第86話 東美濃の平定
岩村城 織田信長
1563年秋
「景任よ、よくぞ決心した」
「我ら東美濃を安定させることが出来る御方を求めておりました。決心などたいしたことはしておりませぬ」
「謙遜するでないわ。武田の軍勢およそ5000をよくぞ退けたものよ。おかげで東美濃の攻略を迅速に行えることが出来たわ」
「我らには地の利がありました。それ故にございます」
落とした各城には尾張より引き連れた者らを入れておる。さらに武田の侵攻に備えてそれぞれの城で籠城が出来るよう物資の搬入もさせている。
東美濃を押さえんと出張ってきた武田の兵も、遠山景任の活躍により信濃へと撤退した。完膚なきまでに叩き潰したとのことだ。これで東美濃を完全に手中に収めることが出来た。
そしてこれだけ迅速に東美濃を押さえたことは嬉しい誤算でもある。西美濃は現状友好関係を継続できるものとして、武田も美濃での敗北を重く見るであろう。甲斐、信濃は多くの大名らと接しておる。何やら今川との関係も険悪だというではないか。そして越後の上杉とは信濃をめぐって対立中、つまり南北で挟まれている。
すぐにこちらに兵を出すとは考えにくい今、俺達がすべきことは決まっていた。
「景任、ぬしにはこのまま岩村城に入ってもらう。近隣の城の者らと協力し武田への備えをせよ」
「かしこまりました」
「俺はしばらく尾張から離れられぬ故、東美濃のことは三郎五郎に一任する。俺の言葉と思い、よく従うように」
「お任せください」
「元康、此度の馳走感謝する。おかげで三河からほど近い地域の攻略が早く進んだ」
「信長様のお力になれたようで」
稲葉山城には城の改築のために五郎左を入れておる。明知城には現状俺に臣従した遠山景行を、岩村城はさきも言ったように遠山景任を入れる。
さらに近辺の城にも信頼できる者らを入れているので、万が一があっても時間を稼ぐことは可能なはず。
これより俺達は兵を連れて尾張へと戻る。目指すは
もし動きがあるようであれば徹底的に叩く。一向宗などと長く付き合うつもりは毛頭ないのだ。
「美濃を任せた者以外は尾張へと戻る。権六は犬山城に入りどちらにでも動けるよう備えよ」
「かしこまりました」
「又左が前田城、サルが
「「「「はっ!!」」」」
岩村城 松平元康
1563年秋
信長様は早速家臣の方々を引き連れて尾張へと発たれた。我らも直に三河へと帰ることになるであろう。
「それにしてもあっという間にございましたな」
「あぁ、織田には津島がある。さらに関がない。金が集まるはずよ」
「民の田植えを待たずに動けるというのは、非常に強みになりましょう」
忠次の言葉に頷きながら、城より見える外の景色をただボウッと眺めていた。
三河の平定を成し今川への備えとし、信長様の同盟者としての地位を確保するはずだった前回の戦。結果だけ見れば負けではなかった。
しかしやられたのはその後である。
政孝殿が行った海の封鎖により、商人らが自由に出入りできなくなった。三河に物が入りにくくなった。
漁師は港付近でしか漁が出来ず、獲れる魚が日に日に減っていった。
結果何が起こったか。一揆の兆候が現れだしたのだ。現状松平の力のみで一揆を押さえ込むことは出来ない。
獲った城を手放し、獲られた城の領有を認める。あの戦の内容であのような和睦を提案するのは苦渋の決断であった。
しかしそうせざるを得ない状況へと持ち込まれていた。全ての原因は政孝殿の引き連れた水軍にあった。やられたと後悔してもしきれぬ日々が続いたな。
しかし此度の美濃平定の力になれば、信長様からの評価も多少変わろうかとも思ったが、あまりにあっけなく終わってしまった。
「私には運が無いと思わぬか?」
「運にございますか?」
「美濃が東西で割れるなど誰が思った?弱まった東美濃は信長様の兵でほとんどを押さえられた。私はまたその勢いに乗り遅れた」
「まさか斎藤龍興が六角朝倉を追い返すとは驚きでしたな」
「それが全てよ。忠勝ではないが、あのとき尾張への侵攻があれば私が真っ先にでも信長様に駆けつけるはずであった」
「しかしそうはならず、冬を越すことになりましたな」
「戦の用意をした信長様は早い。田植えやらを気にせず動かせれば、それは間違いなく強いわ。出遅れたな」
「せめてもの救いは忠勝殿が城を1つ落としたこと。それも三河より最も近い城を落とした。そのころには既に小里城は落ちておったそうです」
またため息がこぼれた。なんのために今川と和睦をしたのかこれではわからぬ。
さらにこちらから提案したものだ。反故になどすれば松平の大名としての立場は終わるであろう。
行き場がなくなった。
「しばらくは領内の発展に努めるしかないでしょうな。幸いにも海に出れるようになりました」
「あぁ、せいぜい一揆を起こされぬようやるしかあるまいな」
我らも岡崎城へと戻るとしよう。
※織田信広・・・三郎五郎
織田信秀の庶子。織田信長の庶兄。
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