94話 宇多源氏佐々木氏の失敗
小谷城 浅井長政
1564年春
「では六角を攻めるより前に北近江で六角に従っている国人衆を攻めるということですか?」
「そうだ。我らが全力を持って南下すれば、間違いなく背後を突かれよう。小さな勢力ではあるが、団結されればこの国を獲られかねない」
「まずは高島郡からですか・・・」
この作戦自体は決しておかしなものでは無い。
そもそも高島郡には高島氏を宗家とし分家も含めた家を総じて『高島七党』と呼ぶ有力武士らがその地を治めている。元をたどれば宇多源氏佐々木家の血が流れている。この佐々木氏とは浅井が北近江で力を持つ前に仕えていた京極家もまた佐々木氏の血筋にあたる。そして六角もまた同様にだ。
しかし高島氏は他の一族とは違い大きな領土を持つことなく国人衆として北近江の高島を各々で有し、同族である六角に従っているのだ。
力のある六角には逆らえぬということであろうが、まずはそこから叩く。北近江より六角勢力を追い出し、地盤をしっかりと固めてから攻めるが賢き選択である。
しかしみな納得出来ない表情をしていた。
「若狭は如何いたします?六角が攻められたと聞けば近江へと兵を出してくるやもしれませぬ」
「若狭こそ義景様にお任せする。かねてより若狭に兵を出せぬかと様子を見ておられたそうだ」
「上手くいくのやら・・・」
重臣である
家中の対立も止まぬ今、朝倉を頼るということ自体がみなにとっては不安なのだ。
しかしだからといって我らが若狭に兵を出せば、六角が瞬く間に攻め寄せてくるであろう。
「重治殿から文など来ておらぬか?」
「未だ返事はありませぬ。今どこにいらっしゃるのかも不明にございます」
直経は首を振りながら答えた。
しかし近江を押さえに動くにしてもやはり頼りになる同盟相手は欲しいものだ。現状朝倉が頼りになるとは冗談でも言えぬ。今組むのであれば間違いなく織田であろう。しかしあちらにその気がなければやはり単独で攻めるしかないが。
「兎にも角にも高島は攻めねばならぬ。そちらのことは綱親に任せる、うまくやってくれ」
「かしこまりました」
「義景様が動かれぬ場合は、そのまま高島郡に留まり若狭を見張るのだ。攻め込んでくれば遠慮無く近江よりたたき出せ」
「ではそのようにさせていただきます」
「安藤はどうされましょうか?」
直経の言葉にこの場が少しザワつく。斎藤龍興を重治殿を筆頭に打ち倒し、新たな勢力を築いた。その早さは目を見張るばかりで、西美濃に関しては他の大名の介入を許さないほどであった。
手際が良かったのは何も重治殿のお力だけではあるまい。安藤殿の元には稲葉や氏家といった西美濃の有力者もいる。
ここまでがすべて計画通りに進んだということであろうな。しかしそうであるならば今後どう動く?
織田か武田が東美濃を押さえるであろう事は誰の目にも明らかであった。そして結果織田がそれを成し遂げたのだ。
「安藤殿が此度我らの敵になるかはまだ何とも言えぬが、ただそれを判断する材料はある。もし織田殿との仲を取り持ってくれるのであれば敵には回るまい。そうで無ければ、敵になるとは言えぬが信用も出来ぬだろうな」
「ではやはり重治殿の報せを待つしかありませぬな」
「そういうことだ。どうせ六角も当分は纏まれない。六角の重臣らが観音寺城より各所領へと戻ったそうだ。さらに討たれた後藤賢豊殿の跡を継いだ
「こちらに寝返りますかな?」
直経には頷いておいたが、綱親の質問には首を振る。六角内ではどうやら大原の養子に入った義治の弟、
迂闊に寝返りを誘えば義定を中心に六角が対浅井で纏まりかねない。それはこちらとしても困るのだ。
その辺良く見極めながらの調略を行う必要がある。
「しかし平井殿を討ったというのがどうにも・・・」
「たしかにその通りですな。後藤殿は家中での信頼が厚かった。それを邪魔だと思い殺したというのは分かるのですが・・・」
「止めぬか、2人とも!」
それを慌てて止めさせたのは直経であった。
私のことを気にしているのであろうが、阿多姫が無事だと聞いているのだ。定武殿のことは残念ではあるが、気が病むほど気にしているのかと言われればかろうじてそうでは無いと言えた。
「気にするな。これは義治の宣戦布告と捉えるのだ。浅井とは敵同士である。一度でも繋がりを持った平井殿は浅井との関係を象徴する家臣。後藤殿と同様に邪魔だと思われたのだ」
「ではもう六角も本気で我らを狙ってくるということですな」
「おそらくな。それに公方様も乗ってこられるであろう。だから油断するわけにはいかぬ」
公方様という言葉を聞いて複数の家臣が唸った。しかし朝倉が動かぬのであれば、公方様に従うのは畠山くらいのものであろう。そう怖くはない。
だからこそ余計な敵が増える前に、今勢いのある織田殿と盟を成しておきたいのだ。
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