224話 新たな力

 今川館 一色政孝


 1568年冬


 細川・九鬼両家の推挙をするために今川館へとやって来ていた。大晦日が近いこともあって、新年の挨拶に備えて数人重臣の方が今川館を中心とした町の中にある各家の屋敷へとやって来ているのを見た。誰も彼もが俺の背後を歩く2人を興味深げに見ている。

 2人ということから分かるように、今回今川館へ向かうのは細川藤孝殿と九鬼澄隆殿の2人だけ。他は一色の屋敷で留守番だ。

 ちなみに志摩から脱出した他の九鬼家の方々や藤孝殿の妻子に関しては大井川城で待っている。


「政孝殿、お待ちしておりました」

「お待たせいたしました。雪に足を取られて、到着に時間がかかってしまいまして」


 俺がそう言いながら足下を見ると、信置殿も鬱陶しげに下を見る。前世では多少なりとも好きだった雪だが、この時代ともなると本当に邪魔としか思えなくなってしまったのが悲しいところであるのだが、本当に邪魔なのだから仕方が無い。

 特に年末年始は今川館へ行く機会があるため、雪の中の移動を強いられる。

 寒いし歩きにくいし最悪だ。


「それで後ろのお二方が?」

「はい。私から氏真様に紹介させて頂く方々にございます」

「わかりました。すぐに氏真様にご到着をお知らせいたしましょう」


 信置殿は俺の隣を通り過ぎて、面識のある藤孝殿にも小さく会釈した。俺はそのまま先導して謁見の間へと2人を案内する。

 久しぶりに来たこの場所は、誰もいないせいもあるのだろう。

 随分と広く見えた。

 しばらくすると廊下より足音が聞こえる。信置殿が見え、すぐに頭を下げたことを合図に俺と他の2人も頭を下げた。


「数日ぶりであるな、政孝」

「はい、数日ぶりにございます。此度は急な申し入れを受けて頂きありがとうございます」

「麻呂と政孝の仲である。そう遠慮せずともよいぞ」


 氏真様は機嫌よさげに笑われた。とりあえず知らない者を連れてやって来たことをご不快には思われていないようで一安心か。

 まず最初に氏真様は藤孝殿に目をやられた。かつて幕臣であった頃、何度もここ駿河へと足を運ばれていたのは藤孝殿である。面識は京の人間の中でもありすぎるほどであろう。


「藤孝殿も久しいの。客将として政孝に任せた時以来であろうかな」

「はい。その節は大変お世話になりました」

「麻呂に感謝は不要である。するならば政孝にしておくべきである」

「真に。お二人には感謝してもしきれませぬ」


 藤孝殿は深々と頭を下げられる。それを見た氏真様はまた機嫌よさげに笑われた。


「再会の挨拶はこれで良しとしようか。それで政孝」

「はい」

「此度は重要な用件で参ったと聞いたが、一体どのような話であろうか」

「その前にご紹介させて頂きます。細川藤孝殿のことは既にご存じのことと思いますが、かつて幕府の奉公衆に任じられておりましたがその任を外れ現在流浪の身となっております」


 改めて藤孝殿の説明をするが、これはほとんどただの確認だ。すでにこの方の経歴は知られていることであり、おさらいしたのは澄隆殿に深い疎外感を与えないため。

 いらぬ配慮であったかも知れんが、小さなことにも一応気を遣うべきだ。


「そしてこちら。おそらく氏真様も初めて会う者であろうと思います。この御方、故郷は志摩国岩倉。名を九鬼澄隆殿と申します」

「何故志摩の者を政孝が麻呂に紹介するのだ」

「志摩の九鬼家以外の地頭が手を組み、伊勢国司の北畠の力を借りて城を攻められ、その地を追われたのです。大湊が北畠の手に落ちる直前に、大湊より我が保護下の商人の手を借りて大井川領へと避難されておりました。行き場のない者たちではありますが、九鬼家の水軍指揮の腕前は私が保証いたします」

「つまりその者を今川に仕えさせたいと申すのであるな?」

「いえ、澄隆殿だけではなく藤孝殿も同様にございます。このお二方を是非氏真様のお力として迎え入れて頂きたく思い、此度は謁見のお願いをいたしました」


 氏真様は一度身体を起こして考え込まれている。

 念のためにもう一押ししておこう。


「藤孝殿には一色にいらっしゃった際に大変お世話になりました。三河での一向一揆の討伐戦の最中には、村を襲う敵兵をわずかな兵で掃討し、敵将の首も獲っております。またそれ以外の戦でも一色の将として帯同して頂いておりますが、未だその報奨を与えられておりません」

「しかし藤孝殿を政孝に任せたのは麻呂なのだ。報奨がまだというのであれば麻呂が出すべきであろう。・・・わかった、細川藤孝」

「はっ!」

「これまでの功績を鑑みて信濃に領地を与えることとする。未だ麻呂の直轄としている地がいくつもあるのだ。そして城も与える。だがこれに関しては少々刻が欲しい。改めて報せることとする」

「ありがたき幸せにございます。今後は氏真様に従い、懸命に働きましょう」

「頼りにしているぞ」


 こうして藤孝殿の仕官は決まった。続いては澄隆殿だ。


「こちらの澄隆殿にございますが、先ほども申しましたとおり船の扱いに長けております。志摩国には元より水軍の扱いの上手い者らが多くおりますが、その中でも九鬼家の水軍は精強にございます。またここにおられる澄隆殿の叔父である九鬼嘉隆殿は志摩でも随一の強さを誇る水軍指揮官にございます。現在の水軍増強の観点から見ても、九鬼一族を仕えさせることは今後を見越しても利は大きいかと」

「確かにな。だがだとしても現状の領地で海に面した土地は空いておらぬ。手に入れた信濃は内陸であるのだ。九鬼は一族総出での仕官を望むのであろう?」

「確かにその通りにございます。ですが1つだけ、氏真様は忘れられております」


 その言葉に小さく唸られた。だが本当に1つの地域だけ領主不在で空白なのだ。

 その地は未だ問題だらけであるが、それこそ九鬼の強みを持ってすれば問題はこれまでに比べて随分と小さくなるようにも思える。

 その地とは、


「「神高島」」


 俺と氏真様の声が重なる。

 今出た神高島は未だ領主不在。そして任じられるであろう領主候補は水軍の扱いに長けた者の方が良いという話であるが、貞綱殿も康直殿も未だそこまでの自信がなく二の足を踏まれていたのだ。

 そんな中、志摩随一の強さを誇ると自負している九鬼の推挙話である。

 その辺の海賊ならば余裕であろうが、さらに現状よく分からぬものにも悩まされている。それにすら対処が出来そうなのは間違いなくこの御方達を除いて他にはいないように思えた。


「たしかにその存在が抜け落ちていたわ。だがあの地は未だ解明出来ておらぬ事も多い。仕官したばかりの者をいきなり送るのも」

「元々あの島に今川水軍の関係設備を建築予定であったと聞いております。それを考えるのであれば、やはり慣れた者の方が良いかと」

「・・・わかった。このことも追って沙汰を出すとしよう。だがどちらにせよ、頼って来た者を粗略な扱いとすることも出来ぬ。九鬼澄隆よ、麻呂の力になってくれるか?」

「は、はい!必ずや今川様のお力にならせて頂きます!」

「ならばよい。新年になる頃までには決定をする。それまでは少々待っていてくれ」

「かしこまりました」


 こうして両家の仕官は決まった。一応領地と城が決まるまでは今川館の側にある一色屋敷に留まることとなった。

 そしてまた今川家の力が強まる。これは嬉しいこと。

 今後もさらに戦力の増強を図り、どこにも負けぬ家を作っていかねばならぬな。

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