116話 三好家への土産
近江国高島郡某寺 内藤宗勝
1564年冬
「お待たせしてしまい申し訳ない」
「儂が誘ったのだ。それに外は雪、お気になさらず」
近江と若狭の国境付近にあるとある寺にて儂はある人物と会っていた。それは浅井の家臣であり、先日の対六角戦において高島郡の制圧を迅速に成した海北綱親である。
浅井にとって大事なことだと密書を送ったところ、まんまとやって来おった。とはいっても儂はこの男を殺すつもりなど無い。
寺に先に入っていた儂は火を焚き暖をとっている。綱親は儂の対面に座り暖を取り始めた。
肝が据わっているな。さすが大将を任されるだけはある。
「護衛はそこの男1人ですかな?」
「近くの村に残してきた。あまり人の耳に入れたくないと書いてあったので」
「そうかそうか、儂も同じよ。若狭に置いてきたわ。みな危険だと喧しいのだが、多く連れていけば厄介な者らに察知されてしまうでな」
この男からしてみれば、儂が何を言うために呼んだのかなど想像も出来ぬであろう。せいぜい浅井から寝返れ、そんなところか?
「あまり時間は無い。わざわざこのような地に呼び出した理由をお聞きしたい。浅井にとって重要なこととは一体なんなのだ。三好が若狭も得た今、近江は風前の灯火だとでも言いたいのか」
「いやいや、そのようなことを言うつもりは無い。ただ儂は浅井の力になってやりたいだけよ。知っていると思うが、畿内を長年治めてきた六角と三好であるが、公方様に従う六角とは我らは相容れぬ関係。浅井が兵を挙げたと聞いていてもたってもいられぬのだ」
眉間に皺が寄ったな。儂の真意を見抜こうとしているのであろうがそうはいかぬ。儂ら兄弟には時間が無いのだ。余計な手間はかけたくない。
それに急ぎ三好家に土産を作る必要がある。でなければ・・・。
「一向宗が邪魔であろう?」
「・・・どこまで知っている」
「全部、であるな。堅田の門徒が邪魔だてしたせいで、別働隊が南近江に侵入することが出来なかった。そうであろう?」
「・・・」
肯定も否定もせぬか。まぁよい、もう一手だ。
「一向宗が起こした一揆であるが、公方が絡んでおる。公方はな、浅井単独であれば崩れかけている六角でも勝てると踏んだ。だから伊勢に進出し南近江に圧をかけていた織田勢を長島城に釘付けにするために本願寺と協力関係を結んだのだ」
「やはり公方様も絡んでおられたか」
「もちろん本願寺からすれば公方からの要請が無くとも動いただろう。しかし協力関係を結んだ限りは全力でその要請に応えた。故にこのような大規模な一揆が各地で発生したのだ。みていよ、来年には加賀でも一向宗の動きは活発化する。それと飛騨もするやもしれぬ」
「三好家が我らを助けるというのはよい。具体的には何をしてくれる」
「なんでもしてやろう。物資を援助してやっても良い。京より近江方面に兵を出してやっても良い。なんなら援軍として六角領に侵攻してやっても良い。もちろん奪った城は全て浅井に譲ろう」
ますます眉間の皺が深くなったか。そう疑ってかかるでないわ。所詮余所者には儂の真意など計り知れぬ。
邪推するより、今は儂の厚意を黙って受け取れば良いのだ。そして儂らに感謝してくれればな。
「見返りは求められるか」
「こちらから頼むことはないであろうな。ただ1つだけ、近江をしっかりと治めていただければそれだけでよろしい。二度と六角のような愚かな家を作り出さぬようにな」
「何故この話を内密にした。三好家として正式に浅井に持ちかければ良かったのではないか」
「・・・他家のことにあまり口出しされたくはないのだ。とにかくこの話を急ぎぬしらの主に伝えるが良い。答えが出たら儂に知らせてくれれば良い。畿内の兵を動かして浅井の助太刀をしてやろう。それと儂は当分若狭の守護館におるで、そこに人をやってくれれば良い」
「・・・よく分からぬが、とにかく今はそれを厚意と受け取らせて貰う。長政様と相談した後、人をやろう」
「楽しみにしておるぞ」
さて近江の新たな主殿は、どれほど頭の回る男であろうかな。まこと楽しみよ。
清洲城 市姫
1564年冬
兄様は数日前に勝幡城から一部の兵を連れて戻って来ています。しかしまた年を越せばすぐに兵を連れて城を空けられるのだそう。
それに帰ってきてからも、家臣のみなと部屋に籠もって話込み、終わったと思ったら城の外に行ってしまう。
私が話したいことなんて、きっと兄様は知らないでしょう。しかし、
「市、俺に話があると聞いた」
「誰に聞いたのですか?」
「誰でも良かろう。それで話とは?」
廊下で私の話を聞こうと言うことらしい。みなと話すときは部屋へと連れて行くというのに。まったくもってせっかちな人。
ですがこのような人目のある場所で話せることではありません。
「兄様の部屋にお邪魔してはなりませんか?ここではちょっと・・・」
すると兄様はとても困った顔をされるのです。やっぱり私が部屋にいくことを避けられている?どうして?
「市の部屋でもよかろう?」
「ですがここからでは兄様の部屋の方が近いではありませんか」
「そうは言ってもな、俺の部屋は誰が来るかわからぬ。ただでさえ人の出入りが多いのだ。この時期はさらに増えるのだぞ?ゆっくり話など出来まい」
「・・・兄様の部屋で良いのです。それとも私が入るのはお嫌ですか?」
ずっと困った顔は変わらないまま。しかし1つ息を吐かれると、体を反転させて歩き出してしまいました。
歩く兄様の背を追って、後を付いていきます。正真正銘、この方向に部屋があります。しかし一体何がそんなに嫌なのでしょうか?これまでも私と兄様が話している最中に、領内の治世関係で人が入ってくることはよくあったというのに。
部屋にたどり着き、兄様が襖を開けるとそこにはすでに2人、人が待っていたのです。
「やはり来ておったか。権六、サル」
「何度でも参りますぞ!来年行われるであろう伊勢への侵攻。その大将、どうかこのサルめにお任せを!」
「何を言うか!ワシにお任せを!」
「柴田殿は犬山城より各方面の支援を任せれているではないか!」
「喧しいわ。おぬしこそサルの分際で殿に話しかけるでないわ!!」
本当にいつ見てもこの2人は賑やかですね。何度見ても飽きない。
しかし兄様はあまり楽観的ではないようで、
「喧しいのはおぬしらだ!サル!」
「はっ!ってワシだけにございますか!?」
「急ぎ彦七郎の元へ行き、南近江に兵を出す支度をしてこい!」
「は、・・・ははぁ!」
「権六!」
「はっ!なんでございましょう」
あの勝ち誇った顔、きっと藤吉郎が大将になり損ねたのを喜んでいるのね。本当にこの2人は・・・。
「犬山城へ戻れ。伊勢攻めの大将は一益に任せる。これは決定事項だ」
結局2人とも大将には任せられないみたいです。落ち込んで部屋から出て行ってしまいました。
「だから言ったであろう」
「見ていて面白かったので問題ありません。それで早速本題に入りたいのですが」
兄様は手を私の目の前に差し出すと、私の言葉を遮りました。
「少し茶を飲む。市もどうか?」
「ではお言葉に甘えて」
・・・なかなか私の話は出来そうにありませんね。
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