第84話 上杉政虎、義によって動く者
春日山城 一色政孝
1563年夏
落人より遠江の、というよりも井伊の現状を知らされた翌日。五智国分寺を朝早く出た俺達は春日山城へとたどり着いていた。
謁見の間にいらっしゃるのはごく僅かな上杉家臣の方のみ。俺達の方も、俺と政次殿、正綱殿の3人だけで他の護衛の者らは別室にて控えている。
それほどまでに今回の上杉訪問は公にできぬものだった。
「お初にお目にかかります。今川氏真様の名代として参りました一色政孝と申します」
「遠き地よりよく参った。上杉政虎である」
それ以降政虎様は基本的に口を開くことはなく、そばに控えておられる家臣の1人、
「政孝殿、今川氏真様のお考えをお伺いしてもよろしいかな?」
「はっ、主氏真様は上杉様との同盟を求められておられます。これにて甲斐、信濃を治めている武田を牽制したいと」
「武田は今川様と同盟を結ばれておるはずですが?」
「あまり大きな声で言えることではございませぬが、先代義元公が織田との戦でお討ち死にされて以降、頻繁に家中に介入されております。すでに武田は今川と共に歩むことを放棄している様子。我らも黙って武田にいいようにされるつもりはありませぬ」
「武田が先に裏切り行為を働いたために、今川様も武田と手を切ると申されるのか」
政虎様は微動だにされていない。あまりこの話に乗り気でないのか?いや違うな。上杉にとってみれば武田もそうだが、懸念はやはり北条か。関東全域をおさえんと動く北条を関東管領である政虎様は見過ごすことが出来ぬ。ましてや関東にて領を持つ大名らから救援要請が多数出ていると聞いている。
今川は武田と縁を切るが、北条とはこれまで通りの付き合いをしていくつもりでいる。それがきっと政虎様にとってみれば面白くないのやもしれん。
「その通りにございます」
「政孝よ、今川は北条との関係をどうするつもりか」
やはり聞かれたか。しかしどうする?まだ決定ではないが、氏真様は北条と手をとり武田に攻めかけるよう働きかけておいでだ。
そのことを伝えれば、上杉との同盟の話が立ち消えかねぬ。
ただ、嘘をつけば今後の信頼関係は地に落ちるだろう。関東管領殿相手にそれはあまりに拙すぎる。
「氏真様は対武田のために北条氏政様にもお声がけをしております。しかし武田、北条と結んだ三国関係は婚姻同盟によって成り立っているものでございますれば、北条が積極的に戦に乗ってくるかはわかりませぬ」
「・・・北条と繋がりのある今川と盟を結ぶことは出来ぬ。あの地には我の助けを求めておる者達がいるのだ」
「それも承知しております。しかし上杉様の元には北信濃の国人衆の方々が助けを求められているとも聞いております。盟は成せずとも、迫る対武田において協力することも出来ませぬか」
「・・・」
また政虎様は黙り込まれてしまった、眉間に深い皺が出来ているのは、共闘に関しては考えてくれているということでいいのだろうか。
「儂からも1つお尋ねしたい」
「なんなりと」
「上杉が今川と組んだとして、我らに利はありましょうか」
政虎様がわずかに景綱殿を睨まれたような気がした。上杉政虎は義の人だと有名だ。今の睨むという行為はおそらくその根底的な部分が絡んでいるのだと思われる。
上杉が北信濃を落とすべく動くのは、北信濃を追われた国人衆を助けるためであり、そこに上杉の利は絡んでいないのだ。少なくとも政虎様はそう考えているのだと思う。
しかし上杉だって慈善団体ではない。利がない戦を続けることはやはり家中の安寧を脅かしかねない。
それをどうにかするのが、ここにいらっしゃる家臣の方々なのだろう。
「・・・今川家として上杉様に報いることはここで確約できませぬのでなんとも言えませぬが、一色の当主としての約束はさせて頂きましょう。もし上杉領と今川領が陸続きになった際には、一色が抱えている商人らを積極的に越後へと向かわせましょう。如何ですか?」
「一色が抱えている商人といえば大井川商会組合なる組織に所属している方々ですな。なんでも所属している商家の方々はそれぞれの分野で大層儲けられているとか」
「大井川領には日ノ本でも最大規模をほこるであろう港町を整えておりますから、物が各地より入って参ります。またそれは米も同様に」
「米を我らに売っていただけるというのですかな?」
「それに関しては私が保証いたします。一色の台所を任せていると言っても過言でない者に上杉様を紹介させていただきます。また万が一陸続きにならずともそのように伝えておきます」
景綱殿の隣に座っておられる
ここ最近は戦続きだからな。関東で北条を相手にし、信濃で武田を相手にし、越中で一向宗や神保を相手にしている。さらに北に蘆名や最上もいて、それぞれが越後に介入すべく動いていると言われている。
そして今後もそれぞれの地域で戦いが予想される。米が足りていないのだ。
「殿、某は今川と共闘すること賛成にございます」
「儂も景家殿と同じく」
政虎も頷いている。俺が上杉との共闘に体を張ることで、氏真様に何かを願う必要がないのは大きな事だ。
どうせこのような条件を付けられたと報告に向かえば駿河衆の反一色の方々が五月蠅く騒ぎ立てるに決まっている。
それを考えれば上々の結果であろう。
「・・・そうか、では近くおこすであろう対武田に関しては今川との共闘を約束しよう」
「とは言っても越後と駿河では些か遠いですな。密な共闘は出来ませぬ。攻める時期を合わせるということで如何かな?」
「それで問題ありませぬ」
俺達3人は深々と頭を下げた。それに合わせて上杉の家臣の方々も頭を下げる。
そんな俺達をただジッと政虎様は見ていたようだ。今回の使者を任されたことを機会に上杉政虎の人となりを確認しようと思ったが、こちらに関しての成果はあまりないな。
こうして俺達の越後訪問の役目は終わった。帰りは馬を飛ばす。その辺の手はずは正綱殿に任せているから問題はない。
では帰るとするか。そして井伊の問題を早急に解決するとしよう。
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