361話 天下に示す

 小谷城 浅井長政


 1575年冬


「直経、越前の様子はどうなっている」

「朝倉の旧臣をまとめ上げ、どうにか統治体制は整いました。ですが」

「我らに対する反発はもちろんあるであろう。だが泣き言は聞いてやれぬぞ」

「承知しております。あの手この手を用いて、反発を沈めるべく継潤殿が動かれておりますので」

「ならばよい。近く信広殿と共に能登へと兵を出すこととなるであろう。どうにかそれまでに反乱の種だけは除いておかねばな」

「はっ」


 昨年末、嫡子である万福丸の元に織田家から冬姫が輿入れした。

 未だ元服は早いとも思ったが、我らの同盟のためには婚姻という強固な関係は必要である。

 故に近く万福丸を元服させ、次期当主として色々経験させなければならない。

 そしてその輿入れに際して、織田殿より能登への援軍を要請されたのだ。

 織田殿も能登の扱いには手を焼いておられる。上杉との盟約がある故であろうが、何よりも一向宗が城を占拠しているというのが一番の問題であった。


「と色々心配してみても、実際に能登に兵を連れるのは清貞らである。こちらはこちらで成すべき事を成さねばな」


 正面に座る内藤宗勝は神妙な顔で頷くと、直経もそれにならう。


「直近のことで大きな仕事はやはり」

「あぁ。今川から発案された会談であろう」

「聞けば織田様や上杉様まで呼ばれているとか」

「その通りだ、宗勝。何でも4家とその影響下にある者達の領地内でとある協定を結ぶとのことであった」

「しかし我らに旨味はありましょうか?我らも近江と越前を有したとはいえ、未だ織田様や今川様の足下にも及ばぬ力関係にございます。蔑ろにされるようなことも十分に考えられますが」


 直経の心配も尤もである。尤もではあるが、私の扱いを無下なものとするのであれば、わざわざ実子を浅井に嫁がせたりはしないはず。

 今の織田殿であれば、私を強引に押さえつけることも出来るであろう。あまり得策ではないであろうが。


「岐阜城で会談が行われるとのことであるが、浅井からはお前達2人を向かわせようと考えている。お前達であれば他家に何かしらの思惑があろうとも見抜くことが出来るであろう。それを期待している。それと浅井にとって意義ある会談となることを期待している」

「かしこまりました。しかし殿のお立場はどういったものとなりましょうか?それによっては我らの態度も変える必要がございますが」

「私は浅井に利があるならば乗ってもよいと考えている。むしろこれまで戦乱の渦中にあった畿内が、どうにかかつての活気を取り戻すことが出来るのであれば、何ら問題は無い。だがそこに浅井の利が絡まぬのであれば論外である。そう心がけて臨めば良い」

「なるほど。ではそのように」


 そしてここで私は1つの考えを2人に話すことにした。

 今川からの提案があって以降、しばらく考えていたことである。もしこの会談がうまくいき、この近江でも人の往来が増えたとき、我らがすべきことは何であるのか。

 浅井が織田家や今川家に埋もれぬ為に何が必要であるのか、それを考えたのだ。


「安土山に城を築きたい」

「安土山にございますか?それはまたいきなりの話にございますな。ですが彼の地に城を築いたとしても、大した役割を果たさぬかと思われますが」

「それはよい。防衛としての役割はそれより西の城で補う。狙いは公方様への牽制と、交通の要所になるであろう安土に浅井の存在感を示すこと。彼の地は東の国々と京とを結ぶ要所となるであろうからな。陸路を用いる場合、嫌でも東の商人らは安土の城を見上げることとなろう。さすれば浅井の力を示すこととなり、織田殿と対等なる盟友であることを誇示することも出来る」


 従属、配下と思われることは都合が悪い。確かにかつて、六角との戦で大きな借りがあるが、それはここ数年の畿内平定で十分に返している。

 これからは対等なる同盟者として織田殿と付き合っていくべきなのだ。それを天下に示す必要がある。大名家として浅井が死なぬ為に。

 そして子らが苦労せぬ為にな。


「かしこまりました。しかしそうなれば、小城では満足されますまいな」

「当然であろう。誰もが目を見張るほどの城を築かなければ、あのように目立つ地に建てる意味が無い」

「では誰を奉行といたしましょうか」

「1人目星を付けている者がいる。だが未だ若い故、総奉行は荷が重かろうが」

「若い者で、目を付けられるほどの者にございますか?」

「あぁ、堅田に小城をこしらえさせたことがあったであろう?」

「延暦寺の残党に備えてのものにございますな?」

「そうだ。そして彼の地を任せている藤堂とうどう虎高とらたかであるが、その倅が随分と面白い働きをしたとのことである」

「倅・・・。たしか高虎たかとら殿と申されましたか?」

「その通り。故に此度の安土山への築城、あの者も関わらせようと思ってな」


 その任を立派に果たせば、側近として取り立ててもよいかもしれん。


「それはまた・・・。楽しみにございますな」

「あぁ、安土に城を建てていると織田殿が知れば、我ら浅井が会談でとる立場を理解されることであろう」

「尚更我らの働きが重要となりそうにございます」

「頼むぞ。よい成果が得られることを期待しているからな」

「はっ!」




 春日山城 上杉景勝


 1575年冬


「お話があるとは聞き、やって参りました」

「そこに座りなさい」

「母上もおられたのでございますか?」

「人を遣わせたのは私ですよ、景勝?それとも私がここにいるのは邪魔でしょうか?」

「そういうわけではございません。母が政に関わるのは、今となってはおかしなことではありませんので」

「分かれば良いのです」


 母に指し示された場所に腰を下ろせば、養父様がじゃっかんの困り顔で母を見ておられた。


「姉上、景勝をあまり困らせられるな。今も忙しいことを承知で頼んでいるのです」

「それは確かにそうでした。ともなれば無駄話をしている暇はありません」


 再び養父様は困った顔で私を見られる。


「景綱より聞いた。佐渡に兵を向けるようであるな」

「はい。佐渡の本間家が蘆名と繋がっているとの情報がございました。彼の地に蘆名の拠点が出来れば非常に厄介にございます」

「故に佐渡へ渡り、かの島を平定するか」


 私が頷けば、養父様は一度顔を顰められる。


「蘆名との繋がりがある。それはつまり我を越中国境で襲撃したことに関与していると考えているということであるな」

「その通りにございます」

「・・・もしその平定の目的が我を思ってのことであるならば、今すぐ取りやめよ。我は報復など望んでおらぬし、佐渡の民が死ぬことも望んではおらぬ」


 仏門に入られて以降、養父様はこのような発言を度々されるようになった。血が流れることを嫌われるのだ。

 いや、そうでは無いのやもしれん。

 元よりこの御方は自身の利のために戦をされてこなかった。唯一されたのは上杉家の前身である長尾家を掌握したときくらいなのであろう。

 あの時相手取ったのは、長兄であった晴景様であったが。


「此度の戦は越後の民を守るため、義のある戦にございます。我ら上杉家がこれ以上領地を拡張しないこと、今川殿にも織田殿にも約束しております。しかし佐渡の平定に関しては、今最も我らに敵意を向けている蘆名の関与があってのこと。つまり佐渡を制さなければ越後の安寧は訪れませぬ。これは決して養父様をこのような状況に追い込んだことにたいしての報復ではございません」

「まことにそれが越後の民のためになるのであるな?万が一長引けば、越後の民も、そして佐渡の民もが疲弊するだけの結果となろう。行き着く先は北条と同じになると心得よ」

「かしこまりました。肝に銘じます」

「であれば良いのだ。わざわざ来て貰ったが、意味の無い話になったな。政務に戻るがよい」

「では失礼いたします」


 養父様と、そして母に頭を下げて部屋を出た。

 しかし仏門に入り、気を落ち着かせる日々であると聞いたが、日に日に弱っておられるように見える。

 しかしあの足では満足に外に出ることも出来ぬ。

 どうにかこれまでの恩を返したいところであるが、自身がこれほど無力であるとは思わなかった。


「しかしもし私が同じ立場となったとき、あのように家のものに気を配れるであろうか。気が病んでしまい、それどころではなかろうな。養父様はやはり偉大な御方である」


 今の私にはそう思うことしか出来ぬ。無力とは悲しきことである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る