233話 京からの来訪者
大井川城 一色政孝
1569年春
九鬼家による神高島の撤収は氏真様に許されるとすぐに実行された。澄隆殿らは世話役の1人である氏興殿の領地に入り様子見である。
また神高島には栄衆の忍びを島民に紛れさせており、万が一動きがあった場合には島に残した連絡用の水軍衆の船でこちらに報せる手はずとなっている。流石海賊に気に入られる島だけあって、未だ手つかずの洞窟がいくつも発見された。
今回の連絡要員はそれらの洞窟の1つに身を隠している。おそらく海賊が戻ってきたとしても簡単にバレはしないだろう。
俺もあれから何度か海に出たが、該当の海賊らしき者らは見つけることが出来なかった。故に仕方なく城へと戻ってきたのだ。
そんなある日、外を見れば庭にある満開の桜が目に入った。
「久、花見に行くぞ」
これがわずか前の俺の言葉だ。それから久や子供達、それに家臣らも連れて大井川沿いに咲いているという桜を見に行った。はずだったのだ。
だが俺は桜の"さ"の字も感じることなく城へと戻ってきている。
何故か、それは俺の目の前に座っておられる高貴な御方が原因であった。いや、原因などと迂闊なことを思うべきでは無い。
うっかり口に出してしまえば大変なことになる。
「急な訪問許されよ」
「お気になされず、しかし事前に言っていただければもてなしもご用意させていただいたのですが・・・」
「よいよい。気を遣われるな」
いつもならば俺が座る場所。謁見の間の上座に座られるのは、本当に高貴な御方だ。
その方は権中納言、
それは俺の隣で、俺と同じく冷や汗をかいている男が原因なのだ。これは間違いなくこの男が原因であると言い切らせてもらう。
「飛鳥屋も振り回して悪かったの」
「勧修寺様に一切の非はございません!全て私の不手際でしたので」
そう、宗佑に全ての原因があったのだ。
おかげで花見は出来なかったうえに、こうして尋常無く気を遣う羽目になっている。
「それにしてもこの地は実に良く発展しておる。駿河は京の懐かしさを感じたが、この地は堺のような、いやそれ以上の賑やかさがある。実に良い」
「お褒めにあずかりまこと光栄にございます」
晴右様は「ホホホ」と笑われた。俺は作り笑いで非常に疲れ切っている。
こうなった経緯はこうだ。
俺達が花見に向かっていた場所というのは、商人らにとっても有名な場所であったそうだ。街道沿いのために、荷を運ぶ際にはよく目にするらしい。
俺は庄兵衛に聞いて、今年初めてこの時期にその場所へと向かったのだ。だがその道中に宗佑らと会った。やけに豪華絢爛な一行だと思ったのだが、まさかその一行の主が晴右様だったとは・・・。
そしてその晴右様を自身の屋敷へと案内していたのが、元々京で商いをしていた飛鳥屋宗佑だったのだ。今でも懇意にしてもらっている宗佑は、此度の駿河下向のお供を買って出たらしい。商魂たくましいのは良いことだが、見事に巻き込まれた形となったわけだ。
「先日は氏真殿にも会ったのだが、京での評判とは随分と違うようでございますな」
「とても頼りになる御方です。ちなみに京での評判を聞いてもよろしいでしょうか?」
「構わぬぞ。京での評判も低いわけでは無い、だが先代の印象が余りに強く、どうしても頼りない印象を抱かれておるのだ。だがあの様を見れば麻呂も安心出来た。主上もお喜びとなられるであろう」
何気ない会話であったはずだったのだが、俺は晴右様のとある言葉にどうしても引っかかりを覚えてしまった。
それは主上もお喜びとなる、の部分だ。
何故帝は氏真様が噂よりも立派な人物であったことに喜ぶのか?落人からの報告では、朝廷は三好の擁する平島公方家を次代の将軍に任じようとしていると聞いている。だが氏真様は義秋を支持しており、さらに義秋擁する織田と同盟を結んでいるのだ。
普通であれば、氏真様が噂通りの人物であった方が嬉しいはず。
「つかぬことをお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「うむ、言える限りで答えよう」
「今の幕府の次代将軍争いに関して、お公家様方はいったいどうお考えなのでしょうか。もちろん言えぬことも多いでしょう。ご不快に思われましたら、お答えになられずともよろしいのですが・・・」
「ふむ・・・。ただの興味であると?」
「はい。好奇心からきたものにございます」
晴右様はしばらく考えられて、そして静かに口を開かれた。
「朝廷内は今2つに割れておるのだ。1つは関白殿下を筆頭とする親三好派、1つは
「少しお待ちを」
「如何したのだ?」
「関白殿下が三好を贔屓にされているというのは風の噂で聞いておりましたが、何故九条様が織田殿を贔屓されるのでしょうか?」
「信長殿とともに義秋様をお支えする者の中に、三好義継殿がおられる。あの者は兼孝殿の養父である行空様・・・、
「なるほど・・・」
史実でいうのであれば、近衛前久は信長と親しくしていたはず。そしてそのライバル的ポジションにいた九条家は三好を推していた。
だが今は真反対の状況だ。なるほど、話がまったく分からないわけである。
「かくゆう麻呂も義継殿とともに戦われている久秀殿と縁があっての」
「はい」
「久秀殿の家臣である結城忠正という男の元に妹が嫁いでおるのだ。その身を案じて麻呂も織田殿の上洛を心待ちにしているわけである」
やっぱり分からないものである。それと驚いたのは、意外と公家と縁戚関係にある将が多い。
畿内が故の事なのだろうか?こちらではあまりそういった話を聞かないが。だいたい大名の血族であればまだあり得る話にも思える。さきほど出て来た三好義継の母が九条というのも・・・。義継の生家は三好では無く十河か。
・・・やっぱりその感覚がよくわからん。
「ちなみにそのような大事そうな話、こうも無警戒にお話頂いてよろしかったのでしょうか?」
本当に今更だが、最後に気になったことを聞いてみた。
「それも気にせずとも良い。最早誰がどちらの派閥に属しておるかなど周知の事実である。内裏でもいがみ合っておるわ。それが嫌で麻呂は駿河へ下向を決めたのよ」
また「ホホホ」と笑われた。やはり公家も色々大変だということは伝わった。だが俺も今日は疲れた。その分、有力な話も面白い話も聞けたことに違いは無いが。
「それと最後になったが、主上はおぬしに興味をお持ちになっておる」
「・・・いったい何故でございましょうか?私など今川家のいち家臣にございますが」
「京より離れし東の土地に大層栄える港があると、どこかでお耳にされたのであろうな。麻呂は駿河の他にこの地も見て来るよう命じられたのだ。故に飛鳥屋に世話になっていたというわけよ」
つまりこの出会いは偶然では無かったわけだ。最後の最後でようやく納得出来た。
まぁ良い出会いであったことには違いないか。公家と個人的に関係を持つことは、きっといつか役に立つこともあるだろう。逆に巻き込まれることもあるかもしれないが。
だが一応氏真様には報告を入れておこう。
変な疑いだけは持たれたくは無いからな。
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