179話 兄弟

 葛尾かつらお城 直江景綱


 1566年冬


「今川様は撤退にございますか」

「うむ、盟約通り信濃での共闘は果たした。上野に今川は関係ない」

「しかしあれだけの快進撃をした今川でも雪には敵いませなんだ」


 今川家からの使者は、今川勢の攻勢中止と城の守りを残して本国へ撤退する旨を報せにやって来た。

 またこれ以降の我らの行動を確認し、撤退したことで盟約違反にならないかの確認でもあったのだ。


「越後で生きる我らと、駿河で生きる今川を同様に扱うは酷である。それよりも」

「はい。沼田城から兵を出した憲政様は、業盛殿の抵抗に疲弊した武田勢を箕輪城より追い払ったようにございます。そのまま別働隊は箕輪城に入り、周辺の武田方の城を奪うために支度を進めているとの事にございます」

「高広の動きは」

「まだ読めませぬ。今、軒猿らに探らせておりますがなんとも・・・。一応景家殿には注意するよう伝えておきましたが」

「それで良い。それよりも上野から撤退する武田を狙う」


 この葛尾城より東に真田本城があり、真田の倅が逃げ込んでおる。当主であった真田幸隆は塩崎城で自害した。それと時を同じくして、塩崎城を支援していた周辺城を降伏させることに成功しておる。

 ただ唯一牧之島城だけは落とせなかった。殿の御命により揚北衆の一部の兵を周辺に残して本隊へ合流させたのだが、合流した黒川くろかわ清実きよざね殿の話では随分と手強く、だいぶ手こずらされたと言っておった。

 やはり武田の将らは優秀な者らが多い。そして忠義に篤いというのだから羨ましいものである。


「まずは真田本城を狙いましょうか」

「いや、後方のことは味方に任して我らは武田本隊を狙う。ここで奴らを仕留める」

「では後方は誰に任せましょうか」

「義清ら信濃衆に任せる。あの者らであればこの周辺の地に明るい。安心して背中を任せることが出来よう」

「ではそのようにさせていただきます」


 殿はそれだけ言うと目を閉じられた。もう儂らと話されることはない。

 見てはおられぬであろうが儂は軽く頭を下げて部屋を出る。


「景綱殿、少しよろしいか?」

「政頼殿か、ということは」

「はい。塩崎城より真田幸隆の骸を確保いたしました。十分に交渉材料には使えるかと」

「それは・・・。確保した者らを労ってやるのだ。これで少しでも武田相手に交渉を有利に進められる」

「また屋代正国は降伏いたしましたが、義清殿の命で牢に繋いでおります。流石に手を下したりはしないでしょうが、そちらの監視は我が手のものがやっております」


 屋代も真田も武田の譜代ではない。だが、だとしても今の武田に見殺しにするという選択肢はない。

 すれば既に崩壊しかかっている武田の家臣団が分裂しかねぬからである。特に元々武田家と対立していて国衆らは武田を信用出来ぬようになるであろう。

 故に交渉に使えるものがこちらの手にあるというのは大きな事なのだ。


「頼むぞ。おそらく今の勢いを以てしても甲斐を制することは出来ぬ。いずれ和睦を結ぶ時があるであろう」

「その時のために、でございますな。では私は城へ戻ります」


 政頼殿もまた、自身が兵を置いている城へと戻っていった。

 さてあとは上野へと兵を進めた武田本隊だけである。結果的に見れば今川の1人勝ちになったのやもしれぬな。




 茅ヶ崎城 北条氏政


 1566年冬


「氏邦、よく決断した」

「兄上を裏切ることなど出来ませぬ」


 茅ヶ崎城に入った時、この城は至る所が血で濡れていた。

 兵はおろか、女子供関係なく地面に転がり伏せており、生きているのは弟である氏邦と氏邦が率いていた兵のみであった。

 その骸の中には氏邦の義父や妻の姿まである。


「用土だけだと思っておりましたが、藤田の家が父上に従っておりました。その証拠も揃えてあります。藤田の当主としてその責は受けるべきであると思っておりますが、せめて兄上の手伝いをしてからにさせていただきたく」

「責はこの戦で手柄を立てよ。それにお前はこうして国王丸を守り抜いてくれた」


 私の膝の上には未だ幼い国王丸が座っている。何度も確認したが、どこも怪我をした様子は無かった。

 これで心置きなく父上との戦に向かうことが出来る。


「そう言っていただけて感謝の言葉もございません。必ずや父上を兄上の前へ引きずり出してやりましょう」

「頼りにしているぞ」


 氏照にも氏邦にも実父と戦うことに躊躇いはない様子。それを見て私も安心した。

 いざその時が来た時に躊躇い、逆になんてこともないはずだ。


「殿、里見のことは我らと伊豆水軍衆にお任せを」

「武蔵の制圧は我ら三浦衆にお任せください」


 長綱に続いて声を上げたのは、弟である氏規うじのりである。氏規は岳父である北条ほうじょう綱成つなしげより三浦郡の支配を譲られており、三崎城を中心に三浦衆を率いて房総半島方面の軍事行動を父上より任されていた。

 此度、里見や上総、下総の諸将の警戒のために相模を離れていたため騒動に巻き込まれることがなかったらしく、私が長綱らに救出された後すぐに城へと参城した。


「綱成はどうしておる」

「はい、此度の戦は某に任せると。そしてこの騒動が収まり次第、三浦衆のことは某に任せ兄上の側に仕えたいと」


 つまり綱成も父上につくつもりはないということ。


「わかった。必ず我ら兄弟力を合わせて勝つぞ」

「「「はっ!」」」


 他の者らも同じく頭を下げた。ただ1人、意味が分からなさそうに俺の膝に座っている国王丸。

 本当に無事で何より。この子が私と梅を繋ぐ唯一の証なのだ。

 この先も必ずや守り抜いてやらねば・・・。

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