130話 圧倒する武力

 一色港 一色政孝


 1565年春


「ここは眺めが良いな。この辺り一帯を取り囲む一向宗の姿がよく見える」

「たしかに。ここならば、容易く指揮が執れるだろう」


 昨冬、この村の大工に作らせていた櫓上にて守重と共に外の様子を眺めていた。俺達に気がついたのであろう一向宗の者らが何か喚いているが、周りの喧噪が凄すぎて1人1人の声を拾うことは出来ない。


「それにしても種子島が手に入るとは思わなかった故、大量に火矢を買ってしまったわ」


 村を取り囲む壁の上には、油壺を並べた弓兵部隊も揃えている。さすがに種子島と同じ場所で扱うのは危険すぎると判断し、開放予定の門の左側に弓兵、右側に種子島を携えた佐助の率いる鉄砲兵を配置した。

 弓兵の指揮は道房に託し、敗走を開始した敵方を追撃する先鋒は昌秋に任している。

 もちろんだが、俺も追撃を開始すれば追いかけることにはなるが、安全に進むことにはなるだろう。


「あれもなかなかの物だ。体に触れただけで十分すぎるほど焼かれる。そうなればとりあえず此度の戦で兵士としては役立つまい」

「何度か海賊退治のために使ったが、見ていられるものでもなかったわ」


 人が焼けていく光景はあまりに残酷すぎた。だからあまり使いたくは無い。しかし俺の敵として立ち塞がったからには、俺にも守るべき者らがいるからには、残酷だろうがなんだろうがやらねばならない。

 今守重が持っている種子島だって同様だ。

 一瞬にして敵が死ぬ。これまでの戦いではあり得なかった出来事がこれからは当然のように起きるのだ。


「大丈夫か。これからたくさん死ぬのだぞ」


 守重は櫓より見下ろし、村に迫る一向宗に目をやった。相も変わらず血気盛んに攻め寄せてくる。その勢いは凄まじい。

 目の前の味方が倒れれば、その死体を踏み台にして前へ前へと進もうとしてくる。

 それが極楽浄土を作ろうとしているのだから笑えるな。


「はぁ・・・、よし」


 客観的にこの場を見て、ようやく気持ちを落ち着かせることが出来た。

 俺が手を挙げると、海岸にいた兵が狼煙を上げる。これが反撃の合図だ。

 海上に展開していた染谷寅政の率いる船団が、取り囲む一向宗に向けて一斉に火矢を射かける。

 熟練の成せる技。一般的に弓が届く距離より外から、それも安定しない船上から射かけているにもかかわらず、射られた火矢は後方で隊列を組んでいる指揮官らがいるであろう場所を直撃した。


「全員間断なく射かけよ!空より火の、弾の雨を浴びせてやれ!」


 俺の号令に合わせて種子島が火を噴き、火のついた矢が放たれた。

 壁にとりつく者らが真っ先に崩され、堀へと転がり落ちていく。悲鳴や怒号が聞こえるがそれでも門を突破しようと奴らは攻め寄せてきた。

 傭兵衆と違って、やはり次弾の用意に時間がかかる。このための弓兵だ。

 何度も連続して射かけられる火矢のせいだろう。俺のいる場所にも人の焼けた匂いが届いている。


「凄惨な光景だな。だが種子島はこんなものではない」


 守重に動じた様子は無かった。俺はすでに結構参っているのだが、さすがは戦場に身を置いている者らだ。

 経験の差が大きく開いているのだろうな。


 それから幾度かの発砲で一向宗の足が止まり始める。

 やるならばここしか無い。


「好機だ」

「わかっている。ここで奴らの心を折ってやる」


 再び俺が手を挙げると、今度は開放予定の門にはりついていた兵らが声を張り上げる。


「裏切り者がでたぞ~!!」

「門が開かれるぞ!!」


 数人しか叫んでいないというのに、その声は外からの歓声を引き起こす。

 奴らは思ったとおり罠にかかった。


「こうも思い描いたとおりになれば面白かろうな」

「あぁ、おかげで死体の山を築くことになるがな」


 叫んだ者らが門を開き、それを見たのであろう一向宗らがこれぞ好機と門へと攻め込んできた。その顔にはようやく開放されるのだという、安堵の表情も多くあった。しかし開放されるのは、その本願寺に縛られた生からだ。

 恨むならお前達の背後でほくそ笑んでいる坊主らを恨むのだな。


「第一隊、構え!!」


 隣にいる守重の号令に、すでに門を取り囲むように配置されていた雑賀衆の者らが構えた。

 わけのわからぬ光景に、先頭を切って飛び込んできた者らは門周辺で詰まって躓き転んでいる。残念だが、そこから生き残ることは出来ぬだろう。

 せめて阿弥陀仏と唱えるのだな。そして極楽浄土とやらに行くが良い。


「放て!」


 発射の号令と共に、かつて無いほどの轟音が鳴り響く。


「・・・やはり異常、かな」


 俺の目に広がる光景は異常なものだった。門を越え村内に侵入した一向宗は一瞬のうちに壊滅。本当に死体の山が出来た。生き残った者らはどうにか逃げようと門の外へと走り出そうとするが、ここで何が起きたか分からぬ者らが退かせてはくれぬ。

 これが地獄絵図なのだと思った。


「第二隊、構え!」


 守重は何の躊躇もなく、次の攻撃の用意をさせる。

 そして雑賀衆は今起きた光景に動じた様子も無く、次の獲物を狙い定めていた。


「放て!!」


 再び鳴り響いた轟音でまた同じ位の者らが倒れた。種子島を扱い始めたばかりの佐助らにも、やはりその光景は衝撃的だったようで壁上よりその様子を見ているだけである。


「第三隊、構え!」


 守重の三度目の構えの指示。すでに敵は及び腰となり、唯一堀にかけられた橋から撤退しようとしているものらが大半であった。

 それでも前に出ようとしている動きがあるのは、後方で坊主や鎧姿の将が喚き散らしているからだろう。


「放て!」


 三射目にして、いよいよ門より侵入しようとしてくる者はいなくなった。種子島の音も悲鳴も怒号も、何も聞こえなくなった一瞬、ただ敵の指揮官の声だけが良く響いた。

 前線でこれだけ門徒が死んだというのに、奴らが前に出てくる気配は無い。


「守重,お前の相棒を借りても良いだろうか?」

「使い方は?」

「先ほど佐助に聞いた。撃つくらいならば出来る」


 頷いた守重は櫓に持って上がってきていた種子島を1丁俺に渡してくれた。

 受け取り、そしていつでも発射出来る状態で、遠くにいる敵指揮官に狙いを定める。


「さすがにそこまでの精度はない。当たらぬ」

「この1発で殺すことが目的では無い。後方が安心だと思っている阿呆を驚かせてやるだけだ」


 たしかにスコープなど無いこの時代に、肉眼だけで狙いを定めてこれほど長距離の敵を打ち抜くなんて不可能だ。

 それに種子島自体の性能のこともある。

 だから当たらずとも落ち込む必要は無い。ただ驚かせるだけだ。


「もう少し上を狙え。撃った弾はだんだんと失速し、地面に向かって落ちていく。まっすぐ捉えたところで、奴らには届きかけせぬ」


 俺の背後に立った守重はそう助言をくれた。言われたとおりに狙う坊主の上空に狙いを定める。

 櫓の上で風の影響もあり、上手く狙えない。手元が揺れている。

 ・・・ここか。


『ドォォォォオオン!!』


 凄まじい音に耳がおかしくなるかと思った。

 引き金を引いたのは俺だったが、自分で驚くほどに。

 しかし予想外であったのはそれだけは無い。


「ん?あれは・・・」


 守重の言葉で我に返った俺はさきほど狙っていた方向に目をこらした。すると何やら坊主が慌てふためいているのが分かった。


「狙っていたのか?」

「狙ったのは隣の坊主だ。あいつを狙ったわけでは無い」


 隣に立っていた将は大の字で後ろ向きに倒れているのだ。完全に偶然、風や種子島自体の性能、そして俺の腕が偶然を引き起こした。

 偶然とはいえ敵に動揺を引き起こしたのもまた事実。

 慌てて村の中で待機していた昌秋に指示を出す。


「1人逃さず討ち取れ!俺に続けぇ!!」


 頷いた昌秋は馬に乗り、そう雄叫びをあげて先鋒隊と共に門より飛び出して行っく。


「お見事。領主など止めて雑賀で傭兵をするのは如何か」

「冗談は止めてくれ。それよりこれより攻め上がる」

「では我らの役目はここまでだな。追撃戦に種子島は向かない」


 守重の言うとおりだ。これより先は俺達の出番。迂闊なことをして雑賀の兵を潰す必要など微塵もないのだからな。

「これにて」と櫓より降りようとする守重に俺は思わず深く頭を下げていた。驚いたのは守重だ。慌てて登り返してくると、同様に頭を下げてきたのだ。


「いきなり礼儀正しくなるとは、こちらが困るだろう」

「すまない。今回は本当に世話になったから感謝を伝えたくなった。また何かあったら頼らせて貰う。だから何かあれば俺を頼ってくれ」

「・・・わかった。今川家臣の一色は信用出来ると雑賀の者らに伝えておこう。何かあったときはよろしく頼む」


 今度こそ守重は降りていった。改めて外を眺めてみると各地で門徒らが降伏の意を示しているのがわかる。

 この地での戦は勝負あったな。次は東条城か。

 俺達の戦はこれから始まるのだ。

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