第72話 稲葉山城の変

 稲葉山城 竹中重治


 1562年冬


 六角殿に続いて、朝倉殿も不破関より兵を退いてくれました。その後、近江へと送り込んでいた者からの情報によると、太尾ふとお城の攻略に動いた浅井家は六角家の本隊が到着する前には兵を退いたそうです。

 六角義治の撤退の判断が思った以上に早かったことが、浅井にとっての誤算だったのでしょう。

 浅井長政殿は南近江への進出機会を1度失ったことになります。 非常に勿体ないことですね。

 そして同じ頃、北近江を通って越前へと兵を退いていた朝倉景健殿は、盟友である浅井にも一度は共闘をする予定にあった六角にも援軍を出さずに国へと帰ったようです。

 全ての報告を受けた私は菩提山城にて、当主の座を弟である重矩に譲ること、そして私自身は竹中家から離れることを伝えました。妻である徳はただ静かに涙を流していたのを覚えています。

 とりあえず、これから起こす計画が成るまでは妻の父である安藤様の側に置いて頂くことにしましょう。

 私の家族のことは弟によく言っておいたので問題は無いはずです。

 そして今、稲葉山城へと来ています。

 先日の任の報告をするためにやってきた。そういうことになっています。


「重治、気持ちの整理はついたか?」

「はい、すでについています。これより我らで美濃を救いましょう」


 安藤様は小さく、それでいて強く頷かれた。こちらの手勢は数十人。何を成すにも少なすぎるように思えるでしょう。しかし我らにかかれば、多すぎるほどの兵を連れてきていると言っても過言ではない。


「稲葉様と氏家様は?」

「曽根城、大垣城にて兵を揃えて我らの結果を待っている」

「成功させねばなりませんね」

「当然だ。我らは義龍様に光を感じて道三様を討ったのだ。しかし今の斎藤家にその面影も光ももはやありはしない」


 悔しそうなお顔。私もいつかはそのように思えるような主家に出会うことはあるのでしょうか?まだわかりませんね。


「では参りましょう。我らの光を手に入れるために」

「そうするとしようか」


 先行して私と数人の手勢が城へと入ります。登城理由はもちろん先日の任の報告。

 誰も怪しまずに私を龍興様の寝込んでいらっしゃる寝所に通してくださいました。廊下に兵を残して1人で龍興様の部屋へと入ります。

 龍興様が未だ寝込んだふりをされているのは、真実を追究するために間者が稲葉山城へと入り込んでいた場合困るからと、数日は寝込むよう決められていました。

 今日がその最終日。


「龍興様、よろしいでしょうか?」

「おぉ、重治か。如何した?」

「六角義治様、朝倉景健様に織田征伐をしない旨をお伝えし、各々国へと帰って頂きました」

「不満げではなかったか?」


 心配されているのは、馬鹿にされたと思われ兵を美濃へと向けられること。


「いえ、龍興様にお体には気をつけてくださいとの言伝を預かっております」

「そうか」


 ホッとした様子の龍興様は、力強く握りしめていた布団からようやく手を離されました。

 しかしまだ肝心の話は終わっていません。


「これでこの国に対する脅威は去ったのだな」

「・・・」

「重治?如何した?」


 私の無言をきっと不気味だと思われたのでしょう。しかし私にも覚悟はいります。

 主殺しの汚名を被るのは、やはり私の今後に重くのしかかる。


「美濃に対する脅威は未だ残っております」

「・・・織田が兵をおこしたのか?」

「いえ」

「では一体?」

「安心してください。これより脅威を葬りさりますので」


 刹那、何かを感じ取ったのでしょう。布団より飛び上がり、枕元に置いてあった刀に手をかけられた龍興様。

 しかし私の懐に忍ばせていた短刀を抜き龍興様へ斬りかかる方が僅かに早かった。

 一閃した短刀は確かに龍興様の急所を切り裂いたのです。噴き出す血が私を汚します。

 このような不潔な血を浴びることはあまり気分の良いものではありませんでしたが、一言も発せずに床へと崩れ落ちた龍興様、いや龍興を見て計画が最終段階へと進んだことを確認した。


「殿」

「終わりました。すぐに安藤様と合流しましょう。稲葉山城をこちらの手で押さえ残るお二方にも合図を送りなさい」

「かしこまりました」


 2人の兵がその場より離れて走っていく。残った者らに龍興の死体を回収させて、異変を感じ取ったであろう稲葉山城の兵らを迎え撃つ用意をする。

 その後、安藤様と協力した私達は今最も勢いのあるといわれている織田信長でさえ落とせなかった稲葉山城をたった1日で、それもたった数十人で落とすこととなる。

 龍興が死んだという報せはすぐさま美濃全土へと知らされ、西美濃は臨時的とはいえ安藤様の支配下に置かれることとなった。

 あらかじめこの計画を知らされていたが、危険を感じて稲葉山城の占領には乗ってこなかった家臣の方々もすぐに安藤様へ臣従の使者を出し、弟である重矩も同様の行動を起こしたのです。

 結果的に稲葉山城以西がこの謀反劇に従うこととなり、東美濃はまだ反抗の意思を示している者もいるという状況。さらには近隣の有力家に与し、臣従をする者まであった。

 しかしそれを責めることは我らに出来ない。


「私はこれより浅井に向かいます。安藤様と友好を結んで頂くよう動くつもりです」

「我らは兵を動かし、近場の城を落とすとしようか。あまり遠くへ兵を動かすのは時期的にやはり難しいからな」


 北方城にて今回の首謀者であるお三方と今後の事を話す。

 私はすでに竹中家の人間ではない。しばらくは安藤様の治世が落ち着くよう動くつもりです。その後は旅に出ても良いかもしれませんね。

 氏家様と稲葉様は兵を率いて近隣の旧斎藤家臣で、こちらに従わない者らを討伐に行くようです。しかしこれから厳しい季節になることもあり、東美濃の方にはなかなかいけないかも知れません。

 当分安藤様は北方城にて、西美濃を安定させるために内政に精を出すことになるでしょう。


「重治、そなたには辛い思いをさせたな」

「いえ、今の私に帰る場所も守る場所もないのです。私が汚名をかぶり、結果美濃が安定するのであればその価値は十分にあったということでしょう」


 しかし私の言葉に、お三方は深く頭を下げられる。この状況に申し訳なさを感じ慌てて止めて頂きました。


「それと安藤様、どうか妻と弟のことよろしくお願いいたします」

「任せよ。娘のことも重矩のことも必ず私が守ろう」

「ありがとうございます」


 私はこれより浅井へと向かう。その後は朝倉にでも向かおうか。

 また景健殿と語り合えれば、どれだけ楽しいだろうか。その後は・・・、さてどこに向かうが良いだろうかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る