360話 どっちつかずの大名達

 摂津茨木城 織田信長


 1575年冬


「サル、播磨はどうなっている」

「はっ!先日小寺家当主である小寺こでら政職まさもと様より使いがありました。小寺家は殿と共に歩む覚悟があるとのことにございます。日を調整し、まずは家臣の者が挨拶に向かうとのことにございました」

「小寺だけか」

「他は未だ毛利の動きが気になるようにございます。ですがそれよりも・・・」

「備前であろうな。浦上の、いや宇喜多の動きが読めぬ」

「1度は公方様の調停を受け入れて元の鞘に収まったようにございましたが」

「あれが余計なことをやったおかげで、再び備前は荒れた」


 備前を治める浦上うらがみ宗景むねかげという男は油断が出来ぬ。浦上家の当主であった兄と決別し、別勢力として独立したかと思えば総領家を備前より追い出し、さらには毛利勢力までをも駆逐した。

 播磨の大名らと結びつき、播磨の旧守護であり義昭と親交のあった赤松までをも滅ぼしておる。

 さすがにあれも慌てたのであろうな。備前と播磨の西部、そして美作の一部を抑えた浦上を敵に回すことを。

 故に赤松を支持したことを無かったこととして、浦上へと乗り換えたのだ。ついでに認めたものが拙かった。


「備前と美作に加えて、播磨の支配まで認められるとは」

「かつて浦上と同盟関係であった小寺やら別所は恨んでいような。自分たちを出し抜いた形となった浦上を」

「そしてその隙を突いたのが宇喜多にございます。小寺に預けられていた総領家最後の当主、浦上うらがみ誠宗なりむねの子が備前に入られた、と」

「備前は荒れよう。果たして周囲の大名らが今の状況と、その原因となった義昭の行いを見て誰に味方しようとするか、そういう話よ」

「別所家は未だ迷っているようにございますが」

「元就が死んだ後の毛利の動きは明らかに鈍くなっておる。というよりも背後の大友だけで精一杯なのであろうよ。故に間に挟まれた者らで、これまで毛利に近しかった者達が迷っている。良い傾向よ」


 しかしまさか元就が死んでいたとはな。上手く隠されていたものだ。

 おかげで毛利への対処が遅れてしまったわ。

 おそらく意図的に隠していたのであろうが、毛利の混乱を突く手はずであったのが台無しとなった。

 今となっては何も意味の無い奇襲策となってしまったな。


「光秀は如何している。若狭の備えは進んでいるのだな」

「そのように聞いております。赤井家への対処は万全、殿の動きに合わせて丹波・丹後に攻める準備があると」

「それで良い。赤井は適当な頃合いを見てこちらに寝返らせる。一色は・・・、赤松同様に滅んで貰うとしようか」

「色々ありましたが、結局一色家は公方様との関わりが非常に深いですので、それもまた仕方なきことかと」

「敵対してこぬなどあり得ぬでな」

「しかし着々と殿に有利な状況へと傾いております。公方様はそれでも殿に対して兵を挙げられましょうか?」

「考えていることはまったく分からぬが、俺のことを嫌っていることは分かるわ。俺も嫌っておる」


 何度も室町第へと来るようにと要請があるが断っている。あまりにも五月蠅い故、京に新たな御所を築いてやったら大人しくなったわ。

 俺の時間稼ぎであることも知らずに機嫌を良くしておった。だがそれも僅かな間だけよ。

 また俺への憎しみを思い出したのか、己の至らなさで失った摂津を奪い返してやっている俺へ五月蠅く喚いておった。


「じきに摂津が落ちよう。次は渡さぬ」

「摂津を落とせば三好は如何動きましょうか」

「あれと手を結ぶか、はたまた俺につくか。あるいは義継に助けを請うやもしれんな」

「しかしそれは結局」

「俺の配下となることを指し示しておる。三好がしかと情報を集め、ことの流れを見渡す力があれば、今どう動くべきかは明白であるが」


 しかしどうなるであろうな。

 畿内で万が一にも俺が負けることは無いであろう。相手はすでに力を失いつつある者たちである。

 ここに来て盛り返すことなど出来はしないであろう。

 そして今の俺は奴らだけを見ることができる。


「唯一危険であるのが本願寺よ。奴らはしぶとい上に、兵となる者達がいくらでもおる。坊主らは後ろで見ているだけであるが、それでも強いのが一向宗という者達だ」

「長島でも近江でも手を焼かされました」

「サルや勝家はよく分かっていような」


 俺がそう言うと、サルは驚いたような顔で俺を見上げた。


「如何した。何か違っていたか?」

「いえ・・・。ただ柴田殿のことを権六では無く名で呼ばれたので」

「そのことか。俺も今や数カ国を治める大名である。いつまでも幼名で呼んでいてはかっこがつかぬ。それだけのことだ」

「なるほど!しかし儂はサルのままで」

「サルはサルよ。他に呼びようも無いではないか」


 一瞬固まったサルは、慌てて頭を下げた。

 だが確かにそうであるな。サル呼びのままでは、今後のこの男の出世に響くであろう。いつまでも家中で見くびられたままよ。

 そうであるな・・・。


「播磨一国をまるごと織田のものとせよ」

「播磨一国・・・」

「さすれば呼び名を改める。そして播磨をサルに任せる」

「まことにございますか!?」

「まことよ、故に播磨の平定を急げ。兵が必要であれば俺に言え。調略でも侵攻でも何でもよい。とにかく播磨を味方とするのだ」

「かしこまりました!必ずやこの秀吉、播磨一国を殿の影響下において見せまする!そして、殿に秀吉と呼んでいただけるよう活躍して見せまする!」


 そう言ったサルは慌てた様子で部屋を出ていった。小寺の者とやりとりを進めるのであろう。

 小寺がつけば多少なりとも播磨での風向きも変わるであろうでな。

 そんなとき、何やら呆けた様子で廊下の向こう側を見ながら倅が入ってきた。


「父上、さきほど秀吉が飛び出していきましたが」

「播磨を任せると申したのだ。そう言えばサルは喜ぶでな」

「なるほど、播磨。そういうことにございましたか。して私はいったい何故呼ばれたのでしょうか?摂津攻めに再び兵を動かすので?」

「違う。信忠、お前は一度岐阜城へと戻れ」

「・・・美濃に戻るので?」

「あぁ、近く大事な用がある。俺の代わりにその用を見届けよ」

「かしこまりました。父上の代わりとあらばその役目、しっかりと果たさせていただきます。ですがいったいそれほどの用とは何なのでしょうか?」

「今川と上杉、そして浅井の重臣らが一堂に会する機がある。その場が岐阜城となっているのだ。お前は俺の代わりにその会談の行く末を見届けよ」

「それら3家は現状の同盟国、それと友好関係を維持している方々にございますが」

「そうだ。そして以後は4家で結びつきを強める。決して俺や、そして氏真から離れられぬようにな」


 一色政孝より発案されたというとある計画に俺は震えた。

 その手をどうして今まで思いつかなかったのかと。たしかに領内では一定の成果を出しつつあったが、今となっては俺だけが旨味を吸うことにさして意味は持たぬ。

 より広大な地で多くの商人を優遇するからこそ意味があるのだ。

 そのことに気がつかされたとき、もはや恐れのため息までもが漏れた。

 改めて思う。いち大名家の家臣として置いておくにはあまりに惜しく、だがそれと同時にいち家臣で留まっている程度で済んでよかった、と。大名として独立していれば間違いなく厄介な存在となっていたであろう、とな。


「俺は秀貞を向かわせる用意がある。だがあれも歳をとった。おまえは織田にとって不利にならぬよう、この会談の発案者である今川の重臣を牽制せよ」

「かしこまりました。それでその発案者というのは」

「一色政孝よ。故に手強いであろう」

「一色・・・」

「奴の狙いがどこにあるのか、しかと見極めよ。もし怪しいと思うことがあれば、どんどん話に混ざれ。誰もお前を咎められぬ」

「かしこまりました。手強い相手であることは承知の上、できる限りやってみます」

「・・・足らぬ」


 俺の言葉に信忠は顔を顰める。


「それでは足らぬと申したのだ。できる限りやってみるでは足らぬ。できる限りやったが、結果として織田に少しでも不利な会談となればお前がその場にいた価値などないに等しい。お前がやるべきは、できる限りでは無く、織田にとって間違いなく意義のある会談として終えること。この一点に尽きる。意味は分かるな?」

「・・・かしこまりました。必ずや父上が満足されるであろう成果をつかみ取って見せます」

「それでよい。結果を楽しみにしている」

「はっ」


 気の入った顔で信忠は出ていった。

 であるが、もし今川に何か狙いがあるのであれば、そして会談に来るのが一色であれば信忠ではどうにもならぬであろう。

 だが目の前で同盟国の重臣らの様を目に焼き付けておくことも良かろう。

 あまり経験出来ぬ場になることは間違いない。

 秀貞にもある程度は伝えておくとしようか。


「俺もそろそろ摂津を奪うとするか。そろそろあれも我慢の限界であろうからな」

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