154話 門出

 大井川城 一色政孝


 1566年春


「庄兵衛、高瀬のことよろしく頼むぞ」

「はい、我らが責任を持ってお育ていたしますのでご安心を」


 改めて定められた日はまさに今日だった。京の方も暫定三好政権によってようやく安寧を保ち始めたのだという。

 しかし、氏真様が三好長逸を非難したため組合の者らもやはり京での商いは避ける方針がとられることとなった。

 庄兵衛もしばらくは京を避け東に船を出すらしい。

 高瀬はそれに同行する予定だ。予め聞いた話だと、最初の渡航先は北条領の品川湊らしい。品川湊といえば大規模な米の集積地。

 おそらく大井川港で見たことも無い景色が見れるはずだ。


「高瀬、しっかりと励むのだぞ」

「はい!しっかりと学び、立派になって帰ってきます」

「高瀬様は私の倅に預ける事となっております」

「倅というと先日京の騒ぎを伝えに来た者だな。たしか喜八郎といったか?」

「はい。倅には子が4人おりますので、一緒に学ばせることとなりましょう。我が家は立派な商人になるために、我が子であっても厳しく育て上げております。高瀬様にも同じことをしていただくよう指示しておりますので、大変ではあると思いますがきっと身につきましょう」


 子が4人か。暮石屋は今後も安泰そうで俺も安心だ。

 商家が落ちぶれていけば、それすなわち一色の国力低下に繋がってしまうからな。


「高瀬姫、無事に帰ってくる日を待っていますよ」

「はい、お方様によくしていただいた恩は決して忘れません。いずれ戻って来たときには必ず恩返しさせていただきます」

「これは母上からだ。今日は・・・、高瀬との別れが寂しいようで会えぬと申しておった。代わりにこれを持っていくが良い」


 何度も説得したのだが、高瀬の顔を見てしまうと泣きそうだと断られた。母が泣けば高瀬の新たな旅立ちを邪魔してしまうと配慮されたようだが、この子がそのようなことを気にするとも思えない。

 むしろどんな心境であれ、会えないことをとても残念がっているように見えた。


「そうですか・・・。でも大丈夫です、先日しっかりとお別れの挨拶をさせていただきましたので」

「前俺が言ったことを覚えているな?」

「はい!」

「今はまだ京には入れぬが、いずれ向かうこともあるであろう。その時は」

「しっかりとこの目に焼き付けます!」


 よく分かっている。俺は頷いて、手に持っていた文を高瀬に渡した。それを大事そうに受け取り、荷にまとめると庄兵衛と供に城を出て行った。

 多くの者らが見送りに出ていたが、最後まで母が姿を見せることはなかった。あとでフォローしておくか。

 母にも早くいつもの調子を取り戻して貰わなければな。



 そしてその数日後、新たな旅立ちをする者はもう1人いた。


「小十郎、いや氷上ひかみ時忠ときただよ。今後は俺の元を離れ、己の責がある場にて一色に尽くすのだ」

「はっ!長い間殿のお側に置いていただいて感謝の言葉しかありませぬ」

「その気持ち大事にせよ。きっとこれまでの経験は今後も役に立とう」

「はい!」


 小十郎は元服し時忠と名乗ることとなる。今後はとりあえず道房の下に付けて、近く起きるであろう戦に備えさせる。

 対武田が落ち着けば次は昌友に預けて内政をさせる。

 2人の評価により、時忠を今後どうするかを決めるのだ。

 いずれは氷上の後を継ぐために、今様々な経験を積ませなければならぬしな。


「道房、お前に預けている一部の兵を時忠に任せよ」

「かしこまりました」


 ちなみに新たに作った鉄砲隊だが、元々佐助の配下にあった平沼景里を正式に鉄砲大将に任命した。

 現状は30丁ある種子島を全て預けることとなる。

 任命したときの佐助の羨ましそうな顔といったらもぉ・・・、景里が相当困惑しておったな。

 ついでに言うと、あの戦で侍大将として戦っていた鈴切頼安は新たに作った馬廻衆に任じた。俺が戦場に出る機会が増えた故に出来た新たな組織だ。


「二郎丸殿、今後は私に変わって殿のことをお願いいたします」

「はい、時忠様のあとをしっかり継がせていただきます」


 二郎丸はもう時忠の助けが無くとも、小姓としての役目を立派にこなしている。俺としても安心出来るわ。

 新たな門出で一色もまた変わりつつあるのだ。

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