217話 会合衆の抵抗、北畠の強行

 大島砦 一色政孝


 1568年夏


「戻ったか」

「はっ、大湊でのこと。報告が遅れましたこと、真に申し訳ありませぬ」


 落人が俺の元へ現れたのは、兵助が大湊の現状を知らせに来た翌日であった。しかしすぐに呼び戻さないと判断したのは俺だ。

 落人を責める気は微塵もない。


「気にするな。その分、情報を集めてきたのであろう?」

「はっ。こちらが栄衆総出で集めた情報にございます」


 落人はいくつかの巻物を俺へと手渡す。どれを開いても、びっしりと文字が書かれていて、やはり待った甲斐があったと思った。

 早速中身に目を通すが、いきなり驚くべき事態が書かれていた。


「・・・会合衆は抵抗したのだな?」

「はい。大湊を襲撃した北畠具房は、すぐさまその地にいた会合衆を全員捕らえるよう指示を出したのです。そして北畠の暴挙に従わぬと言った会合衆の者ら数名の首をその場で刎ねたようにございます。その首は港の誰もが目にする場所へと晒され、領民らを恐怖で従わせました」

「殺されずに済んだ会合衆らは如何している?」

「数人はその身内共々牢へと入れられ、残りは大湊の民を従わせるために配下のように扱っております」


 思いっきり越えてはならぬ一線を北畠は越えたこととなる。自治を認められた土地をこのようなやり方で占拠すれば、多方面から信用を失うこととなりかねぬ。

 そんなこと、奴らだって分かっていたことであろう。にも関わらず・・・。


「商人の出入りがほとんど無くなった港には、代わりに戦用の船が多く入っております。そのほとんどが志摩国の領主らであると」

「水軍を動員するということだな?」

「はい。奴らは海での戦に慣れております。万が一、伊勢湾を守る織田方の水軍が敗走すれば長島城の包囲は解かれることとなり、此度の大規模な攻城作戦も失敗となるかと」


 落人はすぐさま、「出過ぎたことを申しました」と頭を下げたが、俺もまったく同感だ。

 此度の戦の要は水軍の活躍といっても過言ではない。

 だから信長は早急に水軍を整備したのだ。だが落人の言うように、完成したばかりの織田や今川水軍では少々相手が悪いのも確か。

 今志摩の者らとやり合えるのは、間違いなく一色の水軍だけなのだ。


「ちょうど良い。これまで散々嫌がらせを受けた仕返しが出来るではないか」

「攻撃理由は何にいたしましょうか?」

「本当であれば、自治を認められた地域を不当に占拠したことを理由に攻撃したいが、それだと氏真様に迷惑がかかる」

「ならば?」

「・・・大井川港で建造中の安宅船を可能な限り動員させよ。奴らに先に手を出させて、抱え大筒で粉々にする」


 鉄甲船ほどではないが、一色製の安宅船もある程度の強度を持たせている。火縄銃程度では沈まぬし、矢倉も矢程度では敵わぬよう造っている。

 本来ならばこのように最前線に出す予定では無かったのだが、反撃の口実を得るためだ。仕方が無い。


「親元に水軍衆の半数を大井川港へ、残りは継続して伊勢湾の巡回をするよう伝えよ」

「かしこまりました」


 道房が出ていき、残るは落人と昌秋だけであった。


「昌秋」

「はっ!」

「信興殿にこれからの一色の動きを事細かに伝えよ。これらの作戦によって、大島砦に入れる一色の兵がやや減ることとなることもな」

「かしこまりました」


 信興殿は加路戸砦の跡地に陣を立て、織田本陣と連携をしながら長島城攻めの機が熟するのを待っていた。そこに遣いを出す。

 ちなみに鯏浦城には継続して信成殿が入っていた。


「北畠の対織田の動きは分かった。それで松永や紀伊の畠山との関係はどうなっている?」

「現状はなにも。元々互いに警戒をしていたのか、兵が国境を守ってはおりますがそれ以上は何も起きてはおりませぬ」

「ならば伊勢内に噂を流すのだ。三好家中に不穏な動きがある、と」

「具体的には?」

「そうだな・・・」


 考える。三好家中のことはあまりよく分からないが、一番現実味があり、尚且つ北畠が動揺しかねぬ内容だ。

 何があるだろう・・・。


「そうだな。三好長逸と三好みよし政康まさやすの対立が一番現実的か」


2人は三好三人衆と呼ばれる者の内に含まれている。そして政康はかつて三好長慶と敵対しており、長慶に当初から従っていた長逸と意見が対立するというのは現実味がありそうだと思った。


「殿、もっとよい者がおります」

「と言うと?」

「新たな当主となった三好長治にございますが、幼少であるため補佐をしておる男がおります。その者の名は篠原しのはら長房ながふさ。三好長慶の弟である三好実休の重臣にございました」


 俺はここに来て、ようやく此度の三好家の一連の裏に隠れる人物に行き着いた気がした。

 この男、あまり名を知られてはいないがとにかく頭が切れる。

 それは能吏としてもそうだが、将としてもまた同様であった。故に三好家中でも重要な地の1つである阿波を任されていた実休の信を得ることが出来たのだ。


「わかった。そこまであおり立てる必要は無い。三好家側についたことが心配になる程度に北畠を荒らせ」

「かしこまりました」


 三好三人衆の分裂でも面白いかと思ったが、こちらの方が効果は大きいやもしれん。

 それに本当に分裂したら、次期将軍争いも一気に義秋に傾くやもしれんしな。


「ではそろそろ伊勢へと戻ります」

「あぁ、頼むぞ。北畠の動きが鈍化すれば、長島城を落とすまでの手間が増えずに済む。それに被害もな」

「必ずややり遂げて見せましょう」


 そういうと落人は姿を消していた。

 さて、噂を聞いた北畠がどう動くのか。それ次第だな。




 今川館 今川氏真


 1568年夏


 麻呂の目の前には、まだ若い男が座っておった。

 その者の名は、


「こうしてお話しするのは初めてにございますね。兄武田義信の名代として参りました。諏訪勝頼と申します」


 先日、武田から正式な使者が寄越された。

 近く、城へと伺いたいと。どうしても話さなくてはならぬことがある、とな。

 いったい誰が来るのかと思っておったが、まさか諏訪の者が来るとは予想外であった。それも前武田家当主信玄の実子である。


「麻呂が氏真である。して、此度は何用で駿河の地まで参られたのだ」

「はっ!前の戦以降、我が武田家に対して塩留をされている件にございます。あの戦の原因を作った我らが、このような願いを申し出ることはあり得ぬと思われるでしょうが、最早甲斐の民は限界を迎えております。北条家との関係も断たれた今、頼ることが出来るのは今川様だけなのです」

「勝頼殿」

「なんでございましょうか?」


 麻呂が声をかけると、慌てた様子で顔を上げた。

 その様を背後に控える武田の家臣らが心配そうに見ておる。


「そこまで甲斐の状況は悲惨なのだろうか?」

「はい。・・・非常に言いにくいことに御座いますが、田畑が荒れ、昨年の米もあまりとれておりませぬ。もちろんそれも含めて戦であることは百も承知しております。ですが民に非はないと」


 勝頼の声はだんだんと小さくなっていく。己が言っていることがどれだけおかしなことなのか、改めて理解し始めたようである。

 しかし甲斐の困窮の一因は麻呂にもあった。あの戦で、武田の気をひくためとはいえ、甲斐の田畑を荒らし回ったのは麻呂の命なのだ。


「すぐに返事は出来ぬ。これは武田家との今後を考える良い機会であるのだ。また改めて使者を出そう。此度は戻られよ」


 そう言うと明らかに落胆の表情を見せた。


「だが麻呂は前向きに考えている。それだけは伝えておこう。それと甲斐の民のことも心配である。なるべく急いで判断を下す」

「・・・どうか!どうかよろしくお願いいたします!」


 勝頼とその家臣らは深く麻呂に頭を下げて、後に駿河より甲斐へと戻っていった。


「殿、よろしかったのでございますか?」

「構わぬ。麻呂が憎んだのは武田の行いであって、甲斐の民ではない。しかし麻呂の行いは結果として民を困窮させた。元より富んだ土地ではないことも知った上でな。せめてもの罪滅ぼしである。だがそれと武田と友好関係を再度築くかは別問題。少なくとも信玄が武田にいる内は叶わぬことであると心得るのだ」

「・・・かしこまりました」


 さて、では早々に意見を纏めるとしようか。

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