124話 高瀬姫

 大井川城 一色政孝


 1565年正月明け


 俺の正面には1人の少女が座っていた。この場にいるのは、この少女を保護した張本人である豊岳様と四臣の現当主達。そして関係者でもある虎上殿と虎松、そして虎松のことを任せた時宗と、御家の一大事と母と久がいる。


「お初にお目にかかります、一色政孝様。私、高瀬と申します」

「そう堅くなるでない。今後はこの城を自分の家だと思って住んでくれれば良いのだからな。それに異母弟であるとはいえ、同じ父を持つ虎松もいるのだ。色々思うところもあると思うが、しばらくは我慢してくれるとありがたい」

「我慢など・・・、下手をすれば散らしていたかもしれない命を救ってもらえたのです。これ以上の贅沢は望めません」


 高瀬姫。井伊直親殿が身を守るために信濃に隠れていたときにできた娘だという。氏真様よりお許しを頂いたことを豊岳様にお伝えすると、早速城へと案内されたのだ。高瀬姫は今年で11才になった。

 年齢の割にしっかりしているという印象を持ったが、豊岳様のお顔を見ると嫌でも側室に、という話を思い出してしまう。

 俺からすれば嫁よりも妹という感覚の方が近いというのにな。


「問題は誰に預けるかだが・・・」


 俺はこの場にいる全員を見渡した。さすがに時宗に任せるわけにはいかないだろう、しかも姫となると・・・。それに虎上殿は還俗し母に仕えているが高瀬姫を同様の扱いにして良いものかというのも悩む。

 今後の井伊家再興を考えれば、侍女として育てるよりも姫として育てる方が虎松のためにもなるであろう。


「旦那様、少しよろしいですか?」

「久か、如何した?」

「高瀬姫、私の元へ預けて頂けませんか?」

「何故?」


 久は一度俺から視線を外して、高瀬姫を見た。俺にはその意味を知ることは出来なかったが、何やらアイコンタクトをして小さく頷いたようにも見える。


「私についてくれている初は常に一緒というわけではありません。話し相手が欲しいのです。それに旦那様は高瀬姫を侍女として扱いたくないように考えられておるようにも思えます。であるならば、私の側に置き色々学ばせるというのがよろしいのではありませんか?」


 所詮は男も女も家を守るための道具となる。高瀬姫にも酷な話ではあるが、将来的に井伊を守るために戦国に生きる女としての覚悟を決めねばならぬのだ。

 その点で言えば久は適任である。敵地に身一つで嫁いできたのだから。その度胸や、覚悟を近くで学ばせてやるのも良いかもしれぬな。


「わかった。久に預けることとする。高瀬姫、今後は俺の妻を頼るのだぞ」

「お方様の元へ預けて頂いて感謝の言葉もありません。どうかこれからよろしくお願いいたします」


 高瀬姫は久や初と共に部屋から出て行った。これから城を案内するのだそうだ。

 ちなみに鶴丸は泣きじゃくるという理由で、久の部屋にて日輪が面倒を見てくれている。

 そして残った者らはみな深刻そうな顔をしていた。はて、今の話に懸念する要素があったであろうか?氏真様には許可を頂いている。

 懸念があるとすれば、万が一3人の身元がばれたときに他の家臣の方々に何を言われるか分からないということ。独立後の松平と縁を持ったり、武田に離反した井伊の遺児らを預かったりと、なかなか危険な橋を渡り続けている。

 だからこそ慎重に対処する必要があった。


「政孝、高瀬姫のこと如何いたすのですか?」

「如何いたすも何も先ほど述べたとおりにございます。一色家でその身の安全を確保し、無事に育てる。それだけです」


 わりと満点な答えだと思ったのだが、母も時宗も、そして豊岳様も納得されていないようであった。


「政孝殿、本当に身の安全を確保するというのであればもっと簡単な方法がございます」

「簡単な方法でございますか?一体どういったものでしょう?」


 豊岳様は小さくため息を吐いた。いや、俺だって言おうとしていることはわかっている。

 どうせまた側室に迎えて一色の一門にしてしまえば良いとか言うのであろうが、年齢を考えてほしいものだ。現代で言えば完全にアウトなのだから。


「久姫様に男の子が生まれた今、あの御方の正室としての地位は脅かされますまい。ならば次は御家を守るために何をすべきか考えるべきではありませぬかな?」

「たしかに子が多いことは重要なことだ。時に御家騒動を引き起こす原因になりかねぬが、逆に御家を支える力になることもある。それはわかっているのだ」


 父の子は俺1人だった。父は側室を持たず、母だけを愛したのだ。結果として俺が跡を何事もなく継ぐことが出来たが、もし俺に何かがあったとすれば父が桶狭間で討ち死にした時点で、一色家の断絶が決まる。それだけは何としても避けたかった。

それに子だくさんで、その子達が本家の血筋を守るという大名家も史実には存在する。徳川然り三好然り毛利然りな。


「では」


 豊岳様は強く俺に決断を迫っているようであった。しかし俺にも考える時間は欲しいし、現状は高瀬姫を側室に迎えることに抵抗しかない。

 急ぎの用件でもない今、即決は出来ない。


「もう少し考えさせてくれ、重要な話だ。俺としては久だけいてくれれば良いのだが」

「何を仰いますか。それに高瀬姫の目を見ましたか?あの目は特別な感情を抱いている者の目です」


 俺が一番高瀬姫の目を見ていたのだが、そのような意味があるなど全く察知出来なかった。

 少し視線が熱っぽいようには思っていたが、果たしてそれが好意を寄せる目であったのかは分からない。


「母上はよろしいのですか?」

「むしろ何を迷うことがあるのかと不思議に思っているくらいです。それに虎松の将来を考えるのであれば、それが最善であることもあなたであればわかっているはずですよ」


 母からも強く説得されたが、やはり今ここで決断することは出来なかった。

 高瀬姫はまだ俺の半分も生きていない。こんな早くに自身の人生を決めきる必要なんて無い。俺や今川、そして井伊にしばられて生きていくことは無いのだ。


「やはり少し考えさせてください。それに久とも少し話がしたいので」


 みなの残念そうな視線はいつまでも忘れることは出来ないだろう。これは難しい選択を迫られたものだな。

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