198話 加賀の一向宗
岐阜城 織田信長
1567年秋
「それは確かな事にございますか?」
「義秋様の使者に嘘などつかぬ。俺は上洛し、京を三好から奪う準備がある」
「そのお言葉信じてもよろしいのでございますね?」
「くどい」
俺の言葉を聞いた
「失礼申しました!しかし今上様には御味方が必要な時。ですが先代の公方様があのような最期を迎えられて疑心暗鬼になられておるのでございます」
「今は戦乱の世である。戦で人が死ぬなど常のこと」
「征夷大将軍であられたのですぞ」
「それでもよ。征夷大将軍であろうと邪魔となれば刃を向けられる。別におかしなことではあるまい」
目を剥いた輝経は何かを言いかけて止めた。そして俺の言葉に対して特に言及せず、再度真面目な顔つきで問いかけてきおった。
「京を不当に占拠する三好を討伐するご意志があること、上様にお伝えしてよろしいのでございますね」
「好きにせよ」
「ではそうさせて頂きます」
輝経はおおよそ満足とはいえぬ顔で出て行った。ようやく静かになったわ。
しかし上洛か。確かに元々京を押さえるつもりではあったが、義秋を担げば大義名分と得たことにはなろうか。
いや、ならぬか。帝はともかく、関白近衛は三好を支持しておる。
三好のかつぐ義栄を支持しない我らが京へ攻め寄せれば、間違いなく糾弾してくるであろう。
余計なことを言ったか?どちらにせよ、か。
「殿、信包様、信興様が参られました」
「入らせよ」
小姓が下がると同時に弟ら2人が部屋へと入ってくる。
「兄上、直に長野へ出立いたしますので挨拶に参りました」
「そうか。もうそのような時期であったか」
俺は外の景色を見ながらそう答えた。長野藤定の養子として送り出す三十郎の存在は、伊勢にて十分にその効果を発揮するであろう。
そのことを分かっているからか、三十郎の顔にはその決意が見て取れる。
「藤定にはよろしく伝えておくのだ。俺に従う限りは長野の家も悪いようにはせぬとな」
「かしこまりました。養父にはそのように伝えさせて頂きます」
「また現当主を送り返される北畠が怒り狂うであろう。しばらくは本格的に兵を向かわせることが出来ぬが、しっかりと足止めを頼むぞ」
相手は伊勢の半分を有する北畠であるというのに、三十郎は特に臆した様子も無い。
そのことが心強く思えてならぬ。
「彦七郎」
「はっ!」
「三十郎が死なぬよう援軍を向ける役目、お前に全て任せる。北伊勢の臣従を表明した国人らを使っても構わぬ。一益と共にうまくやれ」
「かしこまりました」
三十郎が北畠を止めている間に長島攻めだ。今川との同盟が決定的となった今、我らが兵を割かねばならぬ場所は南伊勢の戦線と長島を包囲する戦線。
それと今川との盟約により、信濃にまでは入れずとも有事の際には信濃の援軍に動かせるようにする美濃・信濃の国境守備。
現状一番危険としているは浅井が接している若狭・越前・山城の国境守備、これらは要注意である。どうも朝倉が不穏な動きをしていると長政から報せがあった。
そして平島公方を推す三好も危険である。
浅井が崩れれば我らは一気に敵を増やすこととなる。なんとしてもそれだけは避けねばならぬ。権六には少数であるが兵を預けて浅井の元へと送った。
先日の近江平定のこともある故、長政とは多少なりともうまくやれよう。
「秀貞、朝倉の動向を掴む事は出来ぬか?」
「私の方でも調べておりましたが、まだなんとも言えませぬ。端から見れば加賀の一向宗と険悪な雰囲気になっているようにも見えますが、それよりも気になるのは越前・若狭国境での小競り合いが少なくなっていること」
「朝倉は義秋を抱えているのだ」
「確かにお迎えしているとはいえ、その義秋様にはお力が何もありません。朝倉にとっては予定外の出来事であったのでは無いかと」
「・・・そうか。権六と長政に伝えよ、こちらから少々援軍を送る。越前の国境も注視せよ、とな」
「かしこまりました」
秀貞は早足で部屋より出て行った。
残った弟ら2人もしばらく兄弟水入らずの会話をした後に出て行く。
「そろそろ朝廷に働きかけねばならぬか?でなければ京へ入ることもままならぬな」
朝廷が欲するは金である。困窮が凄まじいようであるからな。
多少献金してもよかろう。近衛は無理であっても、有力な公家を味方につける。そうでもせねば、畿内の制圧に時をとられてしまう、か。
「成政を呼べ」
「かしこまりました」
小姓が遣いを出すために廊下を走っていった。
嗣頼がより高位の官位を取得することに夢中になっている隙に、成政を加賀国境へと向かわせる。姉小路とは相容れぬ関係であるという白川郷を有す
奴らの城は帰雲城。つまり加賀に干渉しやすい地を持っている。
加賀の情勢を見極めることが出来れば、朝倉の動きも読めるやもしれん。
そしてその氏理であるが、内ヶ島とは一向宗を叩いて大きくなった一族である。今でこそ本願寺とは友好な関係を築けているようであるが、心の内は完全に信頼しているわけではない。
ならば裏切られる心配も無いであろう。
「時間が無いとは思いつつも、慎重に事を進めねばならぬ。厄介な事よな」
朝倉に三好、そして俺を快く思っていないであろう者たちがごまんといる。それが畿内の勢力関係である。
だからこそ今川との盟は大きな意味があるのだ。
一乗谷朝倉景鏡館 朝倉義景
1567年秋
「よろしいのですか?このような場所に頻繁においでになられても」
「構わぬ。一乗谷城にいれば義秋様がしつこいのだ」
「しつこいなどと・・・」
三好の手から逃れた義秋様が朝倉家を頼られた時、ようやく我らにも流れが来たのだと喜んで迎え入れた。
義輝様の時は六角にいいように使われるだけであったからな。
だが結果として何も変わらない。
内藤宗勝が実質主権を握っていた若狭も、武田の旧臣が丹波の赤井に寝返ったために三好長逸の勢力下に置かれた。
そして越前・若狭国境では三好と小競り合いが起こる日々。
敦賀郡司からは援軍を毎日のように要請してきているが、あまり大軍を動かせば本格的に戦が起こりかねぬ。
どうしてもそれだけは避けねばならぬことなのだ。
「それよりも加賀方面はどうなっている」
「はい。例の件により、一向宗の攻勢は弱まっております。ですが加減が出来ぬようで、下手をすれば防衛線が抜かれかねません」
「・・・何を考えておるのだ。奴らの指揮官がそのように戦下手のわけがあるまいに。宗滴と渡り合ってきた者らなのだぞ」
「ですがそれが事実にございます」
やはり奴らを信じたのは下手をうったかも知れぬ。長年争ってきた者らが手を取り合うなど、無謀なことなのだ。
「あちらがその気であるならばこちらも容赦はせぬ。奴らが根を上げるまで本格的な攻勢を行う。我が本隊を率いて加賀へと向かう」
「若狭はよろしいのでございますね?」
「かつて三好の大軍を相手にしたことのある者らだ。小競り合い程度で負けはせぬ」
我が義輝様の要請を無視せよと命を下した三好の若狭侵攻。独断で兵を出し、惨敗した挙げ句に家臣らを無駄死にさせた敦賀郡司家の景垙は許せぬ行いをした。
今朝倉が窮地に陥っている原因もあの者らに一因があるのだ。
よい薬となるであろう。今後は我が命に背かぬ事だ。
「そうと決まれば加賀へと兵を出すぞ。触れを出す」
「義秋様はどうされるおつもりで?」
「構わぬ。放っておいても何も出来ぬわ」
義秋様がいるから三好が攻撃してくるのだ。最早お荷物となった義秋様。
どうにか出来ぬであろうかな。
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