206話 厄介者払い

 岐阜城 織田信長


 1568年正月


「新たな年を迎えたが、目出度いことばかりではないのが残念である」

「しかしこれで京を攻める理由が出来ました。朝倉は厄介払い出来たと安心しておりましょう」


 秀貞が昨年末、とある話を俺に持ち込んできた。

 何でも越前の様子を探っている最中に、朝倉家臣であった明智光秀という男が接触してきたのだという。

 内容としては、朝倉家で保護している足利義秋は京へ入ることを望んでいるが、若狭を三好に抑えられた今、朝倉ではその任を遂行出来ぬ。といったことである。

 俺が三好を攻撃する計画があることを話した故のことであろうが、詰まるところは保護したものの何も持たぬ義秋は邪魔でしかないから受け取れ、とそういうことだ。


「浅井との縁も切れたんだ。朝倉に上洛は荷が重いだろう」

「その通りよ、又左。加賀に一向宗、若狭に三好、そして近江には縁の切れた浅井。朝倉は包囲されたも同然である。義秋など抱え込んでいては、落ち着いていられぬわ」

「しかしそうなると、義秋様を我らが京まで送り届けねばなりません。上洛まではまだしばらくかかるのではありませぬか?」


 五郎左の言うとおり、俺はまだ京に兵を向ける気は無い。

 まずは長島、次に伊勢。そして背後をしかとかためた後の京である。


「文句を言うようであれば追い出すまでよ。義秋がおらずとも京を攻めることは出来る。そのための献金だ」

「朝廷への献金はすでに行っております。長政殿協力の下、近江を通り無事京へと運び込むことが出来ました」


 そういうのは村井むらい貞勝さだかつであった。朝廷との交渉はすべてこの男に任せている。一部の公家との友好関係も着実に築き、反近衛の派閥を上手く纏めているようだ。


「何か公家から聞いたか?」

「はい。帝は大変心を痛めておられるそうにございます。足利将軍家の争いは常に日ノ本の民を疲弊させる、と」

「近衛のことをどう思っているかなどは?」

「そのことには一切触れられぬと聞いております。やはり近衛前久様のお力は相当に強いご様子」


 やはり朝廷は近衛の一強となりつつある。他の公家ではその暴走を止めることが出来ぬか。


「わかった。引き続き頼むぞ」

「かしこまりました」


 俺は改めてみなの顔を見る。

 サルなどは気になっている様子で落ち着きがなくなっておるわ。


「市の輿入れであるが、日がようやく決まった。今年の4月だ」

「4月・・・。となるともう直にございます。支度をせねばなりませんな」


 秀貞の言葉にみなが頷いた。

 だが並では足りぬ。


「輿入れの行列は盛大に行う。サル」

「はっ!なんでございましょう」

「武田・北条・今川の三国同盟の折、武田の梅姫の輿入れに武田がどれほどの供をつけたか知っておるか?」

「・・・たしか一万にも上ると聞いたことがありまする」

「その通りだ。道には民らが集まり、大層豪華であったと聞いている」


 俺の言いたいことが分かったとサルは膝をうった。


「それに勝る行列を、とお考えにございますか!」

「察しが良いな。その通りよ、しかしただ豪華なだけではいかぬ」

「と申されますと?」

「織田と今川の同盟は今後周辺国に多大なる影響を与えるであろう。かつての三国同盟のように、互いの利のためにかつての敵と結ぶのだ。それを日ノ本の民に知らしめねばならぬ」

「・・・そうなると供の人数はやはり一万を用意せねばなりません。そして金をばらまきましょう」


 サルはすぐに俺の求める答えを出して見せた。

 顔を曇らせたのは貞勝である。


「殿、お待ちくだされ」

「如何した、貞勝」

「畏れながら、今我らは朝廷への献金のために家中の金を相当に減らしております。それに加えて輿入れで金をばらまけば、織田家は資金不足から崩壊いたしますぞ」

「それは困るな・・・」


 どうすべきであるか考えたが、答えは意外にも簡単である。その言葉を発しようとしたが、先に口を開いた者がおった。


「朝廷への献金を一時止められては如何でしょうか?公家は再び金不足に陥り、織田家のありがたみを知ることとなりましょう」

「彦七郎、俺も同じ事を考えた。献金されて当たり前、と思われては献金する意味が無くなる。一度こちらの事情と伝えて取りやめよ」

「よろしいのですか?」

「あぁ、朝廷へ送る金は膨大。集めるのに苦労するとでも言えばよい」


 困惑した様子であったが、貞勝は頷いた。

 これで金の目途は立った。あとは天気のみであるが・・・。


「晴れればよいな。いや、必ずや晴れさせよ。サル」

「・・・無茶を言われます」

「晴れねばその首、胴と離れると心得よ」


 みながうっすらと悪げな笑みをこぼす中、サルだけは真っ青であった。だがこの男の事だ。祈祷でも何でもして必ずや晴れさせるであろう。

 市は幸せになって欲しいものであるな。




 一乗谷城 明智光秀


 1568年冬


「光秀!おぬし、何を申しておるのか分かっておるのか!」


 一乗谷城の一室。私は主君、義景様のお言葉をお伝えしたに過ぎぬ。

 しかし目の前の御方はそんなこと構わぬといった様子で私を罵倒された。


「わかっております。このお話を進めさせていただいたのは私にございますので」

「なにゆえそのような勝手をしたのだ!」

「上様が越前におられても京へ入ることが出来ぬからでございます」

「義景は約束したのだ!必ず予を連れて京へ向かうと」

「ですが若狭が三好の手に落ち、近江が中立の立場をとった今、義景様が出来ることは僅かにございます」

「それが織田へ予を送り出すことだというのか」

「はい」


 足利義秋様。最早朝倉には不要の御方。

 義景様はこの御方の存在を疎ましく思われている。故に美濃に伝手がある私を使って、織田へとなすりつけられたのだ。

 ちょうど幕臣である細川輝経殿が、織田信長に上洛の意思があることも聞いたので、それを利用させて貰った形となる。


「光秀、これだけ聞かせよ」

「なんなりと」

「義景は予が越前を離れた後、どうするつもりである」


 その瞳には確かな怒り、そして疑いの意が込められている。おそらくであるが、勘づいていらっしゃる。

 隠しても無駄であろう。


「義景様は再度三好と和睦される。そして加賀の一向宗と決着をつけられるおつもりにございます」

「朝倉は幕府を支える使命を背負っているのではないのか?」

「それも昔のことにございます。今の朝倉家にそのような力はございません」


 義秋様はまだ何か言いたげであったが、口を噤まれた。

 これ以上は何を言っても無駄だと理解されたのであろう。


「上様を美濃へ安全にお連れするため、この光秀、万全の支度をさせていただきます。旧友の助けもあり、近江も安全に抜けることが出来ます」

「そして信長であるか」

「はい。信長殿も上様をお連れして京へ入る準備があると仰られたのでございましょう?」

「うむ」

「ならばその言葉を信じるほかありません」


 義秋様はどこか納得のいかぬ様子であったが、最終的には美濃行きに同意された。これで私の朝倉家での務めは終わる。

 この後は義秋様に付いて、京への道を切り開く。それが私に課せられた使命なのだ。

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