202話 武士の一歩

 ※かつてコメント頂いたことですが、ここまでに数回登場した『神津島』。あくまで仮想の島ではありましたが、やはり東京都の管轄で同名の島がすぐ近くにあるのがあまりにも不便になったので、名称変更しています。

 おそらくここまでに出て来たところ全て変更済みであるとは思いますが、もし修正出来ていないところがあった場合はコメントしていただけるとありがたいです。


 新名称『神高島』




 大井川城 一色政孝


 1567年秋


 城に戻ってきた俺は即刻親元に帰城命令を出した。おそらくその頃には伊勢湾で海賊を襲っている頃であるはず。

 すぐに戻ると報せがあり、それから数日が経ったのが今日のことである。


「父上、昨日は虎松が来ておったのです」

「そうか。虎松は元気そうであったか?」

「はい。一緒に遊んで貰いました」


 鶴丸は俺の正面に座って楽しげに話している。その姿を鶴丸の背後より久が嬉しげに見ていた。

 その久であるが随分と腹が大きくなっている。順調にいけば冬頃に生まれるであろうと言われたのだ。通常冬に戦は起きない。

 ということは立ち会うことがいよいよ現実的な話となってきており、俺としても嬉しい限りである。


「ですが時宗は疲れているようでした」

「時宗もいい歳だ。あまり負担をかけてやるなよ」

「・・・わかっております」


 久がおかしげにクスクス笑うと、鶴丸は俺に顔を見られまいとプイッと顔を逸らす。

 逸らした先で久が笑っていたものだから、いよいよ困り果てた顔をしていた。


「時宗は嬉しいのでございましょう。氷上の孫はみな大きくなっておりますから」

「そうだな。小十郎・・・、いや時忠も今や昌友や道房の元を行ったり来たりで大忙しである。時宗の相手をしている暇もないのだな」

「その点、鶴丸や虎松はいつでも会えますし、なにより時宗のことをたいそう慕っております。それが嬉しいのやもしれません」


 久の言葉が助け船と思ったのかもしれん。鶴丸は自信満々といった表情で俺を見ていた。

 正直いつまでもこんな可愛らしい笑顔を振りまく子であって欲しいと思うが、そうも言っていられない。

 俺が当主をやっている内に日ノ本が平和な世になるのであれば良いが、そうなるのは正直望み薄である。

 鶴丸にも戦の中に身を置く日がくるやも知れん。


「鶴丸」

「なんでございましょうか?」

「そろそろ勉学に励む時期が来たのやもしれん。虎松のことを考えれば少々遅いくらいではあるが」

「では私も剣を振って良いのでございますか!?」

「剣を振りたいのか?」

「はい!虎松が振っていたのを見て、私もやってみたいと思っておりました!」


 俺と違って武術に積極的であることは良いことである。少なくとも俺と同じ過ちを犯すことはないであろう。


「ならば近いうちに師を呼ばねばならんな」

「父上が教えてくださるのではないのですか?」


 何も知らぬ純粋な眼差しである。だがその期待に応えてやることは出来ぬ。俺は未だに剣術が苦手。

 幼少期、剣術の師であった卜伝は俺のセンスの無さに指導を諦めたほどである。


「人には得意不得意というのがあってな?俺は算術を教えてやることはできても、剣術はどうしても駄目なのだ」

「では誰が教えてくださるのですか?」

「見つけておこう。それまでは勉学に励むのだ」

「わかりました!」


 鶴丸はウキウキの様子で久の元へと走って行った。

 それと同時に障子がやや開いて、二郎丸が顔を覗かせる。


「親元殿にございます。如何いたしましょうか?」

「わかった。俺の部屋へと向かわせておけ。すぐに参る」

「かしこまりました」


 二郎丸が障子を閉め、何やら外で話していた。

 久もそのことに気がついたようで、俺に目線で合図をする。こちらは良いから、ということであろう。


「ではまた来る。鶴丸、次は俺が算術を教えてやろう」

「はい!楽しみにしております」

「ではな」


 外に出ると、二郎丸だけが待っていた。


「親元は何か言っていたか?」

「いえ、特に何も」

「そうか。では参ろうか」

「かしこまりました」


 部屋へと着くと、すでに親元が1人腰を下ろして待っていた。

 俺が背後にいることに気がついたのであろう。慌てて頭を下げて、道を譲る。


「すまぬな、急に城に呼び戻してしまって」

「いえ、ちょうど一区切りついたところでしたので」

「そうか、実は尋ねたいことがあってな。こうして城にまで戻って貰ったのだ」

「尋ねたいこと、にございますか?もしや志摩の国衆のことでしたか?」

「いやそうではない。実は先日寅政を伴って神高島へと向かっていたのだ。岡部殿や伊丹殿からの要請でな」

「神高島・・・、随分と懐かしい響きでございます。それで神高島で何か?」

「岡部殿が島にあった洞窟の中より刀の鞘を発見したのだ。拙いことに鞘には北条鱗の紋が入っておった」


 ここまで話してみたが親元はあまりよくわからない、という表情をしている。


「刀の鞘が出て来たことで、殿は我らが元海賊であったことが公になることを気にかけてくださっているというお話でよろしいのでしょうか?」

「まぁそういうことだ。それに北条鱗が刻まれているのであれば、先祖の品であろう?もし無くした者がいるのであれば、上手く回収してやりたいと思ってな」

「・・・ですが刀の鞘だけ無くしましょうか?そのような話も聞いておりませんが」


 俺もそれは思った。刀ごと無くすのも確かに問題であるが、鞘だけ無くすなんて事があり得るだろうか?

 だが現状であれば持ち主として思い当たるのが、元奥山海賊衆であったというこの者らだけなのだ。


「しかし元北条の者が海賊行為をしていたということ自体、大きな問題にございます。急ぎ戻り確認して参りましょう」

「あぁ・・・、頼む」


 親元も事の重大さを理解したようで、慌てて部屋を後にした。

 だが何やら嫌な予感がする。ただでさえ良好とはいえない両家の関係。これが一気に動き出しそうで、今回の発見に不快感を覚えた。

 俺は何やら大変なものに巻き込まれたやもしれん・・・、な。

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