200話 領内発展を目指す意味

 三河湾 一色政孝


 1567年秋


 寒さが身にしみる今日、俺は海の上にいた。

 同じ船に乗っているのは寅政と、寅政の補佐を長く続けている兵助を含む水軍衆の者たちである。

 何故このような場所にいるのかというと、例の兵器がついに海上運用出来ると報告が上がったからなのだが、戦力の向上は最重要課題であり、善は急げとこのような時期に海へと出て来た次第である。


「やはり親元の船には乗せられなかったか」

「はい。親元殿の役割は速さが売りでございます。安宅船の配置も、攻撃に確実性のない抱え大筒も不向きであるという意見が水軍衆の中で多数出ました。また遊撃的役割のある家房殿も同様にございます。確実に敵船を沈められなければ、遊撃の意味がありません」

「その点で言えば、我らは動かず待つことが多くございます。10町ほどの距離で敵を追い払うことが出来るのであれば、その力、我らにこそふさわしいであろうと」


 寅政に続き、兵助が補足する。

 俺は2人の説明を聞いて、すんなりと納得することが出来た。またこれらの理由もあって、安宅船に関しては優先的に寅政の率いる船団に与えることになった。

 抱え大筒や、それ以上の火器を揃えることが出来るようになれば、次に分け与えるのは親元となるであろう。


「それで安宅船の外枠だけではあるが、運用は上手くいきそうか?」

「みなの操船が慣れていないため、まだなんとも言えませぬ。上手く操ることが出来るようになれば、この船の真価も発揮されるかと」

「よく分かった。次は抱え大筒の成果が見たい」


 俺の言葉に2人は頭を下げて、兵助だけが兵らの元へと駆けていった。

 ここにいる抱え大筒の兵は、景里に鍛えられた抱え大筒専門の兵らである。すでに水軍衆として配置しており、船上での訓練も開始していると聞いていた。

 最初こそ不安がっていたと家房らに聞いていたが、さて、どうなっているか・・・。


「あちらに簡易的に製造した船を浮かべております」

「あぁ・・・。寅政、全く見えぬ」

「・・・しっかりと見えておるのですが」

「ん~?」


 よく目をこらしてみると、確かに小さい黒い点のような者が見える。

 アレが船かと言われれば、船には見えないという程度の大きさだ。


「・・・み、えた、気がする」

「それにございます。あれを的として、抱え大筒で狙わせましょう」

「あのような距離に届くのか?」

「届きます。では」


 寅政が手を挙げると、兵助が何やら指示を出す。

 それに従い抱え大筒の兵らは微妙に角度を調整していた。やはり陸上で過ごす俺や、最近水軍衆に合流した元鉄砲兵は的がはっきりと視認出来ていないではないか。

 慣れとは恐ろしいとさえ思う。

 ちなみにだが距離としては5町未満、つまり500メートルもないほどではある。


「兵助、いけるか?」

「調整は済んでいます。いつでも」

「では・・・、撃て!」


 寅政の合図と共に例の轟音が鳴り響く。今回は初めて抱え大筒を使った時と違い、複数の同時撃ちだ。

 音は凄まじく、頭の中で何度も銃声が鳴り響いていた。

 そんな状況の中で、的となった船らしき点に目をこらす。水しぶきがあがっているためによく見えないが、隣で寅政がヨシッと拳を握った。

 おそらくだが命中したのだと思う。

 だが正直これでは全くよくわからない。

 沈んだことも、俺は確認出来ていない。


「寅政、射程距離が優秀なのは分かった。次に威力が見たい」

「かしこまりました。今別の船で、数日前に新型の船と入れ替えになった旧船を引っ張ってきております。そちらを近距離に配置し、その威力をご覧に入れましょう」


 寅政の指さす方向を見ると、確かに一隻の船が小ぶりな船を引いてこちらにやって来ていた。

 すでにボロボロで、よく一色水軍のために役立ってくれたのだと分かる。


「横に並べて停船させます」


 指示通りに船が横に並ぶように停められ、そしてそれをめがけて射手らが構えた。


「放て!」


 再び耳を塞ぎたくなるほどの轟音である。

 今度は轟音とは別に、すぐさま船を粉砕する音が聞こえた。目の前にあった船は、抱え大筒の威力の高さに為す術無く、大破し沈んでいった。


「改めて思うが、雑賀衆はとんでもないものを作ったな」

「はい。このようなものが水軍に出回れば、海で命を散らす者もさらに出ましょう」

「だろうな。だがそれが戦だ。海であろうが陸であろうが変わらん。俺達が有している間に存分に暴れろ」

「かしこまりました」


 十分にその威力を確かめた俺は、そのまま一色港へと帰還した。

 港から様子を眺めていた昌秋は、圧倒的なその威力に陸から震えていたのだという。相手が飛び道具を使い始めたら、腕っ節ではどうにもならなくなる。それを感じてのことだったらしい。


「それにしても何故この地で?」


 同じく港で待っていた彦五郎の疑問は尤もである。

 大井川港を軍港として扱っているのだから、あちらの沖合でするのが普通であろう。

 だが、こちらで行う意味は実は大きい。


「志摩の者らへの警告だ。最近は三河湾から出て来たところでも襲われているからな。此度も獲物を探して見ておったやもしれん」

「だからここで強力な抱え大筒の威力を見せつけた、と?しかし商人らも畏れておりました」

「それなのだがな、少々考えていたことがある」


 俺は彦五郎に、水軍衆増設の計画を打ち明ける。

 先日も考えていた、商船護衛に特化した者たちの船団だ。そしてその者らは水軍衆から外し、染屋に預ける。

 染屋はかつての通り商船護衛に船を出し、そこから報酬を得るようにする。


「熊吉殿に預けるのは何故でございましょうか?」

「単純なこと。他国の商船も護衛させるからだ。他国の船の護衛に、一色の水軍が関わると碌な事にならん。どうせ言いがかりをつけられる。だが商人が自主的に行っている護衛業ならば、家中の誰からも文句は言われん」

「染屋に入る護衛料は如何されるので?」

「染屋の収入で良い。俺が欲するは、一色領での商いは安心安全であるという評判のみ」

「商人の出入りを活発にさせるわけですか」

「その通りだ。その代わり誰からも突っ込みが入れられぬよう、一度染屋に預けた者たちは水軍衆として金輪際使わぬ」

「殿のお考え、よくわかりました。その計画、早急に進めましょう」

「頼むぞ」


 彦五郎には随分と負担を強いることとなるが、これも一色領の発展にかかせぬこと。今川が戦をせねばならぬ日までに、しっかりと準備を整える。そのためには金が必要だ。

 準備に全力で費やせる期間は北条との同盟解消期日である3年後まで。

 それまでに海軍整備と、火縄銃の大幅導入を目指さねばならぬ。

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