153話 飛騨掌握、官位に固執する一族

 稲葉山城 織田信長


 1566年春


「それで三河で俺を警戒する動きがあるというのは真のことなのだな」

「はい。行商人らに話を聞く限りでは確かかと」

「ではそろそろ武田との関係を終わりにするのであろう」


 鳴海城を任せている信盛からの情報である。それなりに信頼出来るものであろう。

 今川の者らが守りを固めている。しかし攻め込んでくるそぶりは一切見せていなかった。つまり俺達ではないどこかに攻め込み、その隙を突かれることを畏れているということだ。

 現状今川が敵対する理由を持つのは武田のみよ。この状態で北条に攻め込むような馬鹿な真似はするまい。


「よく報せてくれた。これで今川に恩を売る支度を進めることが出来る」

「やはり殿は今川との同盟をお考えですか?」

「ずっと言っておったではないか。不満があるか?」

「いえ、我らの背後が脅かされぬというのであれば賛成にございます」


 誰も面と向かって反対はしてこぬな。彦七郎が新年の挨拶に来た際にも同じような話をしたが、やはり反対はしてこなんだ。

 サルも三郎五郎も一益も同様にな。

 唯一渋ったのは権六のみであったが、意見まではしてこなんだ。

 俺が万が一判断を誤ったとき、この家中で俺を止めれるものがいるのか?間違えるつもりなど毛頭ないが、それはそれで不安な話よな。


「秀貞、成果は如何であった?」

「はい。飛騨国司、姉小路あねこうじ嗣頼つぐより殿には、飛騨統一を約束いたしました。統一が成ったあかつきには、織田家と同盟関係を結ぶことも約束されました」

「十分よ。これで飛騨からも武田に圧を加えられる」

「しかしまずは飛騨より武田勢力を追い出さねばなりますまい。吉城よしき郡の江馬えま時盛ときもりは武田に臣従し、飛騨へ武田勢を引き込んでおるようにございます」


 一昨年も木曽きそ義昌よしまさ飯富おぶ昌景まさかげの飛騨侵攻を許している。

 飛騨もなかなか難儀な国であるな。さらに山に囲まれた地で美濃からは交通の便も悪い。

 うかうかしておると比較的結びつきの強い越中、上杉に頼られてしまうわ。


「三郎五郎を援軍に向かわせる。あまり多くは連れて行かせられぬが、おらぬよりはよかろう。それと成政を下に付けよ」

「かしこまりました。そのようにお伝えいたしましょう」

「飛騨のことは秀貞に任せる故、以降は俺に許可を取る必要はない。その代わり、随時報告だけは送れ。飛騨の状況と合わせて武田へ圧力をかける」

「ははっ!」

「話は終わりである。急ぎ三郎五郎の元へ行け」

「では私はこれで」


 秀貞が出て行き、残ったのは信盛と俺である。


「それにしても飛騨を掌握するのであれば上杉の手を借りるのだとばかり思っておりましたが、よく秀貞殿の話を聞かれたものでございますな」

「嗣頼の嗣子は義父殿の娘を娶っておるのだ。つまり俺は帰蝶を通じて嗣頼とは親族関係となる。そういうこともあった上で美濃半分、いゃ、実質美濃を瞬く間に掌握した俺を利用する方が良いと踏んだのであろうよ」

「なるほど・・・。しかし姉小路ですか」

「何か言いたいことでもあるか」


 信盛はあまり納得のいった顔をしておらぬ。俺も嗣頼に思うところが無いわけでは無い。朝廷には悪い意味で目を付けられており、親しくしておる公家が近衛前久なのだ。

 先日の三好の京での暴挙を容認した中心人物である。そして帝は近衛に配慮した形をとった。

 畿内の混乱が姉小路を通して我らに降りかからなければ良いがな。


「姉小路家は官位に強すぎるこだわりがあります。何度も公方様や関白様に官位獲得のために働きかけているとか」

「知っておる。挙げ句の果てには中納言を自称しておった」

「あまり大名としては信用ならぬかと」

「そう俺が判断すれば叩き潰すまでよ。徹底的に武田や上杉との関係を断ち、完全に孤立させた上での同盟を組ませる。不要と思った際には他国の仲介を一切させずに滅ぼすまでだ」


 信盛はコソッと汗を拭うような仕草をした。隠れてやったようであるが、俺はしっかりと見ておるぞ。

 しかし苛烈さも時には必要である。甘やかしてばかりだと、相手に舐められる。そうなれば大名としては終わりだ。

 それこそ先代の公方のようなことになる。


「そういえば殿が美濃や尾張に出された楽市・楽座令は随分とよい結果を出しておりますな」


 何かを察したかのような話題転換である。おそらく俺がその行為に目を付けたことに気がついたのだろう。

 別に怒鳴りはせぬのだがな。


「関を廃すれば人の往来は活発なものとなる。稲葉山城下も随分と商人が増えた。そしてそれを目的とする旅人もな」

「城下が潤えば、我らの懐も自然と温まりましょう」

「そういうことだ。しかしまずはこの地の発展が優先よ。随分と龍興に荒らされておったからな」


 この城より、城下が発展する様を見るのは冬の間の楽しみであった。活気に溢れ、毎日のようにその声がここまで届いてくる。


「しかし今川の大井川城下はさらにすごいようにございますぞ」

「大井川?たしかあやつの領地でなかったか?」

「はい。殿が気にされているという一色政孝殿の領地にございます。一色家の先代により商人を優遇する政策が作られ、それを引き継いだ政孝殿は商人を保護された。さらに港を整備し船を与えられた」

「武士が商いをすると笑われるという話を知っているか?」


 俺の突然の問いかけに信盛は頷いた。


「武士は戦うものですからな。しかし領主は戦うだけではいきますまい」

「一度大井川城下を見てみたいものだ。いや、近いうちにその望みも叶うやもしれぬな」


 俺が頷きながらそう言うと、信盛は、


「・・・数年前のあのような暴挙だけはおやめください」


 と、たしなめるように言って来おった。流石に分かっておるわ。


「大井川領は遠いであろう。流石に分かっている」

「・・・そういうことでもないのですが」


 何やらまだ言いたげであったが、小さきことは気にせぬ。それよりも武田のことだ。

 前回の戦で大手柄をあげた景任に先鋒を任せるか。いやそろそろ手柄が欲しい者らもいるであろう。そやつらに任せても良いかも知れぬ。

 信濃の国境を越えさせ、武田兵の一部をこちらに釘付けにする。そうすれば今川の負担も減るはず。

 今川家中の誰かしらが我らの動きを察すれば、何やら動きがあるかも知れぬ。

 俺はそれを待つだけだ。

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