197話 精鋭部隊
大井川城 一色政孝
1567年夏
あの日今川・織田の同盟に関して定められたことを聞いた。
当初信長が思い描いていた同盟は、互いの領地に専念し不干渉を貫くといった不可侵同盟的意味合いが軸であった。
しかし武田との戦が終わった今、周辺国の状況を鑑みればそのようなことを言っている場合では無いと互いの意見が一致したらしい。
信長は今川が武田と和睦を結んだ頃に、西美濃の全域を支配下に収めた。武力的に押さえたわけではなく、当初から友好的な態度をとっていた安藤守就が本格的な臣従を申し出、それを受け入れた形だ。
それによりいよいよ信長の上洛が本格的に動き始める。織田家の背後大部分を抑えている今川が崩れることを織田はよしとせず、また同様に西に座す織田と敵対するであろう勢力に、織田が崩されることを今川はよしとしない。
協力関係を築き、互いの繁栄を目指す対等な同盟が実現しようとしている。
「とても良い雰囲気であるというのに・・・」
「まるで分かっておられぬのは兄弟でよく似ている」
俺の皮肉を誰も諫めようとはしなかった。
特に申し訳なさげな顔をしているのは、未だ客将の身分である藤孝殿。何故このような顔つきでいるのかというと、とある報せが俺達の元へと寄せられたからである。
報せの元は今川館。
先日、またもや足利義秋より遣いのものが寄越された。色々言っていたようであるが、かいつまんで言えばお国の統治はテキトーに終わらせ義秋の上洛を手伝えといった内容であったらしい。
誰もが馬鹿げていると思ったはずだ。まともな思考をしていれば、そのような要請をしてくるわけが無い。
「兄上では止められぬ様子。申し訳ございません!」
「誰にも止められんわ。先代の公方様もそうであったであろう?その結果がアレだ」
そもそも国内の統治もそうであるが、北条や上杉との関係が急激に冷えつつあるのだ。どこの兵を上洛に向かわせよ、というのだろうな。
まさか国の守りは捨てて、上洛のために兵を出せなんて言うつもりだろうか?
だいたい将軍職についても大名らは命令をいちいち聞いていないのに、未だ将軍になっていない義秋のいうことなど聞いていられるはずも無い。
それに氏真様は義秋を次代の将軍として認めると言われただけで、上洛に兵を出すとは一言も申しておられぬのだ。酷い勘違いである。
「義秋様のことはおいておくにしても、織田の要請は受けるようにございますね」
「当然だ。互いに協力するという話であるからな」
「我らは再びあの海域を封鎖すればよろしいのでございますか?」
「あぁ、此度は三河湾は捨てても良い。伊勢湾を完全に塞ぎ、大湊を含めた周辺の港からの船を入れさせぬよう徹底させよ。また今回は我らだけにあらず。岡部貞綱殿の率いる今川水軍と織田水軍連携のものとなる。後日合同で訓練を行いつつ、水上での連携を確認せよ」
「かしこまりました」
家房が頭を下げて、それに同じくと親元も頭を下げた。
寅政は継続して商人らの護衛任務につける。しかしそろそろ水軍も手が足りなくなってきたな。海賊程度であれば最早あの3人を使うまでもないほどに戦力が整い始めている。
ならば商船護衛を専門とした新たな部隊を作ろうか。指揮官も新たに任命して、護衛特化に訓練させよう。
そして他3部隊は大名保有の水軍と戦う際の戦力として全力投入出来るように用意させる。さらにあれらの本格的導入だ。
「道房、佐助、お前達には精鋭部隊を育てて貰う」
「精鋭隊、にございますか?」
聞き慣れぬ言葉に道房が質問の声を上げ、佐助も頷く。
「あぁ、前から考えていたことであるが織田の兵を見たであろう?」
「一色で行われた会談でのことにございますね。あれほど鍛えられた兵が並んでいるのを見るのは壮観なものでした」
道房は一色防衛の兵の指揮を執るため、あの日あの場所にいた。
城壁から織田の兵を見ていたのだと思う。
「あれはな、銭で雇われている専門の兵士なのだ。織田も領内の商業開発に力を入れているからな。金は他の大名らに比べて多くある」
「なるほど・・・」
「対して俺にも金はあるが今川家に仕える身。勝手なことは出来ないが、多少ならどうとでもなる。一色の率いる兵全てが銭で雇った者らだと目を付けられるが、少数であればそこまで気にされぬだろう」
だからそいつらを育てる。
少数でも戦に特化していれば、徴兵した領民では出来ぬ動きが戦場でも出来るはずだ。栄衆に頼りすぎると、いざその者らがいない時に困り果てるというのは前の戦で十分すぎるほど理解したからな。
「大井川の治水工事を行っている者らの中で、時真にある程度目星をつけて話を通させた。話に乗ってきた者らだけ城へ来るよう伝えてある。そやつらを立派な兵として育ててくれ」
「なるほど・・・。殿も随分と立派になられて」
道房は感慨深げに声を震わせた。しかし残念、それは嘘泣きだ。
みながおかしげに笑い声を上げる。そんなとき、障子が僅かに開き、二郎丸が顔を覗かせた。
「政孝様、お方様がお見えになられました」
「久がか?わかった」
二郎丸の言葉に俺が返事をすると、みなが解散であると腰を上げ始める。
氏真様と早川殿の一件があって以降、俺と久との仲を今まで以上に気遣うようになった。特にこやつらは例の側室騒動から距離をとっていたからな。とくだん俺から文句を言うことも無い。
「ではみな頼むぞ」
「かしこまりました」
代表して佐助が返事をする。部屋から最後に出た昌友と入れ替わるように久と、そして初が入ってきた。
「よろしかったのですか?二郎丸殿には用件があるから伝えて欲しいと言ったのですが・・・」
障子からこちらを見ているであろう二郎丸に目を向けると、しまったという顔をして顔を引っ込める。
聞こえるほどのため息を吐くと、障子に映る影がビクッと跳ねた。
「あまり虐めてやらないでください」
「久がそういう風に言ったのであろう?それで用とはなんだったのだ?」
俺の言葉に、僅かであったが久の視線が下へ向いた。
手はそれとなく自身の腹をさすっており、それとなく言いたいことがわかる。
「・・・身籠もったのか?」
「どうやらそのようにございます。鶴丸も順調に成長しております。それに華姫様を始め、城のみなはとても私を気遣ってくださいます。なればこそ、この子も問題なく産めましょう」
「そうか・・・。久!」
「はい!?」
俺が突然大声を出したことで、初の視線が強くなった。まるであの時と同じである。
全く成長していない自分に呆れつつも、俺の感情は爆発寸前であった。それこそ初がいなければ危なかったかもしれない。
「すまぬ。驚かせただろうか?」
「少し・・・」
「・・・悪かった。今度こそは必ず側で見守る。だから元気な子を産んでくれ」
あの時と同じ過ちは繰り返さない。抱きしめたい気持ちを抑えて、久の手を両手で包んだ。
久も空いた手を俺の手に重ねる。
「必ずにございますよ?必ず側で旦那様の顔を見せてあげてください」
「あぁ、任せろ」
まだ性別は分からないが、俺は二児の父になるようだ。
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