201話 北条鱗の忘れ物

 神高島 一色政孝


 1567年秋


 神高島。ここはかつて親元ら奥山海賊が拠点としていた有人島である。

 奥山海賊が俺の配下になったことでこの島に海賊はいなくなったらしいが、支配者が不明瞭なままであったため、此度今川水軍を率いている康直殿、貞綱殿が実地調査と今川支配の先駆けをするよう任じられたのだ。

 ただ波が日頃から高く、あまり近寄られなかった島である。何があるか分からないということで先進的な水軍を保有する俺の元へ協力要請が来たのだ。


「親元殿を連れずで良かったのでしょうか?」

「島民に余計なことを言われては困るだろう。元海賊で、この近辺を通る船を片っ端から襲っていたなど、到底あの方々に聞かせられぬ」

「たしかに・・・」


 護衛に向いている寅政の率いる船団を伴って神高島に来たわけだが、本土からの船と言うことで島民は相当警戒しているようである。

 今康直殿が島長と話すために村長の家へと向かい話をしているのだが、その家が万が一にも襲われぬように俺達は警戒している最中であった。


「氏真様は今まで見向きもされなかったこの島をどうされるおつもりなのでしょうか?」

「詳しくは聞いていないから分からないが、こうも水軍衆に任せっきりということはそちらの方面で利用するのかもしれないな」

「元は海賊の根城でしたから、水軍の整備には適しているかも知れません」

「同感だな」


 まぁ決してそのことは口に出さないが、な。

 俺と寅政で話をしていると、貞綱殿が近づいてこられた。何やら難しげな顔をされている。


「政孝殿、少々話がある。ついてきては貰えぬだろうか?」

「話ですか?ここでは出来ない話ということでしょうか?」

「いや、実物を見て貰った方が早いと思ってな」


 嫌な予感が頭をよぎる。その話をしていた側からか?しかし痕跡は一切残させなかったはずだが・・・。


「わかりました。寅政、島長の家の警備は任せるぞ」

「お任せください」


 数人の兵を伴って、俺は貞綱殿の後をついていく。ちなみにだが俺もこの島に上陸するのは初めてだ。

 親元らが俺に仕官することが決まった時、この島から痕跡を残さないよう掃除させた時も来ていない。奥山海賊を捕縛した際に、その身元を確かめるためにこの島に入ったのも元染屋に雇われていた傭兵達だ。

 つまり島民は誰も俺の顔を知らない。それがせめてもの救いだと思いながら後をついていく。

 しばらく歩いていると、入り組んだ道の先に洞窟の入り口らしき場所へと出た。よくこんな場所を見つけたものだと感心してしまう。


「この中にな、おかしなものがあったのだ」

「おかしなものでございますか?それは一体・・・」


 案内されるままに洞窟の中へと入っていく。中は松明が壁に掛けてあり、かろうじて足下が見えた。


「これだ」

「これ・・・、にございますか」


 指を指された場所には、刀の鞘のような物が半分ほど砂に埋まった状態で壁にもたれている。

 何がまずいのかといえば、その答えは明白であった。

 北条の家紋『北条鱗』が鞘らしきものに刻印されているのだ。まさかの忘れ物である。

 たしかに視界は悪いし、見落としていたのであろうが・・・。最悪だな。


「北条鱗の刻印にございますか」

「これから考えられることは北条家に連なる者が、この島で水軍を動かしていた。もしくは北条に連なる者が海賊行為に勤しんでいた」

「どちらにしても厄介な問題にございます」

「この付近は長年海賊被害によくあっている。小さな島が無数に存在しており、各地に海賊の根城があるからだ」

「その中に北条出身の海賊が紛れていたとなれば・・・」

「未だ我らは同盟中である。一色保護下の商船を含め、今川家の船が三国同盟以後も襲われていたのであれば大問題であろう。北条はこの責任をとらねばならぬ」


 拙いな、話が飛躍してしまっている。それにその関係者は俺の家臣だ。


「・・・もしくは盗品である可能性は」

「ふむ・・・、確かにそれもあるのか。考えが足りておらなんだな」


 うっかりしていたといった様子で貞綱殿は頷いた。そして視線を落として、例の鞘を砂から引き抜く。


「立派なものである。何か他に手がかりがあれば良いのだが」

「少し歩き回ってみましょうか」


 入り口あたりは今川の兵がかためているため、洞窟の中に何かがいない限りは安心である。

 俺は1人だけ護衛を連れて、周辺をウロウロした。

 目的は確信を持ちかねない証拠が出て来た場合の隠蔽だ。しかしこれといって特に何も出てこなかった。


「貞親殿、そろそろ戻りましょう。康直殿も話が終わった頃でしょう」

「そうであるな。何も出てこないところを見ると、やはり盗品であったのであろう」

「持ち主には気の毒ですが、こればかりは襲われたことを恨むほかありません」

「そうだな」


 どうにか軌道修正を終えた。

 そしてそのまま元の位置へと戻ると、やはり康直殿は話を終えたようで外で何やら話をしている。

 俺達も合流して最初から話を聞いたのだが、島長の話は俺達を好意的に迎える用意を整えるとのことであった。

 何が話を長くしていたのか。むしろそちらの方が問題であったのだが、親元らがこの島から離れて数度にわたって、どこだかの海賊がこの島にやって来ては略奪行為を働いているのだという。

 島民の異常なまでの警戒はそれが理由だったのだ。

 つまるところ、今川の支配を受け入れる条件としてその海賊を追い払って欲しいとのことであった。


「康直殿はどうお考えで?」

「某は受けても構わぬと思っている。むしろ島民を傷つけることなく、支配領域に組み込めるのであれば断る事も無かろう」

「だがまずは殿にご報告をあげるべきである。例の鞘のこともあるでな」


 じゃっかん汚れた鞘ではあるが、砂を払えばそこまで劣化しているわけでもない。

 ちゃんと手入れをしていた証であろうが、そんな大事なものを何故あの場所に忘れたのか、甚だ疑問であった。

 どちらにしても、一度親元らに話を聞かねばなるまい。大事な物であるのであれば、どうにかして回収してやりたいしな。


「一度駿河へと戻るとしよう。政孝殿は如何いたす」

「私はそのまま大井川領へと戻ります。もしまた何かあればお声がけください」

「わかった。機会があればまた頼るであろう」


 そのまま俺達は大井川城へと戻ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る