203話 東に向かう
小谷城 浅井長政
1567年冬
「朝倉の動きがおかしい」
「殿からもそのように聞いておる」
勝家殿が頷き、その隣に座る内藤宗勝も頷かれた。この男、若狭と丹波を今は亡き三好長慶から任されていたのだが、三好のここ近年のいくつかの騒動で領地を追い出されたのだ。
近江になにやら伝手があったらしく、今は私が召し抱えている。
「三好長逸は朝倉を越前から出さぬよう、何度も朝倉に対して攻勢を仕掛けておりました。しかしここ数ヶ月、明らかにその頻度は減っておる」
「消耗しているわけではないのか?」
「それもありましょう。ですが、もし朝倉が義秋様を擁立する気が無くなっておれば」
宗勝の言葉に、またも勝家殿が頷かれた。
実は先日信長様から遣わされた者も似たような事を申しておったのだ。だから援軍を近江へと入れてくださった。
「朝倉はまたも先に和議を結ぶつもりなのか・・・」
「北に一向宗を抱え御家にかつての勢いが無い今、朝倉に三好を相手取る力は残ってないのではないでしょうかな?」
朝倉が単独で和睦を結ぶ可能性は確かにある。しかしそうなった場合、義秋様はどうなるのだ。
その場で討ち、三好への土産とするのか?
はたまた領地より追い出す程度で済ますのか?
「朝倉の動きがもう少し鮮明に知りたいな」
「ではその役目は儂が引き受けましょう」
宗勝は胸をトンと叩く。
俺が頷くと頭を下げて部屋より出て行った。
「あの男、どこまで信じているのだ」
「現状は疑う要素が見つかりません。ですが完全に心を許したわけでもありませんが」
「ならばよい。殿は浅井が崩れることを最も望んでおらぬ」
「わかっておりますとも。私としても信長様が動かれるまでは待つつもりでしたので」
「しかしとうぶん殿は動けぬ」
勝家殿は首を振った。
信長様が近江へは入れぬ理由は簡単な話。長島に籠もる一向宗の存在が邪魔なのだ。
そして織田を敵視している伊勢の北畠の存在も忘れてはならぬ。
あの者らがいる限り、信長様は安心して西進することが出来ぬのだ。
「この城より北にある東野山城を継潤に改修させて、付近にいくつかの砦を建てさせております。信長様より送っていただいた援軍はその砦に入れるよう手配いたしましょう」
「ではワシは清水山城へと向かうとしよう。若狭の動きを見極めねばならぬのでな」
「はい。ではついでと言ってはなんですが、綱親に文を届けて頂きたいのです」
「任せよ。ワシが城を出るまでに用意しておくのだ」
勝家殿はその後何も言わずに部屋より出て行かれた。
ようやく1人である。三好の畿内での快進撃を支えた長慶殿の片腕と、織田の武闘派であり、その実力も認められた御方。
2人を前にして、こうも長く話すことがこうも疲れるとは思わなかった。
このように濃い刻を過ごしていると、友とゆっくり話していたあの頃が随分と懐かしく思えてならない。
重治殿は今どこにおられるのやら。
大和国某所 竹中重治
1567年冬
「申し訳ないが、今殿は新たな仕官を求めておらぬ。此度は諦められよ」
「そうでしたか・・・。お会いすら出来ないのは残念ですが、求められていないのであれば仕方がありません。では失礼します」
この地に来てからずっとこの有様です。
誰も彼もが疑心暗鬼に陥っている。余所者の私を受け入れることを危険と思うのは仕方が無いのかも知れません。
最初は朝倉に仕官しようと越前に向かってみましたが、名門と呼ばれた朝倉も今はその面影すら残しておらず、仕官したいという気すら失わされました。
長政様の近江平定を見届けた後、近江を出て畿内を彷徨ってみましたが、"ココッ"という場所が見つかりません。
これは畿内には私の求める家はないのやもしれませんね。
「一度信貴山城へと向かってみましょうか?果たして余所者の私を受け入れてくれるのか・・・」
信貴山城には松永久秀様が、河内国の高屋城には三好義継様が入っておられるはず。
今ならば人手を求めて受け入れて頂けるかもしれんが、果たしてそこは私の望む場所なのか・・・。
「やはり止めておきましょう。畿内はきな臭すぎますね。・・・今川が息を吹き返している様子。東海に足を向けてみましょうか」
信貴山城へ向かう足を止め、私は東に向けて歩き始める。
次に目指すは駿河、今川家です。
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