219話 籠城か、降伏か
大島砦 一色政孝
1568年秋
「殿、大湊近海で親元殿が志摩水軍と衝突したとのことにございます」
「それで結果は?」
「双方被害は甚大。しかし志摩水軍は大湊より船を出し、志摩国へと撤退した様子にございます。親元殿は一色港へ一度船を戻し、伊勢湾の巡回はしばらく寅政殿に引き継ぐと」
「わかった。良くやってくれたと伝えてくれ」
「かしこまりました」
道房はまた外へと出て行ったが、相も変わらず兵糧攻めは続いていた。時折長島城より奇声やら悲鳴が聞こえるのは、そろそろ限界であることを表わしているのだが全くもって降伏の使者が来る様子も無い。
信長は先日篠橋城を攻略し、城主として入っていた
この男、名は変わっているが父親が阿波出身の三好の一族の者であり、その父親が本願寺第九世宗主である実如に帰依したことで本願寺の門徒となったようである。
信長はこの男の降伏を認め、こちらは本当の間者として長島城へと送り込んだらしい。おかげで内情は筒抜けとなり、余裕を持った兵糧攻めとなっている。
「それにしても北畠の動きも鈍くなりましたな」
「あぁ。栄衆の働きがよっぽど効いたとみた」
「おかげで残る一向宗方の城と砦も全て落とすことに成功しております。陸・海の完全包囲がなったため、最早一向宗には抵抗の余地も無いかと」
佐助と共に長島城を見つめる。
「冬までに終われば良いがな」
「たしかに。このような場所で冬をやり過ごすのは少々堪えますからな」
「あぁ。余計な被害を出さぬ為、織田は一向宗が音を上げるのを待つつもりだ。ならば戦の終わりも一向宗次第。これはいつ終わるかわからぬな」
俺のすべきことも無くなり、わりと退屈な日々が続いていた。本当に早く降伏してもらいたいものである。
長島城 大島親崇
1568年秋
信長様に間者としての役割を命じられてはや数週間。
城内では籠城を続けるか、降伏するかで割れておった。籠城派は門徒を中心とした本願寺とその門徒。降伏派は日根野殿を筆頭に旧斎藤家臣を中心とした武士達。
どちらの言い分もよく分かるが、信長様は果たしてお許しになられるのであろうか・・・。
「だから何度も言っているであろう!すでにこの城は完全に包囲されているのだ。今更援軍など期待出来ぬ」
「包囲されているのはおぬしら武士が勝手に城を捨てたからであろう。松ノ木砦が落とされなければ願証寺が占拠されるようなことにはなっておらぬのだ」
「落とされたくない場所があるならば援軍を寄越せと何度も言ったはず。それに従わず長島城に籠もっておった坊主らに文句を言われる筋合いはない!」
日根野殿や長井殿は何度も織田方の守りの薄い地を攻撃するよう進言された。しかし戦線の拡大は無用とみた方々はそれを拒否。結果として少数で古木江城を攻めた下間頼旦様がお討ち死にという最悪な結果となった。
そしてそれを機に、完全に武士側の要求は通らなくなったのだ。
「籠城をしてなんになる。すでに餓死者が出ておるのだ」
「死ねば極楽浄土に行ける。ならば何も怖いものなどない。籠城して織田に一矢報いるべきである」
「・・・話にならぬ」
日根野殿は自身の座る椅子を蹴り上げ、この場より退出された。それに従うように旧斎藤家の家臣団の方々も出て行かれる。
残る方々も決してこのままではならぬと分かっておられるはずなのだがな。
「親崇殿」
「はっ、なんでございましょうか
「織田の兵と実際に手合わせしたのは、この中で親崇殿だけである。実際織田の兵はどうだったのですか?」
「差は歴然にございました。あまり大きな声で言えることではありませぬが、我らは言うてみれば寄せ集めにございます。ですが織田は戦を専門とした兵達。金のある織田の兵は武器の質も高く、正直勝ち目は無いように思えました。日根野殿や他の斎藤家の方々も織田の兵と手合わせしております。正直に申し上げれば、あの方々が降伏を進言されるのも理解は出来ます」
信長様からの命は情報を外部に流すこととと降伏の流れを作ること。
あの大規模な蜂起を皮切りに数年続いたこの戦いを信長様は終わらせようとされている。一大拠点となっている長島城の制圧は信長様の悲願でもあるのだ。
「先ほどの軍議で静かにされておりましたが、頼廉様はどうお考えなのですか?」
すでにいるのは私と頼廉様のみ。
他の方々は門徒達を鼓舞するため、城の外へと向かわれた。
「正直に言えばこれ以上みなが死ぬのは耐えられぬ。極楽浄土に行けるから死んでも良いというのは、一種の洗脳のようである。顕如様は少々欲張られた」
まさか頼廉様がこのようなことを思われていたとは・・・。誰にも聞かせられぬ。
「私は私の命と引き換えに降伏を申し出るつもりでいます。そしてこの城に籠もる全ての民を赦していただこうと思っております」
「信長がそれを赦しましょうか?」
「それをやるのが頼旦殿亡き後、この地に派遣された私の役目です」
それだけ言われると、手を合せられそのまま部屋を出て行かれた。一応この一揆の指導者とされている証意様は病に冒され、寝込むことが増えておられる。
故に頼廉様が覚悟を決められたのであろう。
早速このこと、信長様に伝えねばならぬな。
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