第76話 本願寺より渦巻く野心
石山本願寺 顕如
1563年冬
「ご機嫌のほう、如何ですかな?」
坊舎に閉じこもりはや数日が経った。寺の者らが心配していると聞いて、私自らが様子を見にやってきたがなんてことは無い。すでに生を諦めた、人のような何かがそこにいるだけだった。
「・・・、・・・、・・・」
「はい?」
何かを言っているようではあるが、この距離だと聞こえぬ。何をされるかわからぬ故、あまり近づきたくはないがこのままでは寺に仕えている者らから不満があふれ出る。
警戒はしつつその男に近づく。
「なぜに・・・うさまは・・・、・・・つけなどに・・・、・・・っ!。・・・ごは、このわた・・・、・・・かねのは・・・はないかっ!!」
かろうじてこの程度は聞き取ることが出来る。
実は目の前にいるこの御方。元は尾張国の守護に任じられていた斯波家の者である。しかし現尾張守護の織田信長によりその地位を追われると、城を捨てて美濃へと逃走。
しかし美濃の力を頼れぬと悟り、畿内を転々としながらこの地へとたどり着いたらしい。すでにこの地に来たときにはこのような有様。
坊舎を貸し与えると、入り浸るようになったということだ。
「そう落ち込まれますな。貴公の敵である織田信長は直に尾張を失いましょう」
「何故そのような事が言えるのか!!」
久しぶりに人とふれあい、意識が回復されたのかハッキリとした物言いで私に詰め寄られた。
しかし数日、湯を浴びていないその体からは強烈な匂いが鼻にくる。嫌悪感を出さないよう気をつけながら、自然と距離をとった。
「長島には本願寺の門徒の集まる自治領がございます。今、門徒や武器、さらには味方をかき集め、尾張で威張るあのうつけを討つ用意をしている最中にございますれば。そう気を落とされずとも、近いうちに尾張へと戻れましょう」
「勝てるのか?」
「勝てますとも。私にも大名家に伝手がありましてな?近江の六角をはじめ、甲斐の武田や相模の北条まで広く支援を求めることが出来ます。尾張一国に手こずっているようでは、我ら本願寺の勢いは止められませぬ」
先ほどまでの虚ろな目はどこへやら。その目には希望に満ち溢れ、生を取り戻し人にようやくなれた様子。
これでみな安心するだろう。特に
あの者の妻である了妙尼の父は、この者の父と同じ
「私も長島へ参ろうと思う」
「その目で憎き仇が力尽きる様を見られるが良いでしょう」
「そうだな。長い間世話になった!顕悟殿にもよろしくお伝えください!」
元々持っていた荷物も少なかった。あれよという間に用意を終わらせて、気がつけば坊舎より姿を消していた。
しかし、義銀の思い通りにはいかないだろう。尾張が門徒の手に落ちたとしても戻れる保証などどこにもない。仏様はそれほどあまい御方ではないのだからな。
「玄任、出て来ても大丈夫ですよ」
「気がつかれておりましたか」
「隠す気も無かったのではないですか?」
「全てお見通しですな。門主様には敵いませんわ」
その加賀の指導者である玄任が何故石山にいるかというと、
「宗滴亡き朝倉はいかがか?」
「強大な相手であることに違いはありませぬ。しかし朝倉宗滴の存在があまりにも大きすぎました。今の奴らにその脅威は感じられませぬな」
「そうか。これで越前を我らの勢力下に置くことが出来れば大きいのであるが・・・」
「もうしばし時間をいただきとうございます。宗滴の最期の一手があまりにも効き過ぎましたので」
「わかっている。焦らずとも本願寺の力は年々増すばかりよ。越前を押さえたという報告、気長に待っているからな」
「ご期待に必ずお応えしましょう」
玄任は坊舎より去り、また1人になる。
加賀は大丈夫であろう。玄任に加え、下間の者らも多くあの地に入っている。うまく門徒らをまとめてくれるはず。
問題は長島か・・・。義銀にはああ言ったが、実際どこまで周辺の大名らが乗り気になるかであろうな。
六角は動くであろう。先日も公方様が発案された尾張討伐の命に従い美濃へと兵を出しておった。しかし美濃の斎藤が乗り気でなく、さらに北近江の浅井が兵を出したことで撤退した。
・・・浅井が邪魔であるな。もしかすると前回の事をふまえて兵を出さぬやもしれぬ。
武田は少々遠すぎるか?
事を起こすはもう少し先でも良いかもしれん。
しかし面倒な者が出て行ったことは素直に喜ぶべきであろうな。
「しかし斯波の人間が足利を見限るとは・・・、公方様も先は短いやもしれぬな」
私が心配することではないかも知れぬが、公方様がご無事でいることを気持ち程度に念じて差し上げましょう。
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