長島城攻略戦

209話 座して待つだけにあらず

 鯏浦城 一色政孝


 1568年春


 俺達一色の兵は、信長の弟である織田信興という人物が築城したという鯏浦城に入っていた。

 城というが、ほとんど砦みたいなものだ。


「鯏浦城城主織田信興と申します」

「一色政孝と申します。しばらくの間になりますが、よろしくお願いいたします」


 この城に入っているのは少数である。本陣がある津島には信長率いる本隊がいるのだが、今回の目的は長島城を落とすことではない。

 北伊勢に残る一部の領主らを降伏させることを目的としていた。

 他の国と違い北伊勢には巨大な勢力が存在せず、小さな領主らが独り立ちしている状態なのだ。しかし織田家の北伊勢への侵攻は一向宗や北畠の介入を強めた。

 北伊勢の大部分を治めた信長ではあるが、一向宗の支援の元生き残っている領主もいる。

 北畠の後ろ盾を得て、降伏を拒否している領主らもいる。今回の出兵はそれらを抑える。

 ちなみに義秋は岐阜城に残ったらしい。京に向かわないのであれば興味が無いといったところだろうか。いたずらに士気を下げられるよりは随分とマシだから、ずっと岐阜城に残っていてもらいたいものである。


「それにしてもこうも早く政孝殿にお会いすることが出来るとは」

「・・・それはどういう意味でしょうか?」

「兄上がよく政孝殿のことを話すのです。岡崎城で会った時に強引にでもこちらに引き込んでおけばよかったと」


 市姫の時も思ったことだが、信長は思った以上に俺を買ってくれていたらしい。幼少期の俺のまま成長していれば、間違いなく信長に従っていただろうが、流石に今は微塵もその気は起きなかった。


「またいずれ機会があれば、高く評価をしてくださっていることをお礼申さねばなりませんね」

「また無理難題を申されるかも知れませんよ?」


 その光景がはっきり鮮明に目に浮かんだ。しかし俺は今川の家臣。

 あまり無茶を言われれば、それを盾に断るしかない。その日が意外とすぐに来そうでため息が漏れそうになった。

 出かかったため息を飲み込み直して、俺は周辺の地図へと目を落とす。

 この鯏浦城に入っているのは、信興殿と尾張浅井家当主である浅井あさい政貞まささだ殿、信興殿の従兄弟であるという津田つだ信成のぶなり殿が少数の兵を率いて入っていた。

 俺も含めて兵の数が少ないのは、先ほども言ったとおり今回の主戦場が長島城の西であるからだ。

 鯏浦城は長島城の東側。俺達がすべきことは、正面の川を用いて長島城や周辺の城へ出入りする者を妨害すること。

 だから長距離攻撃が可能な抱え大筒を持ってきている。


「この城は水軍との連携をとりやすくするため、湊としての機能も持ち合わせています。連合の水軍はこの城へと入り、休息する手はずになっていますのでその時だけは騒がしくなりましょう」

「かしこまりました。それと先行して伊勢湾の封鎖に向かった水軍衆の者より報せがありました」


 俺は鯏浦城へ入る直前に親元より寄越された者からとある情報を得ていた。

 なんと大湊の会合衆が独自に傭兵を雇い、伊勢国の沿岸を航行する不審な船を沈めているのだという。

 3年前の一件以降、大湊の会合衆とは友好的な関係を再度築けていると庄兵衛より報告を受けていたが、まさかここまでこちらに配慮するようになるとは思わなかった。

 何より大きいのは、"自発的に"不審な船を攻撃しているという点である。しかし北畠から恨みを買わないかは非常に心配すべき点でもあった。万が一にも大湊の自治を認めないと、占領されてしまってはせっかくの儲け場所が1つ減ってしまうからな。

 大湊の動きを報せると、この場にいる方々が大いに驚かれていた。信長も手を焼いたからな。あの時に商人らを使って脅したからこちらに従ったが、それまでは一向宗に肩入れしていたのだから当然の反応であった。


「またも長島城は完全に孤立することとなりましょう。しかしあの和睦から3年ほどで再び一揆を画策するなど・・・」

「今回の長島攻めの理由が、尾張領内で本願寺の僧侶が布教活動を行ったからだというのだから馬鹿な話です」

「まことにその通り。何故あえて尾張で行う必要があったのか、疑問しか残りません」


 伊勢でやればこのようなことにならずに済んだのに。それに前回の一揆で長島城が包囲されることは目に見えていたはず。

 にも関わらず今回も同じ事をしている。包囲の穴は前回よりも無くなっているのだ。もはや降伏までそう長くはないと思う。


「そういえば今回の一向宗側には、元美濃斎藤家の家臣らが数名入っているとの噂もあります。どうやら西美濃を制した守就殿に不満を持った者らのようです」

「美濃、ですか」

「どうかお気をつけを。今長島城に籠もっているのは、戦の経験の無い民達だけでは無く、美濃の長きに渡る混乱を生き抜いた者もいるということ。戦いが素人だとなめてかかると足下を掬われかねません。それに未だこの地域には兄上に従わぬ者も残っております」


 信興殿は悔しげに唇を噛んだ。

 この時代の尾張の情勢に詳しくない俺は、その感情の意味が分からずにいた。しかし事実はすぐに話される。


「この地には服部党を率いる服部友貞という男がおります。兄上よりその者の討伐を何度も命じられているのですが、どうしても肝心なところで取り逃がしてしまうのです」

「つまり?」

「この鯏浦城や数年前に兄上の指示のもと築城された古木江城は、長島城監視の他に服部党に楔をうつ目的があったのです。私が取り逃していなければ、兄上の手を煩わせることも無かったのですが・・・」


 なるほど、敵と接敵しにくいと思われていたこの鯏浦城も用心していないと寝首をかかれかねないということか。

 服部党。十分に警戒しておくとしよう。


「信興様、伝令にございます」


 外から傷だらけの兵が飛び込んできた。慌てようからして、どこかしらの戦線より遣わされたのだとわかる。


「如何した」

「古木江城に一向宗が攻撃を仕掛けて参りました。敵大将は下間しもつま頼旦らいたんであると思われます!」

「古木江城にだと!?何故・・・」

「敵兵らが探していたのは、信興様にございました。おそらく古木江城に入っておられるのだと思い攻め寄せてきたのだと」


 信興殿の慌てようは尋常で無かった。たしかに籠城一択と思われていた一向宗が突如として攻め寄せてくれば、当然慌てるとは思うが・・・。


「一益は無事なのだろうな!?」

「先ほど信長様が援軍の兵を向けてくださいました。古木江城は火縄銃を導入した籠城戦を展開出来ているため、おそらく間に合うかと」

「そ、そうか・・・」


 伝令の報告に信興殿以外の方々もザワつかれたが、最後の言葉に安堵の息が漏れていた。

 しかし古木江城に入っていたのは滝川一益であったか。

 織田家臣の中でも有名どころの1人。


「それで重要なのは、何故長島城が包囲されている今、敵が古木江城を狙ったのかですが」

「私を探していると言っていた。おそらく一向宗と北畠は繋がっているのでしょう。北畠の北進を押しとどめているのは、長野家へと養子入りした私の兄なのです。そしてその兄上の元へ援軍を送り込んでいるのは私。援軍が止めば、北畠による北進が可能になると考えたのやもしれません」

「つまり信興殿を殺すことで伊勢で有利になるようにしようとした、と」

「おそらくは」


 なるほどな。やはり、というか相当手を回しているようだ。

 これは出てくるのが北畠だけですまないような気がしてきた。あまり長引かせるのは危険か。

 今回俺にできることは僅かしかないが、信長もこの事態に気がついているはず。

 さっさとこの戦を終わらせなければ史実同様長島攻めは泥沼化することになるだろうな。

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