232話 餌を撒く

 神高島 一色政孝


 1569年春


「お待ちしておりました」

「思ったよりも時間がかかってしまった。問題は無かっただろうか?」

「はい。何も問題はありませんでした」


 俺は家房の水軍を使い神高島に来ていた。理由はいくつかあるのだが、最大の理由は例の海賊騒動の決着をつけるため。その作戦会議として神高島へと渡ってきたのだ。

 今川の支配とするこの島が、いつまでも正体不明の海賊に悩まされているなんてあってはならないことだからな。


「それで澄隆殿は?」

「仮の屋敷で殿をお待ちでございます。他には伊丹様もご一緒にございます」

「わかった。近海の警備を頼むぞ」

「お任せください」


 家房に港と付近の警戒を頼んで、仮の屋敷にまで向かう。

 家房の言ったとおり、すでに主だった方々が集まっており、どうやら招集をかけられた者の中で俺が最後であったようだ。


「申し訳ございません。遅れてしまいました」

「いえ、待たされてなどおりませんので」


 澄隆殿が手を振り、他の方々も頷いた。この部屋に集まっているのは澄隆殿と嘉隆殿、康直殿に氏興殿であった。何故氏興殿がいるのかと言えば、遠江の南に城を預かる氏興殿は九鬼家の統治体制を整えるために色々と支度を手伝われているのだ。

 そしてその一環として、この騒動の解決を見届けるために定期的にこの方達と話をされている。


「それで政孝殿が来られたことで、早速本題に移りますが」

「あぁ頼む」


 康直殿の相づちで澄隆殿は話し始めた。


「この屋敷を拠点とし、我ら一族は島の全体像の把握に努めました。氏真様の仰っていた海賊の形跡もいくつか見つかっておりますが、不思議なことがございます」

「というと?」

「そのほとんどが北条に関わる物なのです」


 すると嘉隆殿が立ち上がり、隣の部屋よりいくつかの物を部屋へと運び入れる。

 全てじゃっかん汚れているが、たしかに前回見つけた鞘と同様に北条鱗が刻まれた物が多数ある。刀の鞘は元より、何かの欠片であったり、船の部品のような物まで様々であった。

 そして鎧や陣太鼓など、何故この島にあるのか不思議な物もある。


「屋敷の外には浜辺で見つかった船もございます。その船には旗などもしまわれており、その旗にも北条鱗の家紋がございました」

「ならばこの島を襲っているのはやはり北条であったのか?だが何故・・・」


 康直殿は唸られている。だが確かにわからない。

 そもそも最近は海賊被害に遭っていないのだ。被害が出ていたのは今川が本格的な支配を始める前の話。

 つまり休戦期間に、北条が身分を隠して嫌がらせをしていたというわけでもない。

 さらに言っては悪いが、この島は特に何か特産があるわけでも無く、狙われる意味もよく分からないのだ。

 親元曰く、たまに海賊が流れ着いてきていたようだが、それらは全て海賊であった頃の親元らが追い払っていたのだという。


「島長は何か言われていないのでしょうか?」

「何も知らぬとしか」


 何も知らないはずは無いと思う。最初は親元らがこの島を離れる時に忘れていったものだと思っていたのだが、島長は海賊被害に遭っていると言った。

 そしてこの回収物らはまだ比較的綺麗な部類になる。

 ならば親元ら時代の盗品では無いことが一目見て分かるのだ。


「島長を問い詰めましょうか?」


 澄隆殿の言葉に俺と嘉隆殿が首を横に振った。

 この島を押さえるのであれば、やはり余計な確執を生むべきでは無い。島長が島の全権を持っているようであるから尚更であった。


「これだけ見れば北条の関わりは決定的であるように思いますが、断定はできません。やはり周囲の海賊を根こそぎ討伐するしか・・・」


 氏興殿のあまりにも非現実的な提案に水軍を率いる者たちはみな頬を引き攣らせる。さすがに海は広い、広すぎる。

 根こそぎ討伐なんていったいどれだけかけなければならないのか。

 終わる頃には乱世も終わっているのではないか?


「餌を撒きましょうか?」

「政孝殿、餌と申しますと?」

「例の海賊は今川の手が及ぶと、突如として姿を現さなくなりました。であるならば、我らがこの地を撤収すれば再び姿を現すのではないでしょうか?」

「そのために我らは一度この地を離れると?」

「はい。九鬼家の方々には大変な思いをさせてしまいますが、それでこれまでの悩みを潰すことが出来るというのであれば、やってみる価値もあると思います」


 澄隆殿はジッと何かを考えられている。だが正直この問題を本気で解決するのであれば、それくらいはしなと最早なんの成果も得られないように思える。


「結果遅れた島の統治体制の構築は我ら一色も全力でお手伝いさせて頂きます。また氏真様には私からお伝えいたしましょう」


 そう言うと康直殿の表情が明るくなったように見えた。康直殿が悩まれていたのは、どう報告したものか、という部分であったようだ。


「そして撤収したと見せかけて、例の海賊が再び島に集まればそこを一網打尽にする。奴らが何者か暴いたところで、あとの判断は氏真様にお任せするというので如何でしょう?」

「すぐには決められませぬ。一族の者らにも聞かねば」


 まぁそうだろう。それならば今日のところはこのまま解散し、少しだけ近海の様子を見て帰る。その前に港の整備に関してある程度指示を出しておく必要もあるな。

 この島も一応大規模な港を作る予定なのだ。完全に軍港としての役割を持たせるのだが、人目につかぬから出来ることも色々ある。

 九鬼家との協力の下で俺達一色が主導するよう命じられたのだ。あっちもこっちも大変ではあるがやらねばならぬ。

 何度でも言うが今は猫の手も借りたいほどに人手不足なのだから。

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