163話 割れた父子

《最初に》

 159話の最後で募集した早川殿の名が決定しました。大河ドラマでも使われていたということで「春」という名で進めたいと思います。(院号:蔵春院より)

 また、やはり院号が出家する前からあるのは不自然かとは思いましたが、実際問題名前が不明な女性も多いため、身内(一部を除く)でない人物が呼ぶ場合に限っては院号を使用する場合もあります。

 また瀬名姫=築山殿といった名称?だったり、名が分かっている市姫だったりと色々乱雑していますがそこはご容赦ください。

 むしろ全員にオリジナルの名前を付けると余計に混乱しそうなので、今後はこういった馴染みのある名を使用して書き進めることとします。

 その呼び名が初登場した際には、文末※でお知らせします。


 例)143話 武田信玄が嗣子である義信の妻を嶺松院と呼ぶ

     武田義信は妻である嶺松院を「松」と呼ばせるかも?



 甲斐国山中湖周辺 北条氏政


 1566年夏


「まだ抜けられぬか」

「申し訳ございません。武田の兵は随分とこの辺り一帯の守りを固めているようにございます。現在突破可能な穴を探している最中でございますのでもう少々お待ちください」

「わかった。雑なことをしないよう伝えておけ」

「はっ!」


 風魔の忍びを総動員しても、突破口は見つからぬ。これでは今川に疑われかねぬな。ただでさえ父上のことがあるのに。

 妻は武田に送り返したが、妹にまで辛い思いをさせるわけにはいかぬ。


「政景、前線の方は相変わらずなのか?」

「はい。何度も使番を送っているのですが、なかなか纏まりません。このままではいつまでもこの地で足踏みし続けるかと・・・」

「・・・父上はどこまで我らの足を引っ張られるおつもりなのだ!」


 遠山とおやま政景まさかげは申し訳なさげに私の側を離れていった。

 父上の正気から逸脱した発言から数日後、此度の戦は私に全権を託し小田原城に残ると仰られた。

 ただし父上の腹心達を連れて甲斐へ侵攻するのが条件とされ、私はそれに従い父より預けられし兵を4000足して軍を起こしたのだ。

 だが結果はどうだ?その連れてきた者らが手柄ほしさに突撃を繰り返し、まともに策が成せぬ状況が何日も続いている。

 そして武田のこの壁の厚さ。


「兄上、やはり一度駿河領内の下古したふる城へ退いて体勢を整えるべきです。このままではずるずるとお互いに疲弊するだけ」

氏照うじてるか・・・。たしかにそれも考えた。だが今兵を退いて駿河領内に移ってみろ。今川からいらぬ誤解を受けかねぬ」


 弟であり大石家に養子として入った氏照は戦に置いて非常に鋭い感覚を持っている。それ故に父より寵愛を受けてきたが、どうやら本人はそんな父に強い反発心をもっているようで、此度も父の不審な行動を察して私の側についてくれたのだ。

 ちなみに反発の原因だが、氏照が大石家に養子入りしてしばらくは父が領国経営に口を出していたからだそうだ。

 わざわざ家臣までつけていたため、随分と肩身の狭い思いをしたらしい。


「それでもむやみに北条の民を死なせるよりはマシにございましょう。一度退き、有利な地で撃退すれば今川様も不審には思われますまい」

「・・・わかった。一度みなを集める」

「では俺が手配しましょう。兄上はみなを説得するための言葉を考えてください」


 陣より出て行った氏照を見送った私は、言われたとおりに説得の文言を考える。

 おそらく此度の戦で勝手をしている者らは反対するであろうからな。いったい何が目的なのかは知らないが、父上に好き勝手されるわけにはいかぬ。

 これからの北条をもり立てるのは父上ではなく、我らなのだ。


「父上より預けられたのは用土ようど重連しげつら松田まつだ憲秀のりひでらがおるが、そやつらに即発されたように攻勢をかけている者らも多少見受けられる。この者らを説かねば下がることは出来まいな」


 しばらく考えていたのだが、ようやく言葉が纏まった。これで退かぬというのであれば仕方あるまい。

 その者をここに残し、半ば殿のような扱いをして我らは退く。武田が飛び込んできたところを知った土地で迎え撃つ。

 これまでのような行き詰まった展開にはなるまい。


「兄上、揃われました。そろそろ」

「わかった。今行く」


 氏照に呼ばれ陣幕より出ると、此度の戦に従っておる者らが多く集まっていた。その中には先ほどあげた2人と他数人も確認出来る。


「みな、良く集まってくれた。さて、率直に言おう。このままでは何の進展も手柄もなく、ただ泥沼の戦となりかねぬ。よって一度下古城へと兵を退き、勝手知ったる地で追撃してくる武田を迎え撃つ。みなは如何思う」

「儂は反対です!ここで退けば間違いなく今川から不審を買いましょう。攻めなくともこの地で武田勢を引きつけるべきです」


 最初に声を上げたのは大道寺だいどうじ政繁まさしげであった。この者も父との関わりを疑った1人ではあるが、前線が無闇矢鱈な突撃を繰り返しているのに対して、冷静に戦況を見て効果的に兵を動かしていると報告を受けて以降信用はしている。

 まだわからぬがな。


「その通り!我らがこの地を突破することが北条の強さを示すこととなるのです!撤退など不要!!」


 そして要注意人物である憲秀が叫んだ。

 それに同調するように複数人が声を上げる。やはりその中には重連も含まれていた。


「わかった・・・」


 やはりこの者らには悪いが、私に同意する者だけ連れて兵を退こう。

 そう思った矢先にこと。


「小田原城より伝令!御本城様が御倒れになられました!急ぎ兵をお退き願います!」

「父上が倒れられただと!?」


 私よりも先に声を上げたのは氏照。そしてその動揺は瞬く間にこの場にいる将らに伝播していった。

 しかし共同で攻めると約束した今川を放って撤退など出来るはずもない。

 だがこれだけ混乱した将らが、精強な武田勢を破ることが出来るのか?


「兄上、如何いたしましょう?俺はこのまま戦うべきだと思いますが」

「私も同感だ。今川を見捨てれば北条の信頼は底に落ちかねぬ。以後武蔵国の奪還も周辺国への進出もより難しいものとなるぞ」


 兄弟の意見はしっかりと揃っていた。だが、


「何を仰られるのです!御本城様が御倒れになられたのですぞ!今は退くべきにございます」

「今川には使いを出しましょう。そして一部の兵を武田との国境に残し兵を退くのです!」


 将らの心は最早ここになかった。さらに悪い報せは続く。


「殿、武蔵で上杉勢の動きが活発化しております。また周辺の領主らもそれに合わせるかのように戦支度を進めているようです」


 武蔵方面を警戒させていた風魔の忍びからの報せであった。

 上杉は今川との約定で、関東方面では軍事行動を起こさぬよう纏められていたはず。


「・・・謀られたのか」

「今川にそのようなことをする意味など無いと思いますが?」

「ならば上杉だ。関東管領として、領地奪還を目指す者らの期待に応えるべく、分散してがら空きの腹を狙ったのだとすればっ!」


 やられた。やはり盟を結ばぬ者を信用したのが間違いであったか!!


「全軍に報せよ。急ぎ撤退し小田原城へと戻る。父上のご容体を確認次第、武蔵国境に兵を配備せよ」

「「ははっ!」」

「氏照、今川に使いを送ってくれ」

「本当によろしいのですね?」

「上杉が動き出したのだ。仕方があるまい」

「わかりました」


 やはり俺では北条を支えられぬのか?いゃ、まだ負けてはおらぬ。私の出来ることを全力で成し、父上に私が当主であることを認めさせるのだ。

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