164話 味方の優勢を疑う
1566年夏
「信置、戦況はどうなっておる?」
「はっ!概ね順調に進軍出来ております」
「わかった。今後も気を抜かず甲斐領内に侵攻するように伝えよ」
「かしこまりました」
今入っている城は駿河国内の大宮城。
麻呂が城代を任せた
故に信用出来ると、麻呂の滞在する城として選んだのだ。
「信忠、城の備えは十分に出来ておるか?」
「はい。周辺の城と連絡を取り合い、万が一にも武田が攻めてきても万全の備えを持って殿をお守りいたします」
「それは頼もしい。頼りにしておるぞ」
信忠は満足げに頷くと、部屋を後にしていった。
残った麻呂は城より外を眺める。ここからでは先行しておる兵の姿は見えぬ。だからであろうな、この先で戦が起きているなど信じられぬほど静かな時が進んでおった。
「正綱を呼んできてくれるか」
「はっ!」
廊下に控えている者にそう声をかけて、また外に目をやった。
正綱を呼んだのは気になることがあるからであるからなのだ。麻呂達は南信濃を侵攻する元信や、北信濃を侵攻する上杉家、そして麻呂達と同じく甲斐へ侵攻している北条家と時を同じくして甲斐に攻めておる。
だがあまりにも、麻呂達は順調に兵を進めすぎているのだ。
確かに四方を同時に攻めておるため、手薄になる箇所はあろう。武田にとって麻呂達がそこまで脅威でないと思われている証かも知れぬ。
しかしこれはあまりに順調すぎるように思えるのだ。甲斐は武田の本拠地。
易々と侵攻を許すであろうか?
「殿、私をお呼びだと伺い参上いたしました」
「正綱か。入るが良い」
「では失礼いたします」
正綱は入ってくると麻呂の正面に腰を下ろした。
麻呂の不安げな様子を読み取ってのことだろう。
「何かご心配ごとでもあるのでしょうか?」
そう問いかけてきたのだ。
それほど顔に出ていたであろうか?だがよく分かっておる。
「甲斐への侵攻、あまりにも上手くいきすぎておるように思えるのだ」
「・・・それは私も思っておりました。いくら何でも手薄すぎるのではないかと」
「であろう?あまり深く入り込みすぎると先行隊の背後が危険に思える。甲斐は麻呂達にとってみればよく知らぬ土地。奇襲をされればひとたまりもない」
「先行隊とは別に背後を警戒する隊を出しましょうか?」
「・・・頼めるか?」
「お任せください。すぐに編成し先行隊の後を追わせましょう」
正綱が腰を浮かせたところで、廊下より誰かがこちらに走ってくる音が聞こえた。
息を切らせてやってきたのは、城代である信忠。
「如何したのだ?信忠殿」
「北条より使いの者が来られました!急ぎ殿にお知らせすることがあると」
「北条が?わかった。その者を謁見の間に通すのだ」
「かしこまりました」
信忠はまた慌てて走り去っていった。
「しかし北条より使いとは・・・」
「正綱、おぬしも共に謁見の間に来てくれるか」
「かしこまりました。その使いの話を聞いてから援軍を編成する手はずを整えましょう。では」
「あぁ参ろうか。その使者とやらに会いに」
正綱を伴って麻呂は謁見の間に入る。謁見の間といっても、今川館とは比べものにならないほど小さい部屋であった。
その中央で控えている使者の男。
頭を下げて麻呂の到着を待っておった様子である。
「待たせたな。それで麻呂に用とはいったい何があったのだ?」
「はっ!北条氏政様より。甲斐を山中湖周辺から攻めておりましたが、小田原城に残っておられる先代氏康様が倒れられたことと、武蔵国内で上杉の不審な行動があることを理由に撤退することをお伝えしにやって参りました」
・・・これが先ほどから麻呂の感じていた嫌な予感の正体であったのか?
「ちなみに聞いても良いだろうか?」
「はっ!私に答えられることであれば」
「北条が攻めた山中湖方面の武田勢はどうであった?」
「私の知る限りでは相当な兵が守りを固めており、我らは正直攻めあぐねておりました。一時は下古城への撤退も検討されていたほどに」
北条は富士山麓周辺で攻めあぐねておった。同じく山麓を進む我らは順調に甲斐へと侵攻を進めている。
「正綱、ここはもうよい。すぐに行ってくれ」
「はっ!では失礼いたします!!」
正綱も危険を察知したようで慌てて部屋より出て行った。。
「上杉は麻呂達との盟約の元、関東方面の上杉勢を動かさぬと約束していたはずであったが・・・」
「報せの者によると城に兵を集めているようにございます。そのことが兵を退く最大の要因となりました」
「よくわかった。北条にとってみれば此度の戦に参加する利点はあまり大きくなかったであろう。氏政殿には気にしないようお伝えしてくれるか?」
「はっ!寛大なお言葉、たしかに承りました。これにて、失礼いたします!」
使いの者はそう言って部屋より出て行く。
「北条を迎え撃っていたという武田勢が先行隊の背後をとるような動きをすると厄介ですな」
「うむ、正綱が兵を整え次第麻呂達も出陣する。快進撃を続ける先行隊の邪魔はさせぬ」
「では私も戦の支度を進めておきましょう」
信忠は気合いの入った顔つきで正綱の後を追って行った。
麻呂も戦支度をするとしよう。敵と相まみえるのはいったいいつぶりであろう。父上が亡くなられて以降はずっと今川館にこもっておったからな。
戦勘が鈍っていなければ良いのだが・・・。
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