210話 城攻めの命令

 鯏浦城 一色政孝


 1568年春


 この城に入ってから数日、定期的に船を沈めていた。

 本当にそれだけだ。俺達の眼前にある島の五明砦や、別の島にある加路戸砦などから長島城のある島へと移ろうとしている者らの船をひたすらに沈める毎日が続いている。

 船に乗っているのは僧侶も多少いるが、その大半は門徒である農民達である。もちろんだが女子供も含まれる。悲鳴と共に川へと身を投げだし、そしてそのまま浮かんでこぬ者らもたくさん見てきた。

 気が滅入りそうな、そんな毎日。


「殿、直に火薬が足らなくなりそうにございます」

「そうか、また送らせねばならぬか」


 佐助からの報告を受けた俺は兵を数人呼んだ。敵地の真ん中であることを聞いてからは、伝令を送る際には数人用意している。

 万が一にも囚われれば、情報の伝達が出来なくなってしまうからだ。


「この文を頼む。一色港にいるであろう彦五郎に渡せば、すぐに手はずを整えるはずだ」

「「「はっ!」」」


 伝令のルートは陸海どちらも使用する。まぁ保険は必要だ。


「それにしても加路戸砦には相当籠もっているようだ。あれだけ船を沈めても、どんどん追加で船を出している」

「伊勢湾の封鎖が効いているのでしょう。特に孤立している砦には物が足りず、その要請に船を出しても沈められては・・・」


 信興殿はそう言いながら、また船を出しては沈められていく加路戸砦の惨状を眺められていた。

 何故和睦の条件を反故にしてまで一揆の兆候を見せたのか俺には本当に理解が出来ない。

 はたして石山本願寺にいる顕如はどう思っているのやら。


「古木江城より伝令にございます」


 飛び込んできた兵は1つの文を持っている。

 それを信興殿が受け取り、中身を確認された。


「・・・兄上からのご命令です。長島城以南の砦を攻略、または破壊するようにと」

「となると加路戸砦と大島砦ですね」

「はい。あの砦を壊し、敵の数と士気を落とすようにとのことにございます」


 たしかに他の島にある砦と比べて、あの両砦は他の島と連携が上手くとれていない。寡兵である俺達でも、うまくやれば両方の砦を落とすことは可能であろう。

 しかし何度もいうように、この鯏浦城は敵地の真ん中なのだ。迂闊に城を離れれば、服部党の攻撃を受けかねない。

 そこで俺は閃いた。


「佐助、景里を呼んでくれ」

「かしこまりました」


 出て行く佐助を見送りながら、信興殿は俺の顔を覗き込まれる。


「何か妙案でも?」

「はい。今回の長島攻めでは使うこともないであろうと思っていた、抱え大筒の使い方を思いつきました。元々雑賀衆はこの用途で作った代物ですので」

「・・・なるほど。抱え大筒で砦を」

「小さな船を遠距離ではなかなか捉えることは出来ませんが、狙う的が砦のように大きなものであるならば不安定な海上でも運用することは出来ましょう」


 俺の言葉が言い終わるのと同時に佐助らが戻ってくる。景里も何かを察していたのか、数人の抱え大筒隊の兵を連れていた。


「お話が外まで聞こえていましたので、だいたいの策はわかりました。しかし安宅船が完成していない状態では、この者らを連れて海に出るのはあまりにも危険ではありませんか?」

「距離は十分に取れるだろう。それでも駄目か?」


 景里は考えていた。総合的な時間で言えば、最も抱え大筒を理解しているのは景里である。俺の考えよりも景里の意見を尊重した方が良いに決まっていた。


「問題は距離では無く、湿気に耐えることが出来るかにございます。元々あった安宅船の設計図を、船大工や商人らの意見も取り込みながら建造しているあれらであれば、湿気でやられることはおそらくないであろうものとなっておりますが、現在運用している関船では到底耐えられぬかと」

「・・・そうか。では難しいのか?」

「かつて染屋が用いていた火矢での攻撃ではいけませぬか?」

「だが弓の射程に入るのであれば、こちらにも被害が出る。それならば俺達が上陸して、砦を制圧した方が早いのではないか?」


 思った以上に抱え大筒の問題は深刻だった。

 やってみなければわからないと、試しに使ってみるのも1つではあるが、万が一にも貴重な高火力武器を駄目にしてしまう可能性もあると思うと、なかなか一歩踏み出せない。


「では蜂須賀正勝殿が率いる船団の安宅船を用いては如何でしょう?あの船も兄上のこだわりの元、火縄銃が海上でも使用出来るよう改造されております。抱え大筒とどの程度違うのかはわかりませんが、一度その目で確認していただければ」

「なるほど・・・。景里」

「かしこまりました。次に水軍衆の方々が戻り次第、船を確認させていただきましょう」

「では私から正勝殿には伝えておきます」


 景里と佐助は、もし安宅船で抱え大筒を運用することとなった場合に向けて兵を選抜しに向かった。

 残った俺と信興殿は静かになった川を眺める。

 薄暗くなった頃には船がよく出ていたのだが、流石に真っ暗になると危険すぎるということなのか、奴らも行動を控え出すのだ。

 むしろ島から島へ渡るのであれば今しかないのだがな。


「そう言えば今川様とはどのような御方なのですか?」

「どうしていきなり?」

「私は元服して以降、今古木江城にいるであろう一益と共に尾張の西側をずっと任されていたので、今川家とのことはほとんど何も知らぬのです」

「なるほど・・・。氏真様は心優しき御方です。先代義元公が亡くなられてしばらくは、家中も動揺していたために氏真様もそれに習うように本来のお姿を隠してしまわれていました。ですがどうにか立て直すことに成功した今では、幼き頃に見たかつての氏真様に戻りつつある」


 それが大名として正解なのかは分からないが、大名全てが信長のような人物であるわけなどない。まぁ俺の中では今でも大名といえば信長のような苛烈さを想像してしまうが、氏真様はあのままで良いと思っている。

 そんなことを恥ずかしげも無く語る俺を、信興殿はただジッと見ていた。


「如何されました?」

「いえ。ただどうりで兄上が誘ってもなびかないわけだと思っていただけです」

「はぁ」


 俺は半分思い出話を語っていただけだ。


「ただ私もいずれ今川様にご挨拶したいものです。市が世話になっているわけですから」


 なんでか分からないが、信興殿と氏真様はなんとなく絵になりそうな気がした。年は少々離れているようだが、お互いに好青年さが凄く出ている気がする。

 あとは性格的にも合いそうだ。


「しかしそのためには、兄上より任されている伊勢方面をどうにかせねばなりません。あの地に手こずっていては、いつまでも伊勢に居続けなくてはならなくなってしまう」

「何かあればお手伝いさせていただきます。私達が参戦出来ずとも、一色家にはたくさん伝手がありますので」


 栄衆や商人達、そして雑賀衆もそこに含めても良いかもしれない。

 織田の繁栄は今川にとっても望むところ。どんどん勢力を伸ばしてもらいたい。同盟を組む前は、織田の急速な勢力の拡大はいずれ今川家にとって脅威になると思っていたが、今ではそうは思わない。

 むしろ義秋が信長の足枷になっているようで、頭が痛くなっている事態である。


「では有事の際には遠慮無く頼らせていただきましょう」

「お任せを。ただし今川家が窮地の際には」

「はい。私も微力ながらお手伝いさせていただきます」


 少し夜風が冷たくなってきた。海の見えない部屋へと移ろうとしたところで、伊勢湾方面より無数の灯が見え始めた。

 あれは連合の水軍である。


「戻って来ましたか。では城に入り次第、さっそく正勝殿に話を通すとしましょう」

「はい。よろしくお願いします」


 ずっと城から船を沈めるだけだった。しかしこれより少数の兵のみではあるが、城攻めを開始する。

 此度も手柄を挙げようか。

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