223話 2家の推挙

 大井川城 一色政孝


 1568年冬


「いつこちらへ戻っていたのだ」

「つい先日のことにございます。今川領内に入って真っ先によらせて頂きました」


 今朝、昌友が俺の元へやって来た。

 どうやら俺に会いたいという者がいるのだと聞いていた。それも複数人というではないか。

 誰であるのか見当のつかぬまま広間へと行ったのだが、その中には1人だけ知った顔があった。およそ1年前に、自身の家族を探すべく大井川城を去った細川藤孝殿である。

 今はその再会を喜んでいたところだ。

 しかしそんな状況の中で、他にも俺に会いに来たという者たちが3人いた。


「それで藤孝殿の背後に座っている御方はどなたかな?」

「はい。この者、かつて私と同じく幕府に仕えていた男にございます。そして大和の地にて私の家族を守ってくれていた謂わば恩人。今は訳あって私の家来となっております。名を松井康之と申します」

「松井康之と申します」


 2人は改めて頭を下げた。

 松井康之については残念ながら前世の記憶にないのだが、藤孝殿が側に置くのだからきっと信頼出来る者なのであろう。

 訳あって、の部分が気にはなったが、この1年で色々あった。そう思うことにした。

 そしてあと2人。名も顔もわからぬ者。


「その方らは」

「はっ!私はかつて志摩に領地を持っておりました。九鬼澄隆と申します。そしてこちらは叔父であり、私を補佐してくれております。九鬼嘉隆と申します」

「お初にお目にかかります。九鬼嘉隆と申します」

「・・・九鬼か。北畠に志摩を追い出されたと聞いているぞ。無事であったのだな」


 俺がそう言うと、2人は少なからず驚いた表情をした。どこまで知っているのか?そんなところだろうか。

 実際にはそこまで細かく知っているわけではないが、栄衆が調べてくれている範囲くらいならば、ある程度は把握出来ている。全て頭の中で整理済みだ。

 なんせ志摩の領主共は俺にとって憎むべき相手であるからな。


「そのとおりにございます。兄であり先代当主であった淨隆は、城からうって出た際に受けた矢傷が原因で病となり死にました。その後を継いだ我が甥の澄隆にございますが、志摩の領主らだけであればどうにか出来たやもしれませぬ。ですが北畠まで出張ってきたとなると如何することも出来ず・・・」

「なるほどな。故郷を捨てることは苦渋の決断であったであろう」


 叔父の嘉隆の方は悔しげに頷いた。だが対照的に澄隆はそこまで落胆している様子も無い。

 その様がやけに気になる。


「澄隆殿、1つ聞いてもよろしいか?」

「何なりと」

「現状伊勢の状況は織田が北畠を押して優勢である。もし氏真様のお許しが出れば、志摩への復帰を信長様に願うことも出来るやもしれんが、もしそうなれば志摩へと戻るのか?」

「私個人の意見としては、志摩の地に固執している訳ではございません。ですが泣く泣くあの地を捨てた者もおります。もし帰ることが出来るというのであれば、私は当主としての立場を優先し、戻ることを願い出るやもしれません」

「ならば個人としての意見を尊重するのであればどうだ?」


 その質問に対しても澄隆殿の答えは明確であった。


「戻りませぬ。あの地を私は捨てたのです。たとえどのような理由があったとしても、あの地を捨てた私を民達は認めぬでしょう。であるならば新天地で新しき九鬼澄隆として生きることを願います」


 これが2人の表情が全く反対である理由だ。


「なるほど・・・。それで本題に入るが九鬼の方々は俺に何を求めておられるのでしょう?」

「はい。先ほども申しましたように、我らは先祖伝来の地を失い流浪の身にございます。ですので九鬼一族を今川様の家来に加えて頂きたく、そのお願いに参りました。一門衆である一色様であれば、あるいはと思いまして」


 つまり推挙して欲しいとかそんなところか。当然だが喜んで受ける。

 元々九鬼が城を捨てていた時点で目を付けていたのだ。

 断る理由など1つもない。


「では氏真様にはお伝えいたしましょう。ところで水軍の扱いは得意ですかな?」

「はい。志摩の国衆の中でも九鬼の水軍は随一の強さを誇ると自負しております。叔父上の水軍指揮の力は誰よりも勝り、叔父上の右に出ものはおりません」

「それほどまでか」

「はい!」


 澄隆殿が嬉しそうに語るものだから、周りの者らは自然と笑みを浮かべる。

 ちなみに年齢的な話をすると、俺と嘉隆殿はほとんど同じくらいであるはずだ。そしてはっきりとは分からないが、康之殿と澄隆殿の年は近そうに見える。

 一番年長者は藤孝殿。確か俺より10年ほど生まれるのが早かったように記憶している。

 そんな理由もあって、下手をしたら自身の子供世代の者が必死に俺と同世代の男を褒めているのがやけに微笑ましかったのだ。


「わかりました、九鬼の方々を氏真様に推挙しましょう。数日後に今川館へと参りましょうか」

「ありがとうございます。この御恩、決して忘れはいたしません」


 2人が揃って頭を下げた。これでこちらは一件落着か?まだ正式に仕官が決まっていないから、それまでは気を抜けないか。

 しっかりとお願いしなければならないな。

 そして俺はもう一度藤孝殿の方へ身体を向ける。


「藤孝殿はどうされるので?」

「私も政孝様に恩を感じる身。受けた恩を政孝様のお側で返すべく、仕えさせて頂きたいと思っております。如何でしょうか?」


 藤孝殿の気持ちは素直に嬉しかった。元々客将として迎えていた時は、藤孝殿を家臣と出来れば心強いと思っていた時期もあった。

 だが南信濃という広大な土地を領地としたことで、その考えは綺麗になくなる。

 今有り余る領地の差配でてんやわんやの状態なのだ。しかし迂闊な者に託すことは出来ない。

 信濃は現状最重要地域。

 だから才のある御方には是非とも氏真様に仕えてもらいたいと思う。そう考える日々がここ毎日であった。


「俺としては氏真様にお仕えしてもらいたい。今ならば外様の方々が多くいるから、すぐになじむことも出来るだろう。それに藤孝殿を俺の家来とするのは少々荷が重い」


 そういうと背後に控えていた康之殿だけが笑い、すぐに失敬と言って顔を背ける。


「それが政孝様に対する恩返しとなりましょうか?」

「俺は氏真様が喜んでくださるのであれば、それが一番だ。藤孝殿のことは当初より評価されていた。だから藤孝殿が氏真様に仕えてくれるというのであれば、それがきっと何よりも俺への恩返しとなるであろう」


 しばらく考えていた様子であったが、背後より康之殿の背中を押す一声によって決断したらしい。

 小さく頷くと、改めて俺に視線を向ける。


「では私も今川家の一員として働かせて頂きます。どうかお口添えお願いいたします」

「わかった。では九鬼・細川両名を俺の名で推挙するとしよう。俺に見る目が無いといわれぬよう頑張ってくれ」

「「かしこまりました!」」


 4人は帰って行こうとしたのだが、その最中に藤孝殿が足を止めた。


「そういえば大井川領内を通る街道の宿に面白き男がいると聞きました。なんでも知恵比べをしては、挑んでくる者らをことごとく打ち負かしているのだと」

「・・・なんだそれは?」

「はて、私も聞いただけにございますのでなんとも・・・。もしお時間があればお確かめ頂ければ。ではまた後日、よろしくお願いいたします」


 そう言って4人は本当に帰っていった。

 しかし藤孝殿、最後に気になることを言っていたな。少々興味がわいてきた。

 もしその言葉通り面白い者であれば城に招待するのも良いかもしれん。そうと決まれば早速情報収集だ。

 大井川領外に出られてしまっては手が出せなくなってしまうからな。

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