364話 後継者争い

 春日山城 一色政孝


 1575年春


「お初にお目にかかります。今川家より参りました。一色政孝にございます」

「一色よ、雪道の中よくぞ無事で参った。上杉当主、上杉景勝である」


 春日山城に来たのも随分と懐かしい。

 前回やって来たとき、目の前に座っていたのは上杉政虎と名乗っていた現在の謙信であった。対武田における協力態勢を整えるため、未だ外交経験など無いに等しかった俺はこの地へとやって来ていたのだ。

 そしてこれが2回目。目の前に座っているのは政虎では無く、景勝となった。

 そして両サイドに位置する家臣らの顔ぶれも当時とは変わっている。


「遅くなりましたが、当主の座を勝ち取られたことまことにおめでとうございます。我が主に代わり、そして今川家の家臣を代表してお祝い申し上げます」

「その言葉有り難く受け取っておこう。だが形式張った挨拶などここらで良いであろう。そうだな、秀治」

「はい。我らもあまり時がございませんので」


 やはり狩野秀治は側近中の側近という扱いであるようだ。秀治殿の背後には樋口兼続がついていて、父である樋口兼豊殿が別の席に控えていることを考えると、兼続の扱いが樋口家とは別であることが分かる。


「早速ではありますが、此度の本題を進めさせていただきましょう」


 秀治殿がこちらに視線を送る。

 俺はそれに対して頷き返すと、背後に控えていた男のことがこの場にいる誰にも見えるように身体を僅かにずらした。


「この者、我が水軍に所属しております。名を奥山高良と申し、此度の上杉様が行われる予定である佐渡平定のお力になるべく、その身を越後へ預けたいと思います」

「奥山高良にございます。配下の者を合わせた20人をしばらく越後に滞在させたく思いますが如何でございましょうか」


 秀治殿は一度景勝の方を見て、小さく頷かれたことを確認した後高良に目をやった。


「住む場所はこちらで手配いたしております。後に案内いたしますので、どうかしばらくの間よろしくお願いいたします」

「それはこちらも同じ事。我らの中には誰1人として大井川領から出て長らく滞在するといった経験を持たぬ者ばかり。色々ご迷惑をおかけするやもしれませんが、よろしくお願いいたします」

「私からもどうか1つお願いいたします。またこの者らには佐渡の平定が成るまでは上杉様の元で尽力するように言い伝えておりますので、存分にお使いください」


 いったいいつになることやらではあるが、そのことも高良らは了承済みである。とことん上杉家の為に力になるであろう。巡り巡って今川家の為であることは、この者らも重々承知しているからな。


「秀治」

「はっ」

「早速であるがその者を港へと案内せよ」

「よろしいのですか?」

「構わぬ。私はその男と話がしたい」


 景勝はジッと俺を見て、秀治殿にそう伝えた。そして秀治殿もまた、その言葉に頷くと高良の名を呼び、共に部屋から出て行った。

 またそれに同行する方も何人かおられたが、結局部屋には最初からみても半分ほどの家臣は残ったままとなっている。


「政孝よ、改めてにはなるがわざわざ越後にまで足を運んでもらってすまぬな」

「いえ、これは両家の関係をより良くするための1つにございます。武田家の姫も直に嫁がれることを考えれば、この、先だっての交流は多くの者に安心をもたらしましょう」

「そうであればよいが」


 あまり歯切れの良くない返事に、俺は嫌な予感がした。


「何かございましたか?」

「越後国内での事ではない。ではないのだが、結果それは我が国にも影響を及ぼすであろう」


 やはり何かがあったようだ。しかし越後国内の話で無いのであれば、周辺国での話となるだろう。

 越中方面か、それとも佐渡か。あるいは蘆名や大宝寺といった北の大名かもしれない。


「蘆名家の前当主であった蘆名盛興が若くして死んだ。現当主の盛氏には他に子がおらず、盛興にも子がおらぬ」

「では養子を迎え入れなければなりません」

「その通り。そして蘆名家では陸奥を巡る争いに決着を付けるべく、他二国の内どちらか1家と深い繋がりを得ようとしている者が家中にあるのだ」

「陸奥の勢力図が大きく変わりそうにございます」


 確かに陸奥での長きにわたる戦に決着がつけば、越後にも影響を及ぼすことになるだろう。だがこれに関しては上杉家がどうこうできる問題であろうか?

 蘆名の次代当主として養子を送り込もうというのであれば、おそらく難しい。一度戦をした上で両家の妥協点を見出した俺達との関係とは違い、蘆名家とは現在進行形で越後北部を巡って争っているのだ。

 上手くいくビジョンは全く想像出来なかった。


「しかし蘆名の中では考えが分裂しているのだ」

「それに関しては儂から」


 景勝が話を続けようとしたとき、下座最前列に座る年配の男が手を挙げる。顎に立派な白髭をたくわえた男だった。


「景長。うむ、確かにこの件に関しては私よりも詳しいか。では頼むぞ」

「かしこまりました。一色殿、ご挨拶させていただきます。山本寺さんぽんじ景長かげながと申します。以後お見知りおきを」

「ご丁寧な挨拶、恐れ入ります」

「蘆名方面に関して任されている儂から、詳しく説明させていただきます。少しでも東に勢力を伸ばそうと画策されている今川様のお力になれればと」


 しかし山本寺か。俺に知っている山本寺は景虎の傅役に任じられていた定長であったが、その血縁者だろうか?

 御館の乱では同じ一族でも景勝派と景虎派に分かれて戦っていたから、山本寺もそうだったのかもしれないな。

 長尾家や上杉家は、正直系譜に分流にとややこしすぎて把握し切れていない。もう少し詳しくなっておかなければ、今後の交渉の際に支障をきたしそうだと改めて思った。


「先ほど殿が申されたように、先代の当主であった蘆名盛興が若くして病で死にました。それによって次期当主としての権利を持つ者がおらぬ状況になったのです」

「なるほど」

「よって家中では大きく分けて2つの意見が出ております。そしてそれを主張する者達の因縁もあってか、大きな混乱をもたらしているのです」

「因縁、にございますか?」

「伊達、もしくは佐竹より養子を迎え入れて陸奥の勢力図を変えようと主張しているのは、陸奥方面の外交を任されている針生盛信にございます。この針生とは蘆名家の分流に位置する一族にございまして、長らく蘆名家当主に重宝されております」

「針生にございますね。して具体的な話は出ているのでしょうか?」

「最も有力な話は伊達家の当主である伊達輝宗の次子、伊達だて竺丸じくまるを迎え入れるよう働きかけているようにございますな。ただしその交渉の場に、伊達が関与しているのかは未だ不明のままにございます」


 つまりは針生という者が主張している段階というわけである。

 伊達が乗ってくるのであれば、話は一気に進みそうだが。


「して、もう1つの意見とは?」

「他大名の介入を良しとせず、自国内で解決するように働きかけている者がおります。その筆頭は金上盛備にございますが、他有力な者では猪苗代いなわしろ盛国もりくにといった桓武平氏佐原一族の流れを汲む者達や、蘆名四天の一角である平田ひらた舜範きよのりなどが同調しているようにございます。ですがこの者らも佐竹と伊達を同時に相手取ることには反対しており、伊達家の血縁者を迎え入れている蘆名配下の二階堂氏から養子を迎え入れることを主張しているとのことにございます」


 まぁ似たような主張であるが、確かに大きな違いはあるだろうな。現当主の次子など送り込まれた日には、下手をすればそのまま蘆名は伊達に乗っ取られる。

 そうならない自信があっての主張なのであろうが、史実でほとんど佐竹に乗っ取られたような形となった蘆名があることを思えば、家中で反対派が出るのは当然理解が出来た。


「そして先日、ついに事態は刃傷沙汰にまで発展したようにございます。はっきりとした原因は未だ明らかとなっておりませぬが、噂では家中から次期当主をと声を上げていた金上盛備が個人的に織田様と繋がりを持っているという話が出回ったことも少なからず関わっているようにございます」

「織田様が?しかしあくまで噂の話にございましょう?」

「それに関しても詳しく調べております。ですが原因は何であれ、これにて蘆名家中は真っ二つに分断いたしました。当人らの内、金上は重傷を負い自身の屋敷にて寝込んでおり、針生の方は屋敷にて謹慎中であるとか。直にその辺りも追って沙汰がありましょうが」

「しかしこれではどちらに転ぶか・・・。まだわかりませんね」

「その通り。故に我らは蘆名の動きに注視する必要があるのです。今川様もどうかお気をつけを。佐竹がこれに関与すれば、北関東でも動きが出ましょうで」

「色々教えていただき感謝申し上げます。また越後国内で何かあれば、必ずや我らも協力いたします。遠慮無く申しつけくだされ」


 俺の言葉に景勝は頷いた。

 しかし蘆名家、史実とは違って随分と早く分裂危機に瀕しているのだな。

 伊達竺丸が蘆名の後継者として争ったのは佐竹義重の子であって、二階堂氏では無かった。二階堂氏というのはおそらく史実で盛氏の跡を継いだ者であるはずだから、そうとうに早い展開となっている。

 ちなみに佐竹義重の子で、史実で蘆名家に養子入りした佐竹義広は未だ生まれていないはず。道理で現状の佐竹がこれに絡んでこないわけだ。


「政孝よ」

「はっ」

「例の協定の話。私は楽しみにしている」

「・・・どうか良い会談が行われることを願っております」


 俺は高良らを残して、越後を後にした。

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