第二次東海一向一揆

128話 高い買い物

 一色港 一色政孝


 1565年春


「お早いご到着で」

「うかうかしていられないだろう?それよりも早速軍議を行う。すでに一部の城では反攻作戦を開始しているようだからな」

「はっ!それと殿を訪ねてこられた者がおりましたので、本陣に案内しております」


 彦五郎は俺の後ろを歩きながら、そんなことを言った。一体絶賛包囲中のこの港に何の用で参ったのか。一揆に襲撃されていると知っていて、俺に会いに来たというのであればよっぽどの馬鹿か、あるいは・・・。

 昨年も使わして貰った寺へと入ると、見知った顔が1人。その背後には多くの兵らが控えている。


「やはりおぬしであったか、守重」

「このような場に来る物好きは我らのような傭兵しかおりますまい」


 守重は立ち上がると俺に笑いかけてきた。しかしおかしいな。今回の分の金は払っていないし、契約自体も前回の防衛に関してだけで終わらせていたはずなのだがな。

 まさか義を持って参戦するなんて雑賀の傭兵衆が言ったりしないよな?

 そんな俺の疑問は早々に解決された。

 守重の背後には大きめの麻の袋を持った男がいる。それを受け取って俺に渡してきた。


「これは?」

「前回頂いた報酬の3割、揃えてお返しいたす。そして元の依頼主と同額の報酬をもって此度も我らを使って頂きたい」

「・・・どういう冗談だ?その提案に何の利益がある?」


 守重は一瞬困惑した。俺が手放しに喜ぶとでも思ったのだろうか?金が絡めば必ず何か厄介な思惑が存在するものだ。金を身近に取り扱っている者らであれば尚更な。

 だから素直に守重の提案に喜べなかった。せめてそれらしい理由だけでも聞かせて貰わなければ。


「昨年雑賀に戻った際、政孝殿のことをみなに話したのだ。すると若年寄の方々は一色家と関係を持ったことを喜ばれた。あとは各地と交易をしている国人らもな。その方々に此度も一色方として参戦し、関係を構築するよう命じられたわけだ」

「なるほど。わかった、商人らには今後雑賀にも頻繁に船を入れるよう伝えておこう。どうせしばらく大湊は敬遠するよう命じるつもりであったからな」


 一応釘は刺しておかねばなるまい。もちろん完全に断ち切りはしない。細々と奴らとの関係は続けるが、目に見えて一色保護下の商人は減るであろう。そうなれば多少は大湊の連中も慌てるはず。

 今後余計なことはしないと決意を新たにさせる目的だ。


「そうであったか、それはよいことを聞いた。これで俺の雑賀衆の中での評価もうなぎ登りよな」


 機嫌よさげに笑う守重はさらにもう1つの土産を俺に与えてくれるようだ。今手にしているのは種子島。

 ・・・っていうか、まさか急に俺に向けたりはしないよな?


「政孝殿、これを使ってみたくはありませんかな?」

「・・・どういうことだ」

「言葉通りです。この種子島の威力、一色の皆様で共有して頂きたい」

「しかし戦はもう起きているのだぞ?今から手にしていたのでは使い物にはならぬ」

「ご安心を、すでに一色港の防衛に当たられている兵の者らはそこそこに扱えますので」


 ニヤッと笑ったのは守重だけでは無い。俺の背後にいる佐助も同様であった。彦五郎は苦笑といったところか?どうやら俺が大井川城に帰っている間に何かあったな。っていうか報告はしろ。


「同郷で水軍を率いている男が一色港に何度か入ったのだ。目的はとある商売のため」


 そう言って手に持つ種子島を俺の目の前に掲げた。

 なるほどな、俺に商売を持ちかけているのか。たしかに種子島を個人で所有するのは大きな戦力アップになる。

 さらに雑賀との取引を開始して、今川家中に行き渡らせることが出来れば信長よりも先に鉄砲の大規模運用を行うことが出来る。

 それも良いな。実に良い取引だ。あと夢もある。


「すでにここの者らは種子島の魅力にとりつかれた。如何いたす?ここに用意した種子島30丁購入されぬか」


 さてさて、どうしたものか・・・。とは言っても断れまい。佐助の顔を見ればわかる。本当に種子島の魅力にとりつかれたのだろう。俺が断るなど1ミリも思っていない。


「・・・わかった。今すぐ金は用意出来ぬで、また商人を使って雑賀に運ばせよう。それで幾らほどだ?」

「これほど」


 予め請求書のような紙を用意していたらしい。その額を見て驚いた。そりゃ最新技術だからある程度は覚悟していたが・・・。いや、今更やめるとは言えぬか。

 しかし結局は火薬などを買いながらになるから、雑賀との関係もこれから長いものになりそうな気はした。

 まぁいいか。高い買い物ではあるが種子島の確かな確保手段を得たのだから。


「佐助、この種子島30丁お前に預ける。もう防衛に徹するのは終わりだ。岡崎城より元康が周辺の城と連携して反撃に出る。俺達もその流れに乗るぞ」

「元康殿にございますか!?それは一体・・・」

「話せば長くなる。とにかくこれより軍議を行う。元康のこともそのときに一緒に話そう」


 俺の言葉が聞こえたのか、外よりゾロゾロと将らが入ってきた。それに雑賀の傭兵衆も。

 さぁ見ておれよ、本願寺め。この程度で俺達を挽きつぶそうとしたこと、後悔させてやるわ。それに思いも寄らぬ高価な買い物もしたことだ。その威力とくと見るが良い。

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