115話 商人の使い道

 一色港 一色政孝


 1564年冬


「大湊の商人らが一向宗を支援しているだと?」

「信長様はそう仰られました。何やら確信を持っておられるようなので間違いは無いかと」

「水軍衆の者らには関係のない船は当然だが襲わないように言い聞かせていたが、その穴を突かれる形になったな」


 おそらく狙ってやられた訳ではないだろうが、支援していたのが大湊という大きな自治だったことが不幸だったとしか言いようがない。

 結果として長島城に籠もっている一向宗らの心が折れなかったのは、まだ余裕があったからであろう。もっと早くに気がつくべきであったか。


「信長様は大湊を説得し、手を引くよう私に求められました。しかし問題は大湊に留まらないのです」

「どういうことだ?」

「長島城に繋がる陸路を断つため我らは北伊勢の領主らを攻めたのですが、その中には伊勢北畠前当主の次子が養子として入り、当主になっている長野家という一族があるのです」

「南伊勢の主である北畠を呼び起こしたか」

「その通りにございます」


 大湊は自治を認められたとはいえ、北畠の領地に近い。現状を考えれば北畠が一向宗に味方しているとは言い切れないが、共通の敵を持っているという点で大湊に織田が介入することを嫌うはずだ。

 大湊が長島城への支援を止めれば、織田が北伊勢に進出する手助けになりかねない。北畠からすれば、何でもいいから長島城にいる者らに抵抗して貰い伊勢進出の邪魔をしてもらいたいはず。


「志摩の国衆は北畠に与しているのであったな」

「はい。おそらく志摩の水軍を用いて、海路も封鎖してくるでしょう。此度ここに参ったのは一色の水軍のお力をお借りして、大湊に私を入れていただきたいがゆえ」

「・・・少し考えさせてくれ」


 あまりにリスクが高くはないだろうか?この時期、九鬼水軍の所属は北畠のはず。歴史が変わっていなければ波切なきり城の戦いは起こっていないはずなのだ。

 しかし、であれば九鬼の当主は嘉隆よしたかでもないのか。


「あまりに危険が大きいな。本来向かわせる必要の無い場所で、大事な家臣らを失うわけにはいかぬ。それ相応の成果を必ず出すというのであれば、護衛を出してやっても構わないが」

「・・・会合衆には頑固な者が多いという話はご存じですか?」

「あぁ、贔屓にしている商人に聞いている。堺の会合衆は融通が利かず困っているとよく愚痴を・・・」

「政孝殿?」


 待てよ。桶狭間以降、織田を刺激しないために尾張・西三河との商売は控えさせていたが、その代わりに庄兵衛を筆頭に大湊に船を出していなかったか?

 特に自治を任されている地域は武家や寺の介入がないために、商人にしては過ごしやすいと言っていたな。

 庄兵衛だけではない。宗佑も大湊の商人らとはよい関係を結んでいると言っていたではないか!

 それに大湊が長島城への支援を止めれば、この東海で起きた一揆の最大拠点である長島城が弱ることに繋がる。それすなわち、各地で起きている一揆の弱体にも繋がるのではないか?


「しばらくこの地に滞在されるが良い。頼りになる者らを呼ぶのでな」

「・・・時はあまりありませぬ」

「心配するでない。俺は日ノ本でも有数の巨大商家を複数保護しているのだ。その者らに一芝居うって貰うとしよう。大湊の連中は慌てて言うことを聞くであろうぞ」


 秀貞殿はいまいち分かっていない様子。


「昌秋、急ぎ遣いを出せ。暮石屋と飛鳥屋をこの地へ呼び出すのだ」

「かしこまりました」


 昌秋が飛び出していったのを確認した秀貞殿は、理由を説明するようにと体を詰めよせてきた。

 たくましい体つきをしているわけでは無いが、迫力が凄い。自身のおらぬところで話が進むのは面白くないのだろうな。


「暮石屋と飛鳥屋は京でも大きな影響力を持つ商家。桶狭間で織田に負けて以降、一色で抱えている商人らには危険だからと尾張と三河での商売を避けるように通達しておった。代わりに大湊に寄港する頻度が増えたのだ」

「大湊は予期せず上客を得たことになったと?」

「しかし此度の戦は東海に領を有する全ての大名を巻き込んだ大規模なものとなった。当然今川家臣である一色家もその対応に追われており、その一色に保護されている大井川の商人らもその動向に合わせて動く必要がある」

「一向宗と敵対している一色の動向に合わせて、一向宗を支援している大湊での商売をやめるということですか」

「きっと驚くであろうな」


 たしかに他にも大きな商人は多くいる。しかしそれでも上客は上客だ。せっかく手にした金のなる木を、余所様の戦のために手放したくはないだろう。


「そしてその場にいる秀貞殿が誓書を書かせ持ち帰ればよい」

「なるほど」


 我ながら名案だ。何も武力で解決するだけが全てではない。俺だから知っていること、それは商人を敵に回すべきではないということだ。

 後に遺恨を残すのが、織田にとって良い結果を生むとも思えない。今後信長は敵を作り続けることになるのだから、商人にくらい悪く思われていなくても良いだろう。何かの役に立つこともあるかも知れないしな。

 ついでに言えば、北畠の水軍は商船を攻撃してこないはず。北畠が守ろうとしている大湊。その大湊の上客だからな。


「しばらくゆっくりされるが良い。どうせこの一揆は来年に持ち越されるであろう」

「お言葉に甘えて」


 俺もそろそろ帰り支度をしても良いかもしれない。各地で一向宗が城の包囲を解き始めていると報せが上がってきている。

 今追撃をしないのは、氏真様が時を待っているから。それまでは決して動かない。どんなチャンスが来ようとも、な。

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