第77話 織田、美濃攻略の足がかり

 清洲城 織田信長


 1563年春


「こうして会うのは随分と久しいな、藤孝よ」

「お久しゅうございます。信長様」


 目の前で平伏している男は、かつて公方に仕えていた細川藤孝という者だ。俺と元康が婚姻による同盟を公にしたことを契機に公方の元を離れたらしい。

 しかしそれは1つの正解ではある。あの男の元にいても何も得られぬ。


「まず問う。俺へ仕官するわけではないのだな」

「申し訳ありませぬ。私はまだまだこの国を見て回りたいのです」

「そうか。気が向けばまた俺の元へやってくるが良い。いつでも歓迎してやろう」

「ありがたきお言葉にございます」


 藤孝はまた頭を下げた。しかし随分とすっきりとした顔をしているな。まるで柵から解放されたようだ。

 よほど公方が足枷になっていたのだろうな。


「いつまで尾張に滞在する予定か」

「具体的には考えておりませぬが・・・」

「そうか。それならば俺の戦に付き合え!」

「戦にございますか?どこを攻められるので?」

「知らぬか?昨年の末に斎藤龍興が死んだ。家臣の手で殺されたのだ。そして美濃が稲葉山城を境に割れた。西美濃は安藤守就を中心に纏まっておるが、東美濃は団結を欠いておる。さらに織田に臣従したいという者まで出る始末だ。この期に東美濃を織田の手で獲る」

「龍興様が亡くなられたと!?それは真にございますか?」

「安藤の家臣という者が俺を訪ねてきたわ、友好を結びたいとな。どこまで本気か分からなかったのでな、稲葉山城を俺へ渡せば西美濃に手は出さぬと返事をしてやったら、それでも構わないと言って来おった。本気で俺と組もうとしている」

「なるほど・・・。しかし東美濃となると・・・」


 藤孝の懸念は、俺や他の者らも感じていることだ。東美濃は信濃と国境を接しておる。信玄の邪魔が入る可能性もあるのだ。

 故に各々で城を守っており東美濃を獲ると油断すれば、同じく美濃を狙っている虎に喰われかねぬ。さらに武田の動きが読めぬ。

 そこが大きな問題であった。

 しかし、確かなこともある。


「信濃から美濃を獲るのであれば山越えをせねばならぬ。兵は疲れ、数で勝れど練度では後れをとるやもしれぬ。そこを攻めることができればよいのだがな」

「もし今川領を進み東三河より美濃へと入られれば如何いたします」

「元康に踏ん張って貰うしかないな」

「それはあまりにも・・・」


 今の元康にそこまで期待するのはやはり酷である。信玄の相手が出来るのであれば、三河の統一も早々に終わったであろう。だが、出来なかった。今の元康の戦力はあまり期待できぬ。


「とにかくだ、俺達は急ぎ美濃を押さえにかかる。最悪信玄がくれば美濃の領土を多少くれてやっても構わん。そのために俺達は稲葉山城を拠点とし、そのまま東へと兵を進める。藤孝が来たいというのであれば俺の軍に加わり、美濃斎藤の滅びをその目に焼き付けよ」

「・・・お供させて頂きます」

「良く言った。その間は客将として歓迎する」


 藤孝に城の一室を貸し出すことを伝え、小姓を案内にやった。

 代わりに俺の目の前にいるのは五郎左とサル、そして権六だ。


「東美濃の攻略だが、田植えが終わる前に兵を出す。そして奴らが兵を集めることに手こずっている隙をついて一気に制圧するぞ」

「かしこまりました」

「お任せくだされ」


 五郎左と権六が頭を下げる中、サルがジッとこっちを見ておる。

 何か言いたげだな。言いたいことはわかっておるがな。


「殿!美濃攻略の先鋒はこのサルめにお任せくだされ!」

「サル!貴様、殿に向かって何と無礼な!」

「勝家様には申しておりませぬ。殿!どうかっ」


 権六が顔を真っ赤にして怒っておるわ。一体なにが2人の仲を切り裂きておるのやら。

 しかしサルには悪いが今回はその願い、聞いてやれぬ。


「権六、兵を率いて稲葉山城へと先行せよ。連れていきたい者を連れていくが良い」

「真でございますか!?では遠慮なくそうさせて頂きますぞ」

「あぁ、許す。そして五郎左、権六が稲葉山城へ入り次第ぬしも稲葉山城へと向かえ。俺の新たな居城とするための改修を頼む」

「稲葉山城へと移られるのですな。かしこまりました」


 五郎左と権六に命を言い渡し、先鋒を任されなかったサルが凹んでおる。しかし先約があるのだ。

 サルには向かって貰わねばならぬ場所がある。


「サル、お前は又左について長島方面へ向かえ。俺達が美濃で戦っている隙に横やりを入れられては敵わぬからな」

「長島といえば、一向宗にございますね」


 サルは納得したようだ。美濃の平定は確かに織田にとって念願のことである。しかし、家中で1番不安要素であるのが長島の一向宗だ。

 奴らは間違いなく強い。それは越前朝倉が十分すぎるほどに証明した。


「そうだ。ここ数年坊主が何度も長島へと向かっている姿が目撃されている。さらに雑賀衆が入ったとの噂まで出ている。間違いなく厄介な連中よ」

「かしこまりました!利家と共に長島方面をしっかりと見張り、殿の美濃攻略を全力でお支えいたします」

「頼むぞ」


 サルもやる気を出したか。しかし又左とサルを置いておいても不安は拭いきれぬな。やはり美濃の攻略は迅速に終わらせねばならぬか。

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