114話 冬の到来、終わらぬ戦
一色港 一色政孝
1564年冬
冬になり気温も下がり始めた今日この頃。一向宗もやはり連日の攻勢で疲労が出ているのか、勢いがなくなり始めていた。
対してこちらは商人らを使って絶えず様々な物資を仕入れている状況である。毎日毎日叫び声やら雄叫びやら、たまに悲鳴やらが聞こえてくる中で領民らも良くやってくれていると思う。
そんな毎日を過ごしていたのだが、今日物資を届けてくれた商人の船には援軍が1人同乗していたようで、兵らが荷物を降ろしている最中に船から降りてきた。
「藤孝殿ではないか。どうしてこのような場所へ?」
「政孝様にお世話になっている立場の身としては、やはりじっと城に残り続けることなど出来るはずもなく、何かのお力になれればと思いまして」
「そうか、気を遣わせてしまったな」
「いえ、それとこのような場で申し上げるのも、私から申し上げるのも悪いことだと思いますが一応」
何やら内緒の話がしたいようだ。俺が体を寄せ藤孝殿が耳に顔を寄せてくる。一瞬周りの兵らが反応を示したが、何も心配するようなことは起きなかった。
「御子は無事に産まれました。可愛らしい男の子にございます」
「・・・本当か?」
「はい、もちろんお方様も元気なご様子でした」
「そうか、・・・はぁ、よかった」
久も無事と聞いて、肺にたまっていたであろう空気がドッと口から流れ出てきた。これで久に何かあれば立ち直れなかったであろう。この場に来て出産に立ち会えぬ事は覚悟していたが、やはり戦場にいるとはいえそっちもずっと頭の片隅には残り続けていた。
それがこのような形で知らされたのはよかった。頭の中にあったモヤが晴れたようだ。
「しかし今は戦の最中。今は騒げぬと城内のみなさましか知りません。しかし政孝様には知らせておくべきだと。昌友殿にそう言われ、こうしてお伝えした次第にございます」
「わかった。藤孝殿、気遣い感謝するぞ。これでようやく迷いなく戦うことが出来る」
「いえ、早速お力になれたようで安心いたしました。ちなみになのですが、名はやはり政孝様がお戻りになるまでは決められぬとのことでございます」
久には鶴丸で良いと言ったのだがな。しかし、そうか。どちらの性別の子が生まれても愛するとは言ったが、もう世継ぎに恵まれたか。これほど安心なことはないな。久にも変なプレッシャーを与えることは今後無いであろう。
ほんっとうに良かった。・・・早く我が子に会いたくなる。そう思うとこのような時期に一揆を起こした一向宗が恨めしく思ってしまうが・・・。
「藤孝殿には反攻作戦の折に俺の側について貰う。ついでに信長の戦についても教えて貰えると嬉しいのだがな」
「かしこまりました。お伝え出来る全てを話させていただきましょう。もちろん口止めされていることに関してはご勘弁を」
「もちろんだ。そのようなことは強要せぬ」
藤孝殿は他の家臣らにも挨拶するために、本陣となっている寺の方へと向かっていった。
しかし本当に今日は静かだ。これまでの喧噪が嘘のようにな。
やはり冬場に戦をするのは一向宗でも堪えるのであろうか。それならば本格的に冬になる頃には一度城に戻りたい。兵らも休ませねば現状を維持することはおろか、反攻作戦の指示が来ても巻き返すことは難しくなるであろう。
「守重はおるか?」
「ここに」
「火薬などは足りているのか?足りぬなら今のうちに補充をしておくが」
「・・・たしかに少し心許ないですな」
「わかった。商人に雑賀より取り寄せるよう頼んでおこう」
「忝うござる」
守重の方はいい。あとは・・・、
「佐助、そろそろ守るための物が少なくなってきたな」
「はい。それでなのですがそろそろ寒くなり手足の動きが鈍くなる頃にございますので、奴らを温めてやるというのは如何でしょうか?」
「火矢か・・・。わかった、染屋より油壺を大量に買っておこう。それと売り物にならない織物だな」
「はい」
取り扱い注意、火気厳禁の染屋特製とんでもなく燃える火矢。取り扱いが難しいため、いよいよの時になるまでは染屋より買うことはしなかった。
油壺に火が付いた瞬間に、一色港は火の海になるであろうからな。しかし、最早あれこれいってられる状況でもなくなってきた。
反攻作戦は平野を正面突破し一向宗を破る予定のため、弓はなかなか使いにくい。もちろん拮抗すれば使うこともあるだろうが、今はその予定が無い。
対して槍や刀は必須武器だ。今消耗させたくはないのが本音。
「寅政に伝えてこう。染屋を護衛し大量の油壺と織物を一色で買い取るため手配しろとな」
「お願いいたします」
ちなみに何故俺が直接商人とのやり取りをしているかというと、商人のみなは血の匂いを嫌うのだ。現状防衛戦に参加していない俺からはまだしないらしい。
早速寅政を呼ぶために狼煙を上げさせようとしたとき、数隻の船が港に入ったのが分かった。
船に掲げられた旗印を見るに親元らの部隊であろう。
思った通り降りてきたのは親元を筆頭に、娘の海里や率いている兵達。そしてその後ろには見知らぬ男を連れていた。
「殿、こちらでは判断出来ぬことが起きました故、戻って参りました」
「であろうな。その後ろの者は何者だ?」
余所者をこの町の中に入れるなんて場合によっては最悪の状況を招きかねないぞ。見たところ船には、水軍衆でない兵らも混ざっているようにも見える。
親元を睨むと申し訳なさげに、しかしやはり事情がありそうだった。
「お初にお目にかかります。私、織田家家臣林秀貞と申します」
「織田の家臣だと?・・・林秀貞と申したな。一体我らの領地へ何用で参られた?」
ザワつく周囲。織田へ寝返ったのかと厳しい表情を親元ら水軍衆に向ける者、色々な感情がこの狭い場所に渦巻いている。
以前岡崎城にて信長と会ったときは道房が我慢することで事なきを得たのだ。しかし今なにか起きれば俺だけでは抑え切れまい。
「ここでは少し」
あぁ、そうだな。たしか林秀貞は織田家臣の中でもきっての文官派の人物だった。戦働きが苦手なのかと前世から思っていたが、やはりその通りであったか。
この場では物々しすぎて話しにくいと言うことであろう。
「みな静まれ。織田からの客人である。何かあれば氏真様の顔に泥を塗ると心得よ」
「ご配慮感謝いたします」
だいたい俺が言うのもなんだが、見るからに頼りない。武人としてっていう意味でだ。一応腰に刀を差してはいるが、おそらく護身用という意味合いが強いのではないだろうか。
それに今信長が俺を殺す必要性は微塵も感じられない。今川が一向宗に手を貸せば尾張も潰されかねぬからな。
本陣に案内したのだが、中には時真と数人の家臣らが地図を眺めて相談しているようであった。
俺が一言声をかけると、何かを察したのか全員がその場を離れていく。
「気を悪くして貰いたくはないのだが、一応1人護衛を付けさせて貰う。昌秋、頼むぞ」
「はっ」
さて会談の場所は整った。一体信長は俺に何をさせようというのであろうか。
あ、あとでみなには口止めしておかねばならぬな。御側近方に知れ渡るとまた何を言われるかわからない。今回に関してはまったくもって俺は悪くないというのに。
困ったものだ。
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