131話 淡海の制覇

 佐和山城 浅井長政


 1565年夏


「このような時に迎えて頂いて申し訳ない気持ちでいっぱいです、長政様」

「何を言うか。私と重治殿の仲ではないか?さすがに合戦の最中では出迎えることなど出来はしないが、このような時ならむしろ大歓迎よ」


 昨年六角勢より奪取した佐和山城に突如訪ねてきたのは、昨冬に越前に入ったはずの重治殿であった。

 近江の滞在期間を考えれば随分と早い出国である。


「それで越前の様子は如何であった?義景様はご壮健であられたか?」


 私の質問にやや躊躇った様子の重治殿は、ただ小さく首を振られただけであった。

 若狭で三好勢に敗北したのは記憶に新しい。とは言っても負けたのは朝倉の総力では無く、敦賀郡司家のみの力であった。それと嫌々参戦させられたも同然の一色家との共同作戦。

 朝倉家中でも揉めたことであろうな。誰がこの敗戦の責任をとるのか、と。全ては己らの力に慢心し、単独で動いた敦賀郡司家が悪い。責任をとるのであれば間違いなく郡司である朝倉景垙殿であろう。


「義景様では越前を治めることは出来ませんね。早々に織田に目を付けたのは良い判断だったかと」

「それほどまでに酷い有様であったのか」

「はい、最早朝倉に力はありません。三好との対決姿勢にも腰が引け、今では加賀の一向宗しか視界に入っていない様子。その対加賀戦線における先鋒を任されている大野郡司家もあのように腰が引けていては・・・」


 そうか、義景様はそこまで追い詰められていたか。


「それに比べて長政様は随分と心強い味方を手にしたようで」

「・・・三好のことか」


 私の言葉に僅かならがの躊躇いがあったことを重治殿は見逃さなかった。私を見る力が強くなったのがわかった。


「あまり三好の援軍がありがたくないように思えますが」

「ありがたい。あぁ、ありがたいのだが何かがおかしい。若狭を押さえた今ならば、一つずつ潰さずとも疲弊した我らを潰してしまえば良いのだ。にも関わらず三好は我ら浅井に援軍を出した。そして物資の援助まで・・・」


 重治殿は神妙な顔つきに変わり、そしてしきりに頷く。


「私もおかしいと思っていることがあります。三好の援軍として近江に兵を出したのは、畿内で力を振るっている松永殿と弟である内藤殿の2人。しかし阿波に根を張る三好本家は何ら介入してくるそぶりを見せていません」

「そこは私も疑問であった。それに此度の援軍の申し出を受けた綱親からの報告では内藤宗勝の様子も何やらおかしかったとのことだ。もしや三好も六角同様揺らいでいるのかもしれん」


 しかし三好の援軍が役に立たなかったということはなく、むしろ大活躍であった。

 大和方面で大規模な兵の移動、山城から近江への侵攻、若狭からの物資輸送。さらには紀伊の畠山や丹後の一色など公方様に与する勢力の牽制。

 それに加えて北伊勢で織田殿が南近江に圧力をかけてくださっている。もはや六角が義治の元で纏まろうともどうにもならぬところまで来ていた。

 ひとえに三好の援軍のおかげである。


「それに重治殿の助言も大いに役に立ったわ。おかげで淡海を楽に制することが出来た」

「なに、越前への道中で何やら聞き捨てならない噂を耳にしたものですから。長政様のお力になれるのではと思い、お知らせしたまでにございます」

「しかしまさか堅田も割れていたとは、全くもって盲点だった」

「本願寺と延暦寺、互いに争い合っている間柄にございますから。そして地侍で組織されている殿原衆と商工業者や農民で組織されている全人衆も指導者的立場を争う者同士。割れぬはずがございません」


 本願寺を支持する全人衆は堅田を形成する上で大部分を占めている。そんな彼らは浄土真宗を信仰し、対して武士階層の多い殿原衆は臨済宗を信仰しているというのも要因の1つ。


「淡海全域における管理権を認める代わりに我らに従うことを約束させることが出来たのだから上出来であろう」

「これで高島方面よりも兵を送り込むことが出来ます」


 そして殿原衆がこちらについたというのは、堅田における水軍衆の消滅を表わしていた。こうなれば堅田など攻めるに容易い地となる。

 すでに直経が堅田の攻略に動いている頃合い。

 そして殿原衆の猪飼いかい昇貞のぶさだを護衛として経親、清貞が南近江に侵入している頃であろう。


「昨年とは違い随分と優勢な様子で安心いたしました」

「確かにな、昨年はこの城までが限界であった。しかし今回はさらに六角の城を奪う。年内に近江を統一出来れば、私も枕を高くして眠れるのだが・・・」

「くれぐれも油断はなされぬよう。三好が不穏な動きをしている中、公方様のこともあります。近江を統一するまでは必ずや邪魔立てする者もありましょうから」


 私は1度微笑み重治殿を見た。確かにここまで上手くいっていると私も油断してしまっていた。これは事実。

 しかしそうも言っていられない報せがあったのだ。


「殿、織田様より援軍が参られました」

「わかった。ところで大将は誰であった?」

「柴田勝家殿にございます」


 継潤が頭を下げた後部屋より下がっていった。直後、何やらずしりと響く重い足取りの音が近づいてきている。

 おそらく援軍である勝家殿であろうな。


「先ほどの笑みはこういうことでしたか」

「あぁ、織田家に我らの強さを見せつけねばならぬからな」


 これで六角討伐の用意は整った。これより一斉攻勢を行う。

 北から浅井・織田連合軍、平井領で合流した浅井・三好連合軍が一気に観音寺城を目指して進軍する。

 道中こちらに寝返る者もいるであろう。圧倒的力を近江の民に、周辺諸国に示し正当な近江の主として独り立ちするのだ。

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