225話 知恵者の狙い
大井川城 一色政孝
1569年正月明け
新年の挨拶の際に俺が推挙した2人の扱いが決まった。
九鬼家の方々は神高島の領主に、城や館などは何もないためしばらくは近場の者たちで統治が出来るように支度することとなった。
また藤孝殿は信濃の伊那郡高尾にある
この地はかつて武田義信が抵抗した高遠城の西に位置しており、対上杉の最前線一歩手前となる地でもあった。
それほどまでに藤孝殿が氏真様に買われているということなのだが、もう1つの思惑としては新たに増えた信濃の領土に入っている者たちのほとんどが旧武田の家臣であるということで、南信濃の広域を任されている氏俊殿の負担を軽減することも狙いとして含まれている。
「それで知恵比べをしているという者の正体は掴めたのか?」
「いえ、ですがどこに滞在しているのかということは確認出来ました。どうやら東海屋の宿の1つであるようにございます」
調査を任せていた時忠は申し訳なさげにそう答えた。父親である時真が少しだけ緊張した面持ちでその様を見ている。
しかしこれに関しては、あくまで俺の興味に付き合ってもらっているだけだ。調査不足だと怒ることはない。
「場所は分かっているのであろう?」
「はい。そしてその者、名はわからぬのですが周りの者らにはお師匠様と呼ばれているようにございます」
「お師匠様?」
「はい。商人の子らがなんでもそう呼んでいると」
「・・・全く分からん。知恵者という話はどこに行ったのだ」
俺が混乱している様を隣で見ていた久は軽く笑い、そして俺の方を見た。
「それほどまでに気になるのでしたら、実際に会ってみればよろしいではありませんか。いつもこの時期は今川館にいて、まともに領内を見回ってはいないでしょう?良い機会であると思います」
「たしかに久の言う通りか。よし、そうと決まれば早速向かうとしよう。時忠、昌秋、供をせよ」
「かしこまりました」
「はっ」
俺も一応防寒の備えをしてくるとしよう。いくら何でも外は寒いからな。
そして支度をしてから城を出る。
馬に跨がり他数名の護衛を連れて城下町へと繰り出した。久しぶりに正月の大井川城下を見て回ったが、とにかく賑わっている。
寒さに負けず、誰も彼もが新年を祝っていた。
道中俺のことに気がついた者たちに声をかけられたのだが、その波は連鎖的に広がり今いる通りはパニック寸前だ。
慌ててその場を昌秋に任せて切り抜ける。
時忠の案内の元、目的の宿へとどうにかたどり着くことが出来た。
「主人はいるか?」
「はい?これは氷上の若様ではありませんか」
出て来たのは東海屋の宿の1つを仕切る男であった。この辺りでは一際高価な宿であり、泊まる者もそれなりの身分の者ばかり。
藤孝殿が目を付ける者のほどであるから、この高位の宿に泊まるのもまた納得であった。
「少々人を探しておるのだ」
「人探しにございますか?それで一体どのような御方を?」
外から会話を聞いている分には何やら時忠を警戒しているようであった。まさか自分の宿に何らかの下手人がいるとは思いたくないからであろう。
このままでは話が進まない。本当はいらぬ混乱を生まぬ為に隠れておきたかったが仕方ないだろう。
「そう警戒するな、太助よ」
「これは!?領主様にございませぬか!?」
これまでとは一転、店主太助以外にも俺のことが見えていた者たちが一斉にひれ伏した。
こうなるから本当は時忠に任せたかったのだが、通りに隠れていても人目には触れる。どちらにしても、ということだ。
「あまりかしこまるな、それよりも話がある。奥へ入れてはくれぬか」
「それはもう喜んで!ささっこちらに」
一気に腰の低くなった太助の後について、宿の奥へと入る。
様々な視線が俺達に向けられていたが、それすらも今更気にしなくなった。
「狭いところで申し訳ありません」
「十分だ。それよりも早速本題に入る」
「はい」
「この宿に子供らからお師匠様と呼ばれている男が泊まっていると聞いたのだ。誰であるか存じておらぬか?」
太助の顔はすぐに変わった。
そして頷いている。
「おそらく竹中様の事にございますね。元々は知恵比べと言って様々な者と対決をしておりましたが、少し前より近所の子供らに読み書きを教えておられるようなのです。そのことから近所の子供らよりお師匠様と呼ばれるようになったと」
「竹中だと?」
「はぁ、たしかにそう名乗られておりました。それとよく分からぬことも申されておりました」
「よくわからぬこと?」
「はい。もし自分を訪ねてきた者がいた場合、迷わず正体を明かしてください。と、申されておりました。こちらとしても信頼を得るべき職業でありますので本来ならばお泊まりのお客様の情報をいくら領主様であっても流したりはしないのですが・・・」
俺が訪ねてくることを読んでいたというのか?藤孝殿が知っていたとは考えにくい。ならば敢えて俺の耳に入るよう仕向けたか。
知恵比べもその一環であった可能性もあるな。
「わかった。松五郎には何も言わない。そう心配するな」
「あ、ありがとうございます!これで安心して宿屋に専念出来ましょう」
「それで今、竹中という男はいるのか?」
「今は宿を出ておられます。おそらく今日もどこかの商人の子らに読み書きを教えておられるのではありませんでしょうか?」
「これから探すのも骨が折れるか。わかった、改めて来るとしよう」
「・・・事前に人をやって貰えれば竹中様にも伝えておくのですが」
太助の言葉に俺は横に首を振った。
今の状況は三国史で有名なあのシーンに酷似しているように思えたからだ。もしその気であるならば乗ってやってもいい。
それで俺が認められるのであれば、この場所まで来るのも無駄足にはならないだろう。
「また来る。次はもう少し気を遣ってくるとしよう」
「いえ・・・、そんな」
「ではな。時忠、城に戻るぞ」
「かしこまりました」
それにしても竹中か、俺の思っている竹中であれば嬉しいことこの上ないのだがな。果たしてどのような者であるのか、非常に楽しみである。
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