199話 完成品

 大井川城 一色政孝


 1567年秋


「長い間お世話になりました」

「本当に行くのだな?」

「はい。離ればなれとなった妻と子を探さねばなりません。最近になってようやくその手がかりを得たのです」

「そうか・・・。これからどこに向かう?」

「大和国に向かおうと思います。三好義継様の元に、かつて共に幕府に仕えていた男が匿って貰っているようなのです。私が幕府から距離をとると決めた日、妻と生まれたばかりの子を京から逃がしておりましたが、その男に保護されたと聞いたのです」


 藤孝殿の決意は変わらぬようだ。いや、家族と離ればなれになってしばらく。ようやくその手がかりが掴めたのだから、俺だって同じ選択をするはずである。

 藤孝殿はここ数年、時間があれば大井川城を離れていたからな。なんとなくこのような日が来るとは思っていたが、それでも寂しいものだ。


「護衛をつける」

「この地に戻るかは分かりません。お気持ちだけ頂きます」

「しかし・・・」

「ご心配には及びません。こう見えて何度も京から駿河までの道を往復しておりますので。腕にも自信があります」

「・・・寂しくなるな」

「またご縁があれば、そのときはまた」

「そうだな」


 俺に止める権利もない。はなから客将として迎えていたのだから当然だ。


「氏真様にも一度ご挨拶をして、それから大和へと向かいます。改めて・・・、長い間お世話になりました」

「俺も世話になった。達者でやるのだぞ」

「ありがとうございます」


 藤孝殿は城から出ていった。直に冬が来る。それでもこの時期に出て行った。

 何度でも思う。寂しいことである、とな。



「殿、殿!」

「ん?あぁ、昌友か、如何したのだ?」

「それはこちらの言葉でございます。藤孝殿が出て行かれてからずっと上の空ではありませんか」

「そのようだ。初めて藤孝殿と会ったのが5年前。色々あって城に迎えることになった。共に戦にも出たし、城下町や港を見て回ったりもした。当然これからもそうなのだと思っていたのだがな」

「もし殿と藤孝殿に縁があるのであれば、またお会いする機会もございましょう。そう考えればやはり人との出会いはお大事にされるべきであるかと」

「わかっている。それでどうしたのだ?」


 やや説教くさくなってきたのを察知した俺は早々に話を切り上げた。

 昌友も俺の言葉で用件を思い出したのか、態度を改めて座り直しす。


金木かねき弥兵衛やへえ殿が参られました。例の物が完成したとのことでございます」

「ようやく出来たか。早速弥兵衛を呼んでくれ」

「かしこまりました」


 昌友は一度部屋から出て行った。

 ちなみに金木弥兵衛という男、木材や石材を使用して工芸品を作る謂わば職人である。そして大井川商会組合の13人の代表の中で唯一商人という肩書きを持たない。

 商人保護を目的に制定した『一色商家保護式目』は商人を保護するだけでなく、商人と深い関わりを持つ職人の保護も含まれているため、弥兵衛を筆頭とし一色領の職人らを纏めさせているというわけだ。


「おぉ、政孝様!お久しぶりにございます!」

「久しいな。元気そうで何よりだ」

「はい!我ら職人は元気が取り柄にございますので」


 そんな弥兵衛の背後にもう1人商人が立っていた。


「松五郎も一緒であったか」

「はい。弥兵衛殿に少々協力しておりましたので」

「なるほどな・・・」


 何を、という言葉を聞かずともどういう意味かがわかった。東海屋とうかいや松五郎まつごろうも商会組合の代表の1人である。そして代表かつ商人の中では唯一船を持たない。

 何をしている者であるかというと、街道沿いに多数宿を経営しているのだ。東海道の主要な宿場町にも店を出している。


「まぁ松五郎の話は後だ。先に完成品を見せてくれ」

「かしこまりました。こちらへお運びせよ」


 弥兵衛が手を鳴らすと、廊下より囲碁の碁盤のような者を運んでくる者らが出て来た。

 しかし目の前に置かれた碁盤らしき物を見ると、枠が碁盤に比べて大きくなっている。

 そしてその後運ばれてくる石。特徴的であるのは両面で色が明確に違うことである。


「源平碁、こちらで如何でしょうか?」

「おぉ!俺の言ったとおりに出来ているではないか」


 俺は駒となる石を持ち上げて天井へと腕を伸ばしてかざす。この時代の技術で両面白黒の石が出来るのかが分からなかった。

 実際幾人かの職人に尋ねてみたが首をひねっていた。

 そんななか弥兵衛が手を挙げたのだ。


「多少の衝撃では壊れぬ程度の耐久はございます。壁にたたきつけたり、何度も踏みつけぬ限りは割れぬかと」

「そのような使い方をせぬから問題は無い。盤の枠も大きさも完璧だ」


 これまで源平碁をするときは碁の道具を代用していた。

 だがそれも今日までだ。これからはこの専用の道具を使って遊ぶことが出来る。という会話の後で出てくるのが松五郎である。


「宿での評判はどうだったのだ?」

「上々にございます。遊び方が簡単なため、老若男女問わず好評にございました」

「良い感じではないか?なぁ昌友」

「はい。娯楽の確立は領地に活気をもたらします。荒れた心を潤すことも出来ましょう。これは大きな成果にございます」

「全くその通りだ。その活気をもたらすであろう弥兵衛に褒美を与えたい。何か願うことがあるか?」


 突然のことに弥兵衛は沈黙してしまった。

 隣では松五郎が楽しげに源平碁を見ておる。


「・・・では大井川の分流に作るであろう新たな村の一角に職人の住まう家を建てさせて頂きたく」

「何故だ?」

「私を慕う職人らの中には工芸品や武具などを作る者以外に、農具の修復や農作業を効率的に行うための道具を開発しておる者らがおります。元々ある村の付近には十分すぎるほど職人の家が建っておりますが、新区画の方にはあまりないのです」

「なるほどな。わかった、許可を出す。いずれその時が来たら、職人らの家を建てる区画を用意させよう」

「ありがたき幸せにございます」


 まぁ代表であるからこその願いではある。

 しかしそろそろ農業の発展も進めていかなければならないな。民が増えた今、不作で餓えるのは避けねばならぬ。

 いざとなったら宗佑に米を買わせて領内にばらまくが、それは最終手段だ。


「松五郎、今後は売りに出してもかまわぬ」

「真にございますか!?」

「あぁ、協力してくれた礼だ。船を使う者らよりも先に商品として扱わせてやろう。しっかり儲けるのだぞ」

「かしこまりました!」


 ホクホクとした顔で松五郎も頭を下げる。

 これで製品版源平碁が出来たわけだ。宗佑や庄兵衛を使って京にも売り出そう。

 きっと大きな波が来るはず。

 『大井川領発の源平碁』。そのように呼ばれる日が来るのが真に楽しみであるな。

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