129話 反攻のとき

 一色港 一色政孝


 1565年春


「ここに来るまでに時真とある程度の策は考えていたのだが、雑賀衆の援軍と急遽購入を決めた種子島を戦力として計算した上で新たな策を話す。みな、聞き漏らさず聞いてくれ」

「「「はっ」」」


 一色家の家臣らが頷く中、守重は1人手を挙げた。


「如何した」

「此度我らが政孝殿の援軍に来たのは、雑賀の総意ではあるが1つだけ条件を付けられている」

「条件?わかった、話せ」

「雑賀衆は此度の一向一揆、本願寺勢力にも手を貸している。それも多額の報酬を受け取ってな」

「今後の商売上、敵に手を貸したと知られるわけにはいかぬというわけか」


 守重は頷いた。まぁその条件も尤もだと思う。俺だったら敵に寝返ったと判断し、今後一切信用することは無い。

 しかし雑賀衆はそう割り切ることも出来ないのだ。


「雑賀衆の中にもいくつか派閥があるのであろう?その中には浄土真宗を信仰している者らもいるとか」

「知っているのか。その通り、よって表立って助太刀することは出来ぬ故、一色家の鎧をお借りしたい。我らの家紋が敵勢力に混ざっていると知られれば厄介なことになるのでな」

「いいだろう。時真、軍議の後で人数分用意してやれ」

「はっ」


 さて、ではそろそろ反攻作戦の一手目を話そうか。

 俺は全員の視線がしっかりと俺に集まっていることを確認してから、机に広げられた地図を指さし説明を始める。


「本来考えていたのは、包囲勢力を海上より攻撃しひるんだところを陸より押し返すというものだった。しかし種子島がこれだけあるのであれば、別の方法で敵の心を折る」

「心を折る、にございますか」

「あぁ、まずは城壁よりこれまで通りに防衛しある程度まで疲弊させる。敵方に疲れが見えてきたところで門付近より裏切り者がでたと騒ぐのだ」


 一色港に潜り込んでいたのはそもそも先日捕縛した者らだけでは無かった。すでに捕縛しているが、解放はしていないから外の敵は工作が上手くいったのだと喜ぶはず。

 そして門が開くのと同時になだれ込んでくる。すでに疲弊させた者らだ。ようやく慣れぬ戦から解放されると思って油断して飛び込んでくるはず。

 そこを、


「開け放った門を取り囲むように雑賀衆を配置し、一方的に撃ちかける。遠慮はいらぬ、間断なく弾を撃ち込め。そしてこの地に足を踏み込めぬと畏れた者らが逃げ出せば、俺達の反攻作戦は始まる」

「殿、先ほど買われた種子島は使われないのですか?」


 佐助は我慢が出来ぬと言った様子で尋ねてきた。もちろん、馬鹿みたいに高い金を払って買い取ったのだ。使わないわけが無い。

 しかし1つだけ大きな問題があった。


「残念ながら俺はお前達の種子島の腕を全く知らぬ。どの程度信用して策を任せられるかというのも判断つかぬ。故に門を開放すると同時に城壁の上から、なだれ込んでくる敵に撃ちかけるのだ。当てることよりも、とにかく撃ち続けることを意識せよ。奴らがこの地に近づくことを躊躇わせるのだ」

「かしこまりました」

「雑賀衆には3人1組を作って貰う。3人のうち1人が他の組の狙撃手と揃えて弾を撃ち、撃ち終われば2人目へと入れ替わる。己以外の者が弾を撃ち終わるまでに次弾の用意をするのだ。できるか?」

「3人1組か。それもそのような短時間で・・・」

「出来ぬか?」

「いや、雑賀衆に出来ぬ事は無い。やってやろう」


 守重は最初こそ困惑していたが、種子島を扱うプロとしての内なる己に火がついたのか強く言い切った。頼もしいな。これまでまともに戦で運用されてこなかった種子島だ。

 さらに今日の天気は快晴。火縄が湿ることも無いだろう。

 きっと奴らの肝を抜くはずだ。


「雑賀衆は何人いる?」

「此度の兵は50人。全員がそろぞれ一丁ずつ種子島を所持している」


 なんとも贅沢なことだな。俺だってあれだけの金を払ってようやく30丁だというのに。まぁ種子島の調達は今度地道に出来ることだろう。それよりも、


「守重は組に入らず雑賀衆全体の指揮を、それと俺の側にいてくれ。種子島の有用性をよくこの目で確かめたい」

「わかった」

「それと3人1組だとあぶれる者もいるだろう。そやつらは出来あがった組の側におり、万が一次弾の装着が間に合わなかった時のために用意をするのだ」


 雑賀の傭兵らが頷く。


「敵が戦意を喪失し、動揺が見て取れれば俺達は反撃を開始する。目指すは裏切り者の籠もる東条城だ。そして前回と違って東条城は破壊しても良いという許可を得ている。あの地は裏切り者を生み出し続けた。それに終止符を打つのだ」


 みなが声を上げ、士気は最高潮にまで引き上げられた。万が一にも負ける気はしなかった。


「それと気になっている者もいるであろうから話しておく。西三河を押さえていた松平元康は、再び今川家に臣従した。すでに氏真様よりお許しを得ている」

「まことにございますか!?よく赦されましたな」

「相当条件を呑まされたようだ。岡崎城の支城は全て今川家の者として差し出すこと。元康の家臣でも有力な者は今川の直臣として仕えること。竹千代様を人質に出すこと。そして築山殿は今川と縁を切り、松平も一門衆より外された」


 空気が重くなったように思った。

 このような一方的な条件、普通に考えれば呑めるものでもない。しかし元康には呑まねば滅びるという未来しか残っていなかったのだ。もしくは信長に臣従して対今川の先鋒として使い潰されるかな。

 まぁそれに関してはどちらについても同じ事か。


「しかし元康が臣従したことで、旧今川領の回収は大方終わった。残るは尾張領の一部分だが、氏真様もそこまで奪い返す気は無い。・・・話が逸れたか、それよりも元康が臣従したことで機は熟した。三河国内では全面的に反攻作戦に出ることとなる。俺達が後れをとることは許されないのだ。わかったら、ひたすらに敵を倒し、前へと進め。よいな!」

「「「おおおぉお!!!」」」


 陣内では尋常で無い雄叫びが上がった。付近に住む者が心配した様子で、本陣の寺に寄ってくるほどにはな。

 いっそのこと外まで聞こえてくれれば良い。一向宗がひるめば儲けものよ。




{人物紹介②を投稿しております。投稿場所はこのシリーズの先頭に①と共に纏めました。登場人物が誰か分からなくなった際にはご利用ください}

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