204話 京からの報せ

 大井川城 一色政孝


 1567年冬


「誰も鞘を忘れてはおらぬと」

「そうか・・・、これは少々面倒な事になったか?」

「もし殿が考えられているとおりになれば、ことは最悪。下手をすれば北条との戦が起きかねませぬ」

「・・・とにかく真実を確かめねばならない。先日再び要請があった。神高島の実効支配のために、かの島を襲う海賊と思わしき者らを捕らえる。ただし親元らは連れて行けぬが」

「承知いたしました。留守は我らがお守りいたします」


 今回は遊撃隊である家房らを連れて行く予定である。防衛をしたいわけでは無い。

 海賊の正体を確かめねばならぬ。故に攻撃出来る家房らを連れていくのだ。


「頼りにしているぞ。商人らを無事に西の港へと送り届けてやってくれ」

「はっ。・・・ところで話は変わるのですが」


 親元は俺の言葉で何かを思い出したらしく、佇まいを正して俺の顔を見た。

 そのあまりに真剣な様に俺も自然と姿勢を良くする。


「志摩で何やら戦が起きたようにございます」

「志摩でか?どことどこだ?」

「志摩七島党が伊勢の北畠具教に助力を願い出て、九鬼の籠もる波切城と田城城を攻めたとのこと。九鬼家当主であった九鬼くき淨隆きよたかは田城城にて病死かはたまた討ち死にか。情報はハッキリしておりませぬが、死んだことは確かであると。九鬼の後継は淨隆の嫡子である澄隆すみたかになったとのことにございます」

「九鬼か・・・。原因はなんであるか分かるか?」


 親元は俺の問いにすぐさま答えた。その様子を見るに、相当入念に調べを入れていたらしい。


「九鬼家の拡大であると」

「北畠が加担したのは、志摩での影響力の低下を察知したからか」

「おそらく。そして志摩からの襲撃に関してですが、九鬼家は関与しておらぬようです」

「わかった。最後に1つ聞く」

「なんなりと」

「攻められたという九鬼はどうなった?」

「朝熊山へ一族を連れて逃げたようにございますが、その後の消息は掴めておりません」


 史実と大方一致した。本来はこれほど短期決戦ではなく、長年にわたってのことだった。九鬼が城を捨てたのが今年のことではあるが、前当主である淨隆は5年前、戦の最中の病死であると言われていた。

 おそらくその違いは信長による周辺地域の迅速な平定による伊勢への影響と近江の情勢。

 志摩にだけ目を向けるわけにはいかない北畠に対する志摩国衆の配慮があったのではないかと思える。


「九鬼家の人間を見つけた際には今川に来ないかと誘ってみよ。案外乗ってくるやもしれん」

「かしこまりました」

「それと志摩は混乱している。今ならばどさくさに紛れることが出来るかもな」


 俺の言いたいことがわかったのだろう。親元は悪げな笑みをこぼして頭を下げた。

 と言ってもやるのは親元ではなく商人達だ。大湊の次に俺達が手を入れるのは志摩に決める。ちょうど良い機会であると、利用させて貰おう。

 今度はあの地の北畠の影響力を落とす。最大限望むならば志摩国衆と北畠を切り離したいが、此度の九鬼攻めのこともあるから難しい話ではあるだろう。

 だからちょっとちょっかいをかける程度にする。万が一にも商人に手を出してきたように親元らに護衛させる。


「ではこれで」

「あぁ、しっかりと頼むぞ」

「はっ」


 親元が出て行った。それを待っていたのか、廊下から母上が顔を出す。不思議なもので今年40になるはずの母は、数年前からあまり年をとられておらぬように姿が変わらぬ。

 侍女らはそれを羨ましがり、男らは疑問がっている。当然であるが誰もそのことを口にはしないがな。


「如何されたのです?」

「少しあなたに話したいことがあるのです。いつも忙しげにしていますからね」


 母は虎上殿を連れて部屋へと入ってくる。二郎丸が障子を閉めたことで、部屋には3人だけになった。


「それで話とは?」

「これです。昨日、暮石屋から使いの者が来たのです」


 虎上殿が取り出された手紙を受け取った。送り主は高瀬である。


「あの子、ついに初めて京を見たそうなのです」

「庄兵衛のことです。よほど危険を排除して西に進んだのでしょう」

「それは分かっております。ですが・・・」


 てっきり危険だ!とか、それこそ父上の最後の出陣となったあの日のように怒り心頭なのかと思ったが、どうもそのような感じでもない。

 一体母は何を言いたいのだろうか?


「あの子・・・、このようなものまで送ってくれたのです」


 虎上殿は荷を取り出した。何やら上質な織物である。ってこれは!


「西陣織ではありませんか!?」

「そうなのです!あの子、このような物を・・・」

「・・・西陣織。流石に初めて目にしましたが、やはり高級織物と言われるだけありますね」

「えぇ・・・、あぁ美しい」


 嫌な予感がした。西陣織、ちょっと気軽に買い物するにしては高い買い物である。が、鉄砲を衝動買いした俺が言える立場にもない。


「今度飛鳥屋に頼もうかしら」


 母は最早俺の言葉が何も届かぬ有様でった。一体何をしに来たのかと思ったが、文があったことを思いだして、母には何も告げず開く。

 中にはこれまでどこに行ったか、どのような人々にであったか、暮石屋での暮らしはどうかと色々書いてあった。

 京の他にも関東方面に瀬戸内地方、さらに雑賀にも行ったと書いてある。

 その文面からは、今がどれほど充実しているかが読み取れた。送り出した俺としても一安心であったのだが、一番多く書かれているのはとある者の名であった。

 暮石屋くれいしや八代やしろ。庄兵衛の孫娘である。年も近く、4人いる兄弟の中でも一番気が合うらしい。


「とにかく元気そうで良かった」

「こうなると、あの日見送りが出来なかったこと、とても後悔してしまいます」


 小さくため息を吐いた母は、一通りはしゃぐと部屋へと帰って行かれた。最後に虎上殿の嫁ぎ先を考えるよう念押しされた。

 ただ今までと違うのは、"俺の元へ"と言わなくなったことである。

 流石に年の差で断った高瀬姫とは状況が違うことを分かっておいでだ。だから嫁ぎ先を考えるように言われた。さてどこに用意すれば良いだろうか・・・。結局その境遇を考えれば難しい話に変わりは無いのだがな。

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