そこには宗佑が立っている。何やら背後には多くの人を控えさせており、その者達は何やら色々な物を手にしていた。

 おそらく畿内からの土産であろう。


「お久しぶりにございます」

「本当にな。信濃に行ってからというもの、お前達商人との関わりは本当に無くなってしまった」

「市川さんは随分と贔屓にしているようにございますが」

「それは仕方なかろう」


 おそらく今一番一色家から直に金を貰っているのは市川だ。戦が続いたため、武器や火薬、それに準ずるものの調達が急務だったのだ。

 故に市川とは密接にやり取りを行っていた。

 対して嗜好品などを扱う商人との距離はあいてしまっていた。

 大井川港には船を入れていたようであるから、一色家と疎遠になったという意味では無い。

 現に染屋なんかは大井川城にいる母らに色々と織物を用意しているらしいし、暮石屋や組屋も日ノ本各地の特産品をこの地へと持ち込んでいると聞いている。

 単純に俺との距離があいただけだ。


「一応言っておきますが市川さんに対する妬みや恨みではございませんので」

「わかっている。それよりも今日は如何した」

「はい。畿内より色々と仕入れて参りましたので、土産と一緒にやって参った次第にございます。新野様がこちらにおられると聞いたので、きっと気に入って頂けるであろう土産も持ってきております」


 何と無く俺達の邪魔をしないように静かにされていた親矩殿は、宗佑の言葉を聞いてすぐさま興味を示される。

 畿内は再び混乱の渦中にある。そのせいでまた畿内の品は貴重なものとなりつつあるのだ。どのようなものでも今ならばそれなりの価値がある。


「こちら、京で有名な酒造より取り寄せた酒にございます。なんでも公家の方々がこぞって手に入れようとされているようで。ですが京におられる公家の方々は困窮しているため、なかなか手の届かぬものなのだそうです」

「そのようなものを頂いても良いのか?」

「構いませぬ。ですが今後は飛鳥屋を贔屓にお願いいたします」

「・・・知っておったのか」

「商人の情報網は武家の方々の想像以上にございます。色々な情報が常に耳に入ってきますので、あまり人に言えぬような話からどうでもよい話まで」

「わかった。倅にはそのように伝えておこう」

「ありがとうございます」


 宗佑より直に酒を受け取った親矩殿。


「少し飲もうか・・・。いやこれは殿の土産としても良いな」


 そんなことを1人考え込まれていた。果たして駿河に戻るまで我慢出来るのかどうか。


「そして政孝様にはとっておきの情報を土産として持って参りました」

「情報か?いったいどのような面白い話を聞かせてくれるのだ」

「近江の浅井様が安土山に城を築き始めました。噂では戦用の城ではないとか。ですがその縄張から察するに、戦用ではないというのが嘘では無いかと疑うほどに大きな城になるのではないかとみなが予想しております」

「安土山に?安土といえばたしか・・・」

「彼の地は東の商人らが京に向かうために、基本的に使用する地にございます。彼の地にそれだけ大きな城を築けば」

「その道を使用する者達は嫌でも安土山の城に目がいくであろう」

「この意味、政孝様ならばおわかりになられるかと思います」

「あぁ、そういうことであろうな。よくわかった。浅井が此度の話に乗りかかろうとしているということもな」


 史実の安土城も戦用としては不向きとされていたはず。だが安土は交通の要所なのだ。

 東の商人が最短で京に入ろうとしたとき、安土をおそらく通過する。考え方は史実の信長に近いものを持っているな、この浅井長政は。もしくは信長に毒されたのだろうか?


「ではこちらもお収めください。政孝様も、そして新野様も今後ともよしなにお願いいたします」


 そう言って宗佑は帰っていった。


「高瀬」

「はい」

「商会に属している者達の不満など聞いたことがあるか?」

「長とそれに準ずる19家からは聞いたことがございません」

「ならばその下に付いている者達からは出ているということか」

「不満というよりも、あまり恩恵を感じぬ者たちがいるようにございます。現在昌友様が色々手を打っておられますが」

「そうか、わかった。引き続き外を頼む」

「かしこまりました」


 しかし今の高瀬の話を聞く限り、例の話で離れる家が出そうだな。

 代替案があるとはいえ、改めて商人との関わりを密接にしておかなければならないかもしれないな。

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