216話 自治剥奪
大島砦 一色政孝
1568年夏
あれから数日が経った。俺が今いるのは、かつて一向宗の砦の1つであった大島砦である。
この砦から長島城は北に見える。
何故鯏浦城から移動したのかといえば、信長が市江砦より兵を進め、眼前の島にある五明砦を落としたからだ。
最早鯏浦城を狙われる心配はないということで、長島城包囲の要所の1つとなった大島砦へと移ったわけである。
「だがもう1つ大きな意味がある」
「伊勢の監視にございますね」
「あぁ、ついに北畠は足利義栄様を支持することを公言した。つまり本格的に三好家の援助を受け始める可能性がある」
しかし北畠具房、いや実権を握っているのは具教か。いささか判断が遅いのではないだろうか?
信長が越前より義秋を迎え入れたのは、大分前より明言していたことであった。
織田の伊勢侵攻はそれ以前より兆候があったのだから、さっさとどちらかの陣営につくべきだったのだ。
その結果が、長野家を中心とした北伊勢の国人衆の織田家臣従なのだから、やはり遅かったとしか言いようが無い。
「信長殿の元に大和の松永より頻繁に人が寄越されていると聞いている。北畠が義栄様についたことで、あの地の状況はかなり悪くなったからな」
「東西より挟撃されている状況にある大和や河内の者たちは、相当に追い詰められていると聞いております。もし信長様が畿内の義秋様を支持する領主らと手を組むのであれば、この戦はやはり早々にケリをつけねばなりません」
「そうだな。その意思表示かのように長島城の包囲網は着々と出来上がっている。本来ならば、次回の出陣で城を落とす予定であったにも関わらず、予定よりも相当状況は進んでいるのだ」
「織田家の畿内進出は思った以上に順調そうにございます」
道房の言葉に俺は首を横に振った。
確かに今の状況を見れば、そう思いたくもなるだろう。
近江の大部分を抑えている浅井長政は信長の同盟相手だ。さらに長年同盟を組んでいた朝倉家とは縁を切っている。
史実と違い、朝倉関連で裏切られることはまず無いだろう。
そして京を三好家に抑えられているものの、大和・河内・紀伊の大部分は義秋様を支持する領主で固められている。現状はどうにか三好家の攻勢を凌いでいるのだ。
ここに義秋擁する信長が参戦すれば、おそらく優勢にことを運ぶことが出来るだろう。
だが問題はここからだ。
史実では将軍暗殺後、三好政権内部で内紛が続いた。だが今回は特にこれといった混乱が起きていない。
三好義継が久秀と大和に逃れてからしばらくは、長慶の大叔父であった三好長逸が当主代理として先頭に立っていた。
しかし今は長慶の弟であった三好実休の子である
その裏には三好三人衆の他に、別の存在があると言われているがそこのところはまだよく分かっていない。
つまり俺が言いたいのは、三好家の衰えは未だなく、信長が付け入る隙が史実に比べてほとんど無いということだ。
「実際のところ、織田の上洛戦に今川家がどの程度関わるかはわからぬ。畿内のことならば、先ほども名が出た松永や浅井の方が戦力になるだろう」
「確かに・・・。我ら一度も京の都を見たことがございませんでした」
「そうだろう?勝手を知る者がいるのに、俺達に援軍を求めるだろうか?互いの状況はよく分かっているだろうしな」
今川も直に敵が増えることとなる。北条や上杉はその最たる者らだ。
今回のように織田の援軍に兵を出す機会は徐々に減ることになるだろうな。
「殿、兵助殿が参られました」
「兵助が、か?1人か?」
「いえ。少数の船に最低限の護衛だけ連れて、にございます」
「わかった。通せ」
「はっ」
昌秋が陣より出て行った。
しかし兵助がやってくるということは、商船の護衛を任せていた寅政に何かがあったということだろうか?
しかし寅政から俺に報告を入れるのは稀なことである。基本的に問題ごとなど起きぬほど、完璧に仕事をこなす男なのだが・・・。
「突然の訪問非礼をお詫びいたします」
「気にするな。寅政が俺に直接ということは、よっぽどのことが起きたのであろう?何があったのだ?」
「はっ!先日飛鳥屋の商船護衛の為に大湊へと向かったのですが、大湊の各地には笹竜胆の旗が立てられておりました。そして今川家と縁のある船の入港は一切認めぬと、追い返されてしまったのです」
「笹竜胆だと?つまりは北畠によって自治を認められていた大湊が、その北畠によって制圧されたというのだな」
「おそらくは・・・」
俺の心配していたことが早速1つ的中してしまった。
大湊は間接的に一色家の貴重な財源の1つとなっている地なのだ。そこを現状敵対寸前の北畠に押さえられたというのはあまりに痛い。
そしてその実害は早速出ている。
今川家に縁のある船。名指しをしていないだけで、つまるところは一色保護下の商人はお断りということ。
確かに個人的繋がりを持ってはいたが、大湊はあくまで自治領である。俺の配下にした覚えも無ければ、そのように申し込まれた覚えも無い。
だが大湊の会合衆の行動が、北畠からすればそう見えたのだろうな。
「詳細が知りたい。未だ大湊に入れた栄衆が戻らぬということは、詳しく調べているのであろう」
「呼び戻しますか?」
道房の問いかけに俺は首を振る。
対処事態は簡単なことだ。組合の船を大湊に入れなければ良い。だからそれだけは庄兵衛を通じて、全商家に伝えさせる。
栄衆には全容をしっかりと探ってもらうべきだ。
「兵助。急ぎ寅政の元へと戻り、暮石屋の屋敷に人をやるよう伝えてくれ」
「かしこまりました!」
「事態が収束するまでは如何なる理由があろうとも、大湊へ船を出すことは許可せぬ。自己責任で、というのも許さない。今はあまりに危険であると釘を刺せ」
「はっ!ではこれで」
兵助はやって来たであろう船で伊勢湾方面へと船を進めていった。
しかし思った以上に動きが速かったな。
それに大湊の会合衆がこうも早く北畠に付き従ったというのも、多少は驚きであった。
だがやはり状況がよくわからんな。
早く栄衆が戻ってこないものか・・・。
信貴山城 松永久秀
1568年夏
「この書状をもって織田信長に会っていただきたい」
「よろしいのでしょうか?私は未だこの地に来て日が浅い新参者にございますが・・・」
「だがこの中では唯一信長と面識があるであろう?具教めが平島公方家を認めた今、儂らが出来ることは織田の援軍を待つほかないのだ」
儂の持つ書状を受け取るは、つい先日儂に仕官を申し込んできたかつての幕臣、細川藤孝という男であった。
先代の公方様から怒りをかい、蟄居中に京を離れた。その後は今川家に客将として迎えられていたようである。
何故この地に来たのかといえば、先代公方様が暗殺されたあの日。あの騒動を逃れた幕臣の1人が儂に仕官を求めてきたことが元々の要因であった。
その者の名を
そのことを聞きつけた藤孝は、駿河より遠いこの地に足を運んだというわけである。
「・・・かしこまりました。恩人である久秀様がお困りとあらば、そのお話断ることなど出来ませぬ」
「それでよい。それと言っておかねばならぬ事がある」
「なんでございましょう」
「以降儂の元へ戻ってくることは許さぬ」
その言葉を聞いた藤孝は、身体を勢いよく起こすと儂の方へ一歩踏み出した。
その顔には困惑で溢れておる。
「何故にございますか!?私もこの地で共に戦いたく」
「ならぬ。ようやく出会うことの出来た妻子が悲しむであろう。それほどまでにこの地は危険なのだ。康之にも暇を与えた。共に信長の元へと行き、あとは織田でも今川でも好きなところに行くが良い。この地に縛られることは無い。わかったらさっさと支度を進めよ」
信じられぬといった表情で儂を見ておった。だがこれ以上儂から言わねばならぬ事は無い。
「・・・短い間でしたが、大変お世話になりました。このご恩、一生忘れることはございません」
書状を握る手に力が籠もっておった。多少しわになろうとも、気にすることもあるまい。
「ではな。また縁があれば会うこともあるであろう」
藤孝は己の家族と、かつて共に幕府を支えた康之を従えて城と出た。これで信長からの援軍も多少望めるであろう。
長く続いた圧倒的劣勢なこの戦もようやく終わりが見えるのやもしれんな。
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